気兼ねなくふらっと立ち寄れて、おいしいご飯を楽しみながら、ただ何気なく過ごせる。日常の中に、そんな自分自身を確認できる時間と場所があったら、きっと心強いでしょう。2025年5月にオープンした田村市船引町春山のカフェ「日日舎」(にちにちしゃ)は、地元の人はもちろん、県外からのリピーターも訪れる場所。オーナーの西尾直子さんが積み重ねてきた経験や、これまでの人生で受けてきた親切や恩を次の誰かに渡したいという「恩送り」の想いが詰まっています。今回は西尾さんに、お店を開いた背景やこだわりのメニュー、大切にしていることについて伺いました。

「もうひとつの居場所」を求めて生まれたカフェ

日日舎の建物は、西尾さんの祖母が住んでいた春山の家をリノベーションしています。郡山市で生まれ育った西尾さんが子どもの頃にこの場所を訪れる機会といえば、お盆のお墓参りやお正月のときくらいでした。

長らく仕事でフリーランスとして働いていた西尾さん。コロナ禍で仕事のスケジュール調整がつきやすくなったことや、田村市で暮らす家族の体調不良をきっかけに、それまで住んでいた千葉県船橋市から福島県に戻ることを決意します。そのとき西尾さんの心によぎったのは、「子どもの頃に祖母と交わした約束をずっと果たせていなかった」という思いだったそうです。

「幼いころ、1人で暮らす祖母を前に、『いつか一緒に暮らそう』と約束したんです。関東に住み福島に戻るつもりがない自分を、嘘つきだと感じていました。また祖母には、一人暮らしを支えてくれた地元の人たちに恩返しをしたいという思いが強くあり、そのことを常々話していました。だから福島へ帰ると決めたとき、郡山ではなく、祖母の思いが残る春山に行こうかなと思ったんです」

店舗内観。心地良い音楽が流れ、棚にはさまざまな本が並ぶ

そんな西尾さんは、体育系の学校を卒業後、フィットネスインストラクターとしてキャリアをスタートさせました。運動指導をする中で食の大切さを実感し、一旦仕事を辞めて全日制の学校に通い栄養士の資格を取得。その後勤めた食品メーカーで、ただ商品を売るのではなく、商品を使ったレシピを一緒に紹介するといった「モノを売るためにコトを伝える」という販売提案が評価され、新しいことにチャレンジさせてもらうようになったそうです。商品企画やレシピ開発、スーパーやデパートでの実演販売や販売提案まで、食にまつわるさまざまな仕事を経験し、やがてフリーランスとして活躍するようになりました。

しかし、いざUターンしてみると、こうした経験をすぐに生かせる仕事は見つからず、加えて西尾さんにとって大切な「一人になれる場所」も見つからないという、思いがけない壁にぶつかります。

「本を読んだり考えごとをしたりできる、自分のための時間を過ごせる場所を探して、猪苗代湖の湖畔やコンビニの駐車場などを転々としました。嫌ではないけれど、夕方に本を読もうと思っても読めなくて、『やっぱり、ここじゃない』と感じていました。福島に移住を考えている人の中にも、同じように思う人がいるかもしれない!そうした人の役に立つ場所にもなりたいと思っています」

「ここで自分にできる仕事は何だろう」と考えたどり着いたのが、自分自身を支えてくれた喫茶店や本、書くことといった「もうひとつの居場所」を、今度は自分が用意するという発想でした。これまでの人生でやってきた仕事の集大成の場所として、日日舎は生まれました。開業前に受けた田村市が開く人材育成の講座では、当初の事業構想について「飲食業ではなく他にも考えてみては」と厳しい意見を受けたこともありましたが、そこでさらに考えを深めたことが、お店の土台になっているといいます。

季節を包みこんだ、五感で味わうメニュー

お店のメニューは、ランチメニューをはじめ、フルーツサンドやキッシュといった軽食や、シフォンケーキやパルフェといった甘いデザート、ドリンクなどを楽しむことができます。ごはんランチのメインのおかずは、季節巻きと名付けた春巻きです。

「春巻きって、ワクワク感がありますよね。パリッという音や、ジュワッとした香り・味わいがたまらない。季節の旬の野菜を包み込み、時期ごとに『春巻き』『夏巻き』『秋巻き』『冬巻き』と呼んでいます」

ごはんランチ。「夏巻き」にはナスやズッキーニ、新生姜、青じそといった夏野菜がたっぷり。さまざまなおかずが一皿にのっているが、混ざり合っても調和する味つけが考えられている

通年で同じ卵液を使って作るキッシュも、中に入れる野菜によって味わいがまったく変わります。「同じ材料でも野菜を変えるだけで味が変わるというヒントを、家庭の食卓に持ち帰ってもらえたら」と西尾さんは話します。

パンランチにも添えられるキッシュ。夏色キッシュにはパプリカや枝豆、かぼちゃなどが彩りよく入っている。「野菜はデザイン的に並べたり切り方を変えたりしています」と西尾さん

盛り付けに使う食器は、以前の仕事で使っていた品も含めて、あえてさまざまな種類を使っているそうです。「同じ料理でも、器が変わると表情が変わる」。そんな小さな発見も、日日舎で過ごす時間の楽しみのひとつです。

季節のフルーツサンド。夏はフルーツトマトが仲間入り

日日舎が想定する客層は、実はひとつに定まっていません。西尾さんが大切にしているのは、決めすぎないこと。マーケティングの仕事をしてきたからこそ、ターゲットを絞る大切さを理解している一方で、地域性や目の前にいる人、状況によって、理論通りにはいかないこともあると考え、そのときどきの直感を大事にしているといいます。

実際お店には、一人で静かに過ごしたい人、おしゃべりを楽しむ親子、月に一度ランチに立ち寄る会社員の男性など、幅広い人が訪れます。健康志向も相まってか、客席がすべて男性という日もあるそうで、「女性だけの場所」というイメージとはひと味違う広がりも生まれています。県外からのリピーターも多く、名古屋や神戸、岩手などからも足を運ぶ人もおり、東京からは日帰りで来店する人もいるそうです。

取材した日の「店主の気ままなあまいもの」。ソフトクリームと抹茶のシフォンケーキに黒蜜と山椒をかけていただく。甘く濃い後味に、ピリッと引き締まる辛さが追いかけてくる

これまで受け取ってきたものを、次の誰かへ

西尾さんが繰り返し語ってくれたのが、若い頃に旅先で出会った人たちの存在です。仕事に行き詰まりふらりと出かけた北海道の旅では、たまたま入った喫茶店で声をかけられ、見ず知らずの家族の家に泊めてもらったことがあるといいます。ホノルルマラソンに1人で参加した際には、会話を交わしただけの人が、「42.195kmを走るなかで抱いたさまざまな思いを1人で抱え込むのはよくない!ねぎらいたい」と気にかけ、大会当日にわざわざ西尾さんを探してくれたこともありました。

「その人たちに直接恩返しは難しいから、次の誰かに返したい」と西尾さんは話します。自分がこれまで受け取ってきたものを誰かへ手渡したい、そんな場所でありたい――。その想いは、「入る前とちょっと違う自分で店を出てもらえたら」という言葉にも表れています。

その想いを形にする取り組みの一つが、子育て中のお母さんたちの次のステップをつくることです。西尾さんは、同世代の女性たちが「子育てが終わったら自分には何も残っていなかった」と大きな喪失感を抱える様子を目にしてきたそう。「キャリアや趣味を細く長く続けられるきっかけになればと、子育て中のパティシエの方が作る焼き菓子の委託販売の取り扱いや、ケーキ作りといったイベントを開催しています。これからも、年齢問わず、そういった方々の何かになれればと考えています」と、西尾さんは話します。

おいしいご飯を食べること、自分らしい時間を過ごすこと、誰かと出会うこと。日日舎は、日常のなかにあるそんな愛おしい瞬間が、自然と重なりあうカフェです。田村市に暮らすことになったら、まずは日日舎を訪ねてみてはいかがでしょうか。西尾さんの人生や想いが詰まった一皿が、きっと迎えてくれます。

日日舎

住所:福島県田村市船引町春山字追分1-1
電話:090-2619-5100
※営業日・営業時間内のみ。忙しい時間は出られない場合があります。
定休日:第1.3週は木・日曜、第2.4.5週は土・日曜
※そのほか季節休みや臨時休業あり。詳しい予定はInstagramをご確認ください。
Instagram:https://www.instagram.com/nichinichi.sha/


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