「自然と共に暮らす」を、まずはやってみる

 

「自然と共に暮らしを楽しむ」

 

いま、そんな生き方を人生のモットーに掲げているのが、滋賀県在住の水野あゆ美さん、31歳。

 

これまでアパレル販売員として約10年間働きながら、オンラインでの自主学習や副業にも挑戦。

さまざまな働き方や生き方に触れるなかで、少しずつ「これから、自分はどう生きていきたいんだろう」と考えるようになったそうです。

地方へ出かけ、ゲストハウスに泊まり、山を歩く。

そんな時間を重ねるたび、自然の中にいると不思議と力が湧いてくることに気づいた水野さん。

 

そして、ひとつの疑問が生まれました。

 

「自然と共に生きたいと思っているけれど、私は自然のことを何も知らないな……」

 

その答えを探すように参加したのが、鳴門市が(株)JA里浦ファームと(株)おてつたびと連携して実施している「半農半X推進シェアハウス事業」です。

農業だけで生計を立てるのではなく、自分らしい仕事や活動と農業を組み合わせる。そんな「半農半X」の暮らしを、まずは体験してみる。

鳴門で過ごした時間は、水野さんにとって「農業体験」だけではありませんでした。

土に触れ、海の香りを感じ、農家さんとの会話を楽しみ、住宅街の中にひっそりとある店を見つける。

そこで見つけたのは、観光ではなかなか見えてこない、「暮らす場所としての鳴門」でした。

 

※水野さん提供写真

 

 まず経験してみたかった「食べ物を育てて食べる」ということ

 

水野さんが鳴門へ来るきっかけになったのは、もっと自然と関わる暮らしを、自分自身で体験してみたいという思いでした。

約10年間勤めた仕事を退職し、いったん実家へ。家のことを片付けたり、久しぶりに両親と暮らしたりしながら、これからの生き方を考える時間をつくりました。

 

そんな中で興味を持ったのが「一次産業」です。

 

「今後、自然とどう関わって生きていくかを考えたときに、まずは食につながる一次産業、農業について知りたいと思ったんです」(水野 あゆ美さん)

 

「完璧な自給自足」となると、ちょっとハードルが高い。

でも、自分なりに仕事を組み合わせながら、作物をつくることに触れてみる。

そのくらいの距離感なら、自分にもできるかもしれない。

そうして始まったのが、2週間の「鳴門暮らし」です。

 

受け入れ先となったのは、なると金時を育てる北林さんの農園。

最初は、農作業だけでも精一杯でした。

 

「はじめの方は作業で疲れて、午後は休んでいました(笑)」

ところが、少しずつ作業に慣れてくると、午後の時間の使い方にも変化が。

「午後は書類を作ったり、仕事に関することをしていました。まさに半農半Xだなって思って(笑)」

そう言って、水野さんは笑います。

 

午前は畑で土に触れ、午後は自分の仕事に向き合う。

一日の中に、異なる仕事と時間が同居する。

それは水野さんが思い描いていた「これからの働き方」を、ほんの少し具体的にしてくれる体験でもありました。

 

畑で汗をかき、土に触れる。農業と自分の仕事、その両方を一日の中に置いてみた。

 

観光では見つけられなかった「鳴門」があった

 

鳴門での生活を通して、水野さんは少しずつ街の見え方が変わっていったといいます。

「暮らしてみて分かったのは、鳴門って本当にご飯がおいしいということ。それから、街の中にいても海の香りがするんです」

 

海の近くの街だからこそ感じる、潮の気配。

けれど、水野さんが特に印象に残ったのは、もっと小さな発見でした。

 

ある日、訪れたのは住宅街の中にある、かまぼこ屋さん。

観光地のような目印があるわけでもありません。

ショーケースに商品がずらりと並ぶ、いわゆる「お店」という雰囲気でもない。

「事務所みたいなところに入っていって、注文する感じで。観光で来ていたら、絶対に気づかなかったと思います」

 

※水野さん提供写真

 

※水野さん提供写真

 

それは、暮らしてみなければ見つからなかった場所。

農家さんに教えてもらった店も、積極的に探して訪ねました。

 

「ほとんど行きましたね(笑)」

そう話す水野さんの滞在先にあるのが、「鳴門おてつたびノート※」です。

※鳴門おてつたびノート・・・半農半X推進シェアハウス事業は(株)おてつたびと連携し、おてつたびのプラットフォームを用いて参加者を募っており、参加者にとっては「おてつたび」の名称の方が身近なため、鳴門滞在中の思い出を書き綴るノートをこの名称にしている。

 

訪れた場所やお店について、水野さんは一つひとつ丁寧に記録していました。

「ここはこういうお店だった」「こんなところが良かった」。

次に来る人が読めば、まるで前の参加者から手渡しで街を案内してもらっているようなノートです。

市の職員から見ても、その記録はとても分かりやすかったそう。

 

宿舎の各部屋にある「鳴門おてつたびノート」

 

旅の思い出を残すだけではなく、次の人へ「鳴門の楽しみ方」を渡していく。

観光マップには載っていないかもしれない。

でも、暮らしている人に教えてもらった場所には、その街の日常が詰まっている。

水野さん自身も気づかないうちに、鳴門の暮らしの一部を次の誰かへつないでいました。

 

「めちゃめちゃ歓迎される」より、ちょうどいい距離感

 

農業体験というと、「受け入れ農家さんと一緒にずっと作業する」というイメージを持つ人もいるかもしれません。

 

水野さんが北林さんとの時間を振り返って、何度も口にしたのは「自然体」という言葉でした。

 

「すごくフレンドリーに、家族みたいに接してくれて。でも、めちゃめちゃ歓迎される!みたいな感じではなくて」

なるほど。

その“ちょうどいい距離感”が、心地よかったのだそうです。

「もし、めちゃめちゃ歓迎されていたら、こっちも少し気負っていたと思うんです。今の感じの受け入れられ方が、すごく心地よかった」

 

農業の大変さ。

これからやってみたいこと。

仕事のこと。

北林さんは、そうしたことも包み隠さず話してくれました。

そして、畑を離れれば一緒にご飯を食べることも。

 

ある日、連れて行ってもらったうどん屋さん。

つるりとしたうどんとさっぱりとしたすだちの香り。

鳴門で過ごした時間の中に、そんな一杯の味も残っています。

 

※水野さん提供写真

 

一方、北林さんから見た水野さんはというと――。

「最初はイモの扱いがちょっと荒かったから、大雑把な子なんかなと思ってました(笑)」

 

でも、教えていくうちに変わっていった。

教えたことは、ちゃんとやろうとする。

できることが増えていく。

そこに「成長」が見えたといいます。

 

そして、もうひとつ。

「うどんを食べるのがおそい(笑)」

 

そんな冗談を言い合えるほどの距離感。

農業体験を終えたあとに残ったのは、単なる「受け入れ農家さんと参加者」という関係を超えた「人と人とのつながり」でした。

 

共に働き、話し、笑い合い、その距離は少しずつ近づいていった。

 

「鳴門に来たときに、会いたい人ができた」

 

今回の体験を通して、水野さんにとって一番大きかった変化は、農業の知識が増えたことだけではありません。

 

「鳴門に来たときに、会いたい人ができた」

 

そう話します。

その相手が、受け入れ農家の北林さんです。

 

地域に知り合いができる。

それは、観光で訪れただけではなかなか生まれない感覚かもしれません。

 

街のことを教えてくれる人がいる。

「今度来たら、ここ行ってみ」と言ってくれる人がいる。

そして、帰るときに「また会いたい」と思える人がいる。

 

暮らしの中で生まれるつながりは、住所を移すことだけが「移住」ではないのだと教えてくれます。

 

北林さんも、これまでに約10人の参加者を受け入れてきました。

「こういった形で人が来てくれると、やっぱり刺激があります。人と人とのつながりは大事にしたい」

 

これまで受け入れた人の中には、体験後にまた鳴門を訪れ、芋ほり体験に来てくれた人もいるそうです。

一度きりの出会いではなく、次につながっていく。

それもまた、地域で人を受け入れることの面白さなのかもしれません。

 

「農業を教えてもらっただけじゃなくて、食事に連れて行ってもらったりして。自然体でいられる関係を築けたのが嬉しかったです」

 

次は、阿波おどりの季節に

 

鳴門での滞在を終えた水野さん。

次に鳴門へ来たら、やりたいことがいくつもあります。

 

「びんび家に行って、海鮮を食べたい!」

滞在中にも何度か訪れたというほど、鳴門の海の幸が気に入ったそう。

 

そして、もうひとつ。

「北林さんにも会いたいです」

 

すると北林さんからは、こんな言葉が。

「阿波おどりに来てほしい」

次に鳴門へ来るなら、そんな季節もいい。

 

畑の景色だけではなく、街が熱気に包まれる夏の鳴門を見てほしいし、見てみたい。

水野さんにとって、鳴門は「一度訪れた場所」から、少しずつ「また帰ってきたい場所」へ変わっていきました。

 

次に鳴門へ来るなら、阿波おどりの季節に。畑から始まった旅は、また訪れたい街とのつながりへ続いていく。

 

もちろん、今回の体験だけで、これからの生き方がすべて決まったわけではありません。

でも、それでいいのかもしれません。

 

約10年間働いた仕事を離れ、「もっと自由に実験してみよう」と始めた時間。

 

土に触れて、疲れて、休んで。

少し慣れてきたら、自分の仕事をして。

知らない店を探して、地元の人に教えてもらって。

気づけば、会いたい人までできていた。

「自然と共に暮らす」という言葉が、少しだけ具体的になった滞在でした。

 

※水野さん提供写真

 

暮らしは、「やってみる」ことで見えてくる

 

「自然と共に暮らしたい」。

そう思っても、実際に何から始めればいいのか分からない。そんな人は少なくないのではないでしょうか。

 

水野さんが選んだのは、いきなり生活を大きく変えることではありませんでした。

まずは農業を体験してみる。地域で暮らしてみる。知らない店に入ってみる。地元の人と話してみる。

 

そうやって一つずつ「やってみる」中で、鳴門の見え方が変わっていきました。

 

観光では気づかなかった住宅街のかまぼこ屋さん。

農家さんに教えてもらったお店。海の香りがする街の空気。

そして、自然体で接してくれた北林さん。

 

「鳴門に来たときに、会いたい人ができた」。

この言葉には、地域で暮らすことの魅力がぎゅっと詰まっているように感じます。

 

移住するかどうかを決める前に、まずはその土地で暮らしてみる。

自分にどんな暮らしが合うのか、何を大切にしたいのかは、実際にその場所で過ごしてみないと分からないこともあります。

 

もしかすると、新しい生き方への答えは、遠くに探しに行くものではなく、土に触れたり、誰かとご飯を食べたりする、そんな小さな体験の中にあるのかもしれません。

 

※水野さん提供写真

 


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