那須塩原市観光局で、SNSを中心とした観光PRを担う地域おこし協力隊の蛭田結衣(ひるた ゆい)さん。
投稿の企画や文章作成に加え、自身で取材や撮影も行い、地域のイベントや観光キャラバンにも参加しています。
2024年5月に着任し、現在は任期3年目。今では観光局の情報発信を幅広く任されていますが、着任したばかりのころは、何をしたらよいか分からなかったと振り返ります。
最初に始めたのは、市内を歩き、お店に立ち寄り、地域の人と話すことでした。
そしてその地域の人とのご縁は、塩原温泉での新しい挑戦へと広がりました。取材時点で蛭田さんは、地域の人たちと「青空食堂 はなれ」をプレオープンし、任期後の仕事を少しずつ形にされているようです。
観光の魅力を伝える仕事から、人が出会う場所づくりへ。これまでの活動と今後について、Nativ.media編集長の倉重が伺いました。

栃木県さくら市出身。2024年5月、那須塩原市地域おこし協力隊に着任。那須塩原市観光局で、観光資源の魅力発信とPRに取り組んでいる。活動期間は2027年4月末まで。
1. 好きだった場所に、仕事として関わる
倉重:蛭田さんは那須塩原市からも割と近い、栃木県さくら市のご出身なんですね。那須塩原には、以前からよく来られていたのでしょうか。
蛭田:はい、大学の4年間以外は、さくら市で暮らしていました。那須塩原や那須には、子どものころから家族や友人とよく旅行に来ていたので、もともとなじみのある土地ですね。
倉重:前職も那須町だったそうですね。
蛭田:はい、ホテルや遊園地などを運営する会社で働いていました。その会社で子ども食堂のような事業を担当し、SNSの運用もしていました。そこから地域のことに関心を持つようになったんです。
倉重:観光の仕事は、以前から興味があったのですか?
蛭田:実は新卒のころから、栃木県内の観光地で働きたいと思っていたんです。県内で旅行といえば、私にとっては那須や那須塩原というくらい好きな場所だったので、最初は那須町で働きました。
でも観光地で実際に働いてみると、外から見た華やかな部分だけではないことも分かりました。そこで働く人たちが過ごしやすくなるにはどうしたらよいか、もっとお客さんに来てもらうにはどうしたらよいかと、自分なりに少しずつ考えるようになったんです。
倉重:地域おこし協力隊という仕事方は、以前からご存知でしたか?
蛭田:そうですね、応募する1年ほど前から、那須塩原市に地域おこし協力隊がいるということは知っていました。Instagramも見ていて、純粋に楽しそうだなと思っていたんです。次の仕事を考え始めた時期に、ちょうど観光分野の募集が出たので、思い切って応募しました。
倉重:好きだった場所で、これまでの経験にも近い仕事が見つかった。いろいろなタイミングが重なったんですね。
蛭田:そうですね。県内から来ているので、大きく環境を変えた感覚はありません。
でも、旅行で訪れていたころと、地域の中で働くようになってからでは、那須塩原の見え方が大きく変わりました。
2. 数字の先に、顔の見える関係ができていく

倉重:現在の協力隊としての仕事の内容について、具体的に教えてください。
蛭田:私が担当しているのは、観光局のSNS運用が中心です。Instagram、X、Facebookがあり、それとは別にインバウンド向けのSNSもあります。翻訳は外部の事業者さんにお願いしていますが、どの時期に何を出すか、文章や写真をどうするかは私が考えています。
倉重:蛭田さんは、記事制作もふくめて担当されているのでしょうか。
蛭田:投稿内容は8割くらい自分で考えています。文章を書いて、写真を撮って、リールも作ります。月に1回か2回、観光局内で広報の打ち合わせをして、この時期はこういう情報を出したいと相談しながら進めています。
倉重:実際にSNSを運用していて、面白いと感じるのはどんなところですか。
蛭田:一つは、数字で結果が見えやすいところですかね。この投稿はこれくらい伸びた、ここを工夫したら反応が変わった、ということが分かるようになると、面白さは感じます。以前はきれいな写真を載せることが中心でしたが、今は、どうすれば「いいね」やコメントが増えるのかを、自分なりに考えるようになりました。
ただキャンペーンなどで一気にフォロワーが増えても、その後に減ってしまうことよくもあります。そこは難しいですね。投稿の仕方や内容を変えながら、いろいろ試しているところです。
倉重:那須塩原市観光局のInstagramには、取材時点で約1万6千人のフォロワーがいます。公式SNSを運用するうえで、気をつけていることはありますか。
蛭田:市の名前で発信する公式アカウントなので、読み手に誤解を与えない文章にしなければ、という怖さはあります。特にXへの投稿は慎重になりますね。文章はまず自分で作り、最後にAIも使って敬語や誤字脱字を確認してから投稿しています。
▶那須塩原市観光局Instagram:公式アカウントを見る
倉重:SNS以外の仕事も担当しているんですか?
蛭田:地域のお祭りや観光キャラバンにも参加します。駅やデパートでチラシを配ったり、着ぐるみと一緒にPRしたりします。牛乳や畜産のイベントで那須塩原のお肉を紹介したり、花火大会で子ども向けのブースを手伝ったりすることもあります。
倉重:なるほど、そうなんですね。特に着任したばかりのころは、色々分からないことも合ったかと思うのですが、その時期はどのように動き始めたんでしょうか?
蛭田:はい、やっぱり最初の1か月くらいは、「何をしようかな…」という感じでしたね。でも悩んでいても始まらないので、まずは観光地をたくさん巡ろうと思いました。
那須塩原を歩いて、お土産屋さんやご飯屋さんに寄り、そこで話をして色んな情報をあつめたりして…た。1年目は飲食店もかなり回りましたね。おいしいものを食べられますし(笑)、仕事で使う写真や情報も集められます。そうやって地域の人と知り合っていけたのは大きかったと思います。
倉重:3年目になった今、地域の方々との関係に、何か変化はありましたか?。
蛭田:そうですね、まちを歩いていると、いろいろな人と気軽に話せるようになりましたね。イベントで声をかけていただくこともよくあります。SNSの数字が伸びるのも分かりやすい成果ですが、こういう関係ができたのは、3年目まで活動してきた積み上げかもしれないなと思います。
倉重:投稿の反応と、地域の人との関係。その両方が活動の成果になっているんですね。
蛭田:そうですね。協力隊は、まず顔を知ってもらうことが大切だと思います。協力隊がいることは知っていても、何をしている人か分からない方も多いので、自分がどんな活動をしているかを伝える必要があります。
地域の人と話し、自分のことも伝えていると、イベントをするときに、あの人がやるなら行ってみようと思ってくださる方が出てくるんですよね。行政の方に紹介してもらうだけでなく、自分から積極的に関係を広げていくと、やっぱり動きやすくなります。
倉重:那須塩原での暮らしのほうはいかがですか。
蛭田:まず、空気と水が本当にきれいです!東京へ遊びに行くと、早く那須の空気を吸いに帰りたいと思うこともあるくらいですね(笑)夏は東京などより少し涼しく、場所によっては朝晩にはかけ布団が必要な日もあるくらいです。
車は必須ですけど、少し走れば温泉も牧場もありますし、休日にソフトクリームを食べに行ったり、飲食店を回ったり、そういう時間を楽しみながら地域を知るきっかけにもなりました。
3. 地域の人と始めた青空食堂 はなれ


倉重:任期は2027年4月末までですね。その後について、現在考えていることはありますか。
蛭田:実は今、塩原温泉で空きテナントを借りています。地域の方と観光で訪れた方が交流できる場所にしたいと思い、飲食店をプレオープンしているんです。
倉重:すでにお店を始めているんですね!それはすごい。料理は蛭田さんが作るのですか。
蛭田:いえ、料理を担当するのは、塩原でコミュニティ食堂のような活動をしてきた地域の方たちです。私は料理がすごく得意というわけではないので、皆さんに助けてもらいながら、一緒にお店を運営しています。
以前のコミュニティ食堂は、はボランティアでの活動だったので、お客さんからは協力金という形でお金をいただいたそうです。今はまだ試行錯誤の段階ではありますが、やっぱり一般的な飲食店として一緒に運営することで、きちんと事業として成り立つ形にしていきたいと考えています。
倉重:それはいいですね。協力隊としてのゴールはやはり「地域での起業」だとおもいますが、このタイミングで、なかなかここまで準備できている例は多くないのではと思います。ちなみにお店では、どんな食事が楽しめるのでしょうか?
蛭田:日によって変わりますが、地元の食材や野菜を使った小鉢をいろいろ出しています。料理を担当する方も一人ではなく、日によって変わります。
倉重:それはいいですね!地方にはそういうお店がなかなか無いんですよね。店名は「青空食堂 はなれ」というんですね。
蛭田:はい、もともとの活動場所は青空食堂という名前だったんです。そこで、つながりのある場所だと分かるように、名前を大きく変えず、青空食堂 「はなれ」にしました。
▶青空食堂Instagram:公式アカウントを見る
倉重:いいと思います!塩原温泉でお店を始めようと思ったのは、なぜでしょうか。
蛭田:那須塩原の観光といえば、まず塩原温泉があります。私の出身地の喜連川も温泉で頑張ってきた地域なので、個人的にもどこか懐かしい雰囲気を感じました。
それに、地域の方との出会いも大きかったです。那須塩原は、地域の中に入っていくと受け入れてくださる方が多くて。そういう方に助けられながらだんだん馴染んでいって、好きになったという感覚に近いかもしれません。
倉重:1年目に地域を歩き回って、地元の方たちと話した経験が今につながっているんですね。
蛭田:そうですね。ただ、最初からお店をやろうと決めていたわけではないんです。地域の方と話す中で、少しずつお店という形が見えてきました。そこから、いろいろな方に協力してもらいながら準備を進めてきました。
物件を初めて見たのは2025年の秋ごろです。その年の暮れから準備を始め、2026年6月末にプレオープンしました。
倉重:協力隊の仕事を続けながら、副業として準備してきたということですね。
蛭田:はい。今は観光局の仕事をしながら並行してお店も運営しています。任期後は、お店を続けながら、パソコンでできるSNS関連の仕事もできたら理想です。
倉重:観光の魅力を発信してきた経験が、実際に人が集まる場所の運営につながっていく。蛭田さんらしい次の仕事ですね。
最後に、これから那須塩原市の地域おこし協力隊に応募する人へ、メッセージをお願いします。
蛭田:最初は、お店の事業者さんだけでなく、まちの人とたくさん話した方がよいと思います。自分が協力隊として何をしているのかを伝え、顔を知ってもらうことが大切です。
誰かに紹介してもらうのも大事ですが、自分から地域を歩いて話をするとまた違います。そうすれば地域の方も協力隊のことを理解してくれますし、自分も動きやすくなります。私もまだ不十分なところはありますが、まずはそこから始めるのがいいのかなと思います。
倉重:最初から完成した計画がなくても、まず地域を歩き、人と話す。その積み重ねが、次の活動や仕事につながるということですね。今日はお時間をいただき、ありがとうございました。
編集後記
取材で印象に残ったのは、蛭田さんが、いろいろな人に協力してもらいながら進めていると何度も話していたことです。着任したころは何をしたらよいか分からず、まず地域を歩きまわり、お店に入り、人と話すことから始めました。その積み重ねが、今ではまちで声をかけてもらえる関係につながっています。当たり前のことのようですが、やっぱりその積み重ねが、次のステップに繋がっていくんだなと改めて強く感じました。
青空食堂 はなれも、そうした関係の中から生まれた場所です。塩原で活動してきた方たちの料理や経験と、蛭田さんが任期中に築いてきたつながりが重なり、任期後の仕事へと大きく形を変えようとしています。
那須塩原市が掲げるまちのパーパスは「好きを、編む。」。蛭田さんは、観光への関心やSNSの経験、温泉地への愛着、地域の人たちとのつながりを、自分の次の仕事へと編み始めています。
今回募集しているミッションは、住まい、スポーツ、畜産PRと、蛭田さんのミッションとは少し異なります。それでも、地域を歩き、人と話し、自分の得意なことを地域で生かす姿勢は、どの仕事にも通じるはずです。那須塩原市での活動に興味を持った方は、ぜひ募集記事もご覧ください。



