待ち合わせの場所に現れたのは、緑色のヘルメットと作業着姿が印象的な細身のヒーローでした。名刺代わりに差し出されたのは、使い込まれたアコースティックギターの音色。福島県田村市常葉町を拠点に活動するご当地ヒーロー「トキワマン」その人です。歌と言葉に想いをのせ、勇気や楽しさとともに地域の魅力を発信する、その等身大の素顔に迫りました。
一般人だったトキワマンがヒーローになるまで
生まれも育ちも現住所も常葉町というトキワマン。その正体は、かつて葉タバコが基幹産業だった常葉町に宿る、タバコの葉の精霊です。 実家は葉タバコの専業農家で、「タバコに食わせてもらって大きくなりました。父や祖父もある意味ヒーローです」。精霊として人から生まれ、地元の小・中学校を経て、大工を目指し建築系の高校を卒業。現在はヒーローを本業に、アルバイトで大工の仕事をしています。精霊なのに義務教育を受けていたことに驚いていると、「日本は法治国家ですからね」と返答が。人ならざる存在でありながら土地の法を守り抜く姿勢に、幼い頃からすでにヒーローの素質を備えていたことを感じました。

トキワマンとこんなに近くで話せるなんて。訛りが強く、親近感が湧く。小・中の卒業アルバムの個人写真が気になる
ヒーローとしてのトキワマンはいつ誕生したのでしょう。きっかけについて尋ねると「ベースにあるのは祭りの記憶です。地元の小学校の校庭で毎年夏に盆踊りがあって、屋台が並び、人もたくさん集まって、とにかく楽しかった。でも人口が減るにつれ規模が縮小して、常葉町内の別の地区の祭りを手伝いに行ったこともありましたが、自分が運営する年齢になる頃には、開催しているところがほとんどなくなっていました。あの頃の活気を、もう一度取り戻したい。そんな気持ちがありました」
音楽が好きで、友人とバンドを組んでいたこともあるトキワマン。東日本大震災後、無償で福島県内をライブして回るミュージシャンたちの姿を見て、「これもヒーローの姿だ」と感じたといいます。さらに、必殺技も特殊能力も持たない一般市民が、持ち前の負けん気とまちを盛り上げたい一心でヒーローを目指す、白河市のご当地ヒーロー・ダルライザーの存在を知ります。「こういうのもアリなんだなって。それなら、自分がやりたかった”歌うこと”をメインにしたヒーローをやってみようと思いました」
市井の人からヒーローへ。「恥ずかしい」「誰もやっていないのに」ーーそんな迷いはなかったのでしょうか。そう尋ねると、トキワマンはニカっと笑い、少し声のトーンが上がりました。「幼い頃から行動力は褒められてきたんです。できるできないじゃない、やるかやらないか。後悔することもありますが、やってみたら面白いだろうなって思ったら、それが原動力になって、というかもう、やらないと気が済まないんですよ」。怪人と言われても、幼い子どもに泣かれても、やってみることに意義がある。奥ゆかしく控えめな田村市民の背中を押してくれるような、温かく力強いヒーローの姿がありました。
国語の教科書に載っているような言葉を選んでいる
2018年から、”シンガーソングライティングヒーロー”として活動をスタート。イベントやライブハウスのステージで自作の歌を披露し、常葉町や田村市を紹介したり、来た人を元気づけたりするのが、トキワマンのヒーロー活動です。あえて市外や県外にも足を伸ばしているのには狙いがあります。「自分が目指すのは、常葉という地名を知ってもらう窓口になること。営業するイメージで、市外での活動を増やしています」
曲作りでいちばん大切にしているのは、歌詞の言葉選びだそう。「国語の教科書に載っているような、自然な会話に出てきてもおかしくないような言葉を意識して書いています。『トキワマンにできるんだから、あなたにも作れるし歌えるよ』ということや、陳腐で無責任にならないよう『がんばれ』ではなく『一緒にがんばろう』というメッセージも伝えたいですね」

リクエストしたところ流暢なギターと共に歌ってくれた。「朝日」「あめあがり」「めぐるたむらし」「ぼくらのまち」は取材者の個人的オススメ曲。ぜひ聴いてほしい
トキワマンが作る歌の9割はラブソング。地域への愛、大工仕事への愛、動物への愛と、人の恋愛だけにとどまりません。曲のタイトルにひらがなが多い理由を尋ねると、「地名が入っていると、読み間違えられた時にその土地の人が悲しい気持ちになるから。常葉(ときわ)も『じょうよう』とか、変換ミスで『常磐※』になることが多くて」と、やるせない様子。優しく励まし、元気づけてくれる歌の数々には、まだ見ぬ人も含めた、私たちへの愛と律儀さが垣間見えます。
※福島県いわき市にある地区の名称(旧・常磐市)
テンションが上がるのは、床板を張っているとき
大工としてのトキワマンは、建売住宅の内装をつくる、いわゆる造作大工です。一人で作業することが多く、思いついたメロディーや歌詞をその場ですぐメモできるといいます。特に気合が入るのは、床板を張る仕事。床材同士の継ぎ目が自然につながるように、部屋が変わってもドアの下で目地が一直線に通るように、気を配ります。「造作大工の仕事の中でも数少ない、お客様の目に直接ふれる場所なんです。だからこそ、こだわりますね」。
大工仕事も忙しく、面白いと思ったらすぐ形にしたいトキワマンは、最近はAIの力を借りることもよくあるといいます。「YouTubeにアップした最近の歌は、メカトキワマン(AIボーカル生成)が歌唱を担当しています。練習してスタジオで録音して……となると、時間も費用もかかりますから。ただ、歌詞は自分で書きます。『誰かにありがとうを言いたい』という歌詞をAIに渡すと、『世界を愛してるで包む』みたいな、いきなり世界規模になる大げさな言葉が返ってくるんです。これは自分の言葉じゃないと思うことが多いので」。

相棒のアコースティックギターは、2018年の活動開始時に購入
できあがった歌を人前で披露するかどうか、最終的に決めるのはトキワマンの奥様。「ありがたいのは、ちゃんと『ダサい』と言ってくれること。ワイフにそう言われたら、出さないか、まるっと作り変えます。口ずさんでいるときに『それ、誰の歌?』とプロの曲だと思われて尋ねられたら、最高の褒め言葉です」。ちなみにワイフとの出会いは、「運命という名の合コン」だったそう。
原動力は、子どもたちと「パリッとした食感」
活動のエネルギーはどこから湧くのでしょう。トキワマンは少し考えて、こう答えました。「一番は子どもたちかな。イベントでもらったものは、今もちゃんととってあります。その辺で拾った葉っぱとか、折り紙とか。葉っぱは枯れてしまったけれど、何か渡したいと思って持ってきてくれたんでしょうね。2年ほど前から参加させてもらっている柳津町のイベントで、一緒に遊んだ子が『来年また遊ぼうね』と言ってくれたのが、本当に嬉しかった。トキワマンは精神年齢がちょっと幼くて、ヒーローの姿で本気の追いかけっこをして、筋肉痛になりますよ」。親戚は多いのに同世代の子がおらず、年上のお兄さんたちに遊んでもらうのが楽しかったという幼い頃の記憶が、今の原動力になっているようです。
原動力つながりで、好きな食べ物についても聞いてみました。「常葉の精肉店で買える、冷凍のラムとマトンですね」と即答。海産物も好きで、サンマは頭と尻尾しか残さない食べ方に定評があるそうです。一方、苦手なのはナスやシャインマスカット。「歯が滑るような食感がどうしても苦手で。好きなのは、梨やりんごのように、歯がパリッと通る食感です」。休日はもっぱらフェス派。車を走らせて、音楽フェスやマルシェに出かけます。
いい仲間が動いているから、今よりいいまちになると確信している

自作のヘルメットは強力磁石で後ろを止めており、強風時は気が気でないそう。目元から口元にかけての黒い部分は、常葉の「常」の文字
田村市について「こうしたい」という強い主張は、特に無いといいます。「いい田村市にしたいとがんばっている仲間たちがいるので、今後自然と、いい田村市になっていくと思っています」。
おすすめスポットは、常葉町の田村市東部産業団地で見つかった巨大な岩。「個人的にホットスポットなんですよ。今は看板もなく、通りすがりにチラっと見ることしかできないのですが、震災後、ボランティアで浜通りを訪れていた有名なパンクバンドのボーカルが、道に迷ったとき巨大な岩を見つけたらしくて。産業団地の岩だったんじゃないかと自分は思っているんですけど、このことが有名になれば、『あのバンドのボーカルが見た岩は田村市のものだったんだ』と、ライブでもその話をして、観光地にできるんじゃないかと思っています」。
取材の最後、田村市に移住を考えている人へのメッセージを尋ねました。「常葉町や田村市に来ると、みんな『いいところ』って言うんですよ。知らないだけで、来れば印象が変わると思います」。将来の夢は、生業としての”トキワマン”を作ること。「エンタメ関係の会社の運営や、トキワマン2を作るのもありだなと思っています。田村市にこんな面白いところがあると知って、地元にとどまったり、一度外に出ても戻ってきたりする若い人が増えたらいいなと思っています」。
取材で印象的だったのは、その飾らない姿です。ヒーローといえば、強くて格好よく、テレビの中にいる遠い存在。でもトキワマンは、等身大で優しく、いつも私たちの隣にいてくれる身近な存在なのだと感じさせてくれました。

「自分は決めポーズを持っていないので」と、柳津町のご当地ヒーロー・あわまんじゅうマンの決めポーズで締めてくれた。ヒーロー友達への親愛が溢れている
トキワマン
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