紫牟田伸子(編集家)
美術出版社、日本デザインセンターを経て、2011年に個人事務所設立。
「ものごとの編集」を軸に企業や社会・地域に適切に作用するデザインを目指し、
地域や企業の商品開発、ブランディング、コミュニケーション戦略などに携わる。
2017年、株式会社Future Research Institute設立。

ひびのこづえ(コスチュームアーティスト)
コスチュームアーティスト。広告、演劇、ダンス、
バレエ、映画、テレビなどその発表の場は、多岐にわたる。
NHK Eテレ「にほんごであそぼ」セット衣装を担当中。
歌舞伎「野田版 研ぎ辰の討たれ」、野田秀樹作・演出「足跡姫」「桜の森の満開の下」、
ダンス「サーカス」「不思議の国アリス」など衣装担当作品多数。

 

由布院駅前。
平日にもかかわらず多くの観光客が訪れそれぞれに旅と寛ぎの時間を謳歌しています。

僕たちもコスチュームアーティストのひびのこづえさんと、編集者の志牟田伸子さんとのミーティングツアーで由布院に来ました。
ひびのさんは独自に編み出した服飾造形で、特別な世界観を創出しています。数多くの舞台だけではなくテレビ番組の衣装でも大活躍。

志牟田さんはデザイン関係のキャリアを飛び抜けて、モノや空間、さらには関係づくりまでを取り扱うことが出来る稀有な編集者です。
ゲストの二人の案内役として、由布院を代表する旅館「玉の湯」の代表桑野和泉さんも加わって由布院のツアーは始まりました。

 

今回のテーマは「仕事」。この際立った仕事人でもある3人の女性と接するにあたって、これ以上のテーマはないだろうと楽しみでした。観光というのは買い物や食事、移動に宿泊、景観でさえも、それらを楽しむときは常に誰かの手や気持ちを介して味わったり利用したりするもので、ある意味最も人の仕事に触れる機会であるとも言えます。
もちろん由布院でゲストのふたりにはゆっくりと寛いでもらいながら、また桑野さんにはご自身の舞台であり庭でもあるこの由布院で存分に舞ってもらいながら、改めて「仕事」について問いを立てさせていただきました。

 

 

僕自身も由布院に対しては格別の思いを持っています。学生時代に帰省した際に立ち寄った由布院の面白さ、むしろ東京でこそ実感した由布院の知名度、自分の土地を愛し育んでいくまちづくりの実践と経験。それらを知らなければ、僕は大分に帰ってきて自分の旗を立てて生きようとは思わなかったでしょう。というよりも由布院を知らなければ、地方で自分の旗を立て自分の町を誇りに思い充実して生きていくという人生がありうる、ということ自体に気付かなかっただろうと思います。

 

 

今回、玉の湯を会場にしたライブトークでは、僕の由布院に対するそんな思いと、人生とキャリアの関係、また自分の腕で仕事を作り生きていくときの突破力。3人にそんなことを問うてはお話してもらいました。とても貴重な話もあるし、勉強にもなるのでぜひとも聞いてほしいです。

 

 

 

本編映像の冒頭に印象的な由布岳を見ることが出来ます。僕も目の前に聳え立つ由布岳を仰ぎ見ながら湯の坪街道の賑やかな道を歩き、多くの由布院の方々が由布岳を大切にしている気持ちを想像しました。由布院には、代々受け継がれた山岳信仰が今もまさに生き、代々受け継がれていることがたくさんの由布院の方の言葉からわかりました。それがなぜなのか、ふと感じることが出来る瞬間がありました。

 

 

 

由布岳は、北アルプスの山のような峻厳さ、とげとげしさ、言ってみると山岳が持つ典型的なサディスティックな印象とはまるで違います。登ってみるとわかるけど、由布岳の麓はふんわりとふくらんで牧草地となり、草を分け入って進めば一本の巡礼の道のようにいつのまにか由布岳の頂点に導かれます。
神聖であるが、身近なのです。

 

由布院の魅力の鍵は、本編映像中の「庄屋」において中谷健太郎氏が語っているようにまさに「小ささ」にあるのでしょう。
「小ささ」や「少なさ」に強度のある価値を見出すことは日本人の特異な美意識で、「禅」の思想やそれに裏打ちされた「茶の湯」は常に世界中の人から関心を浴びています。
これは由布院映画祭とも関係が深く、大分市の映画文化を牽引するミニシアターシネマ5の支配人田井肇氏が語っていたことですが「ミニシアター」が「ミニ」である、ということに特別な価値やイメージを持たせることができたのはこの日本人独自の美意識によるところが大きいそうです。

小さいから、少ないから、自由でいられる。小回りが利く。顔が見える。小さいお店などにこういうポジティブなイメージは持ちやすいと思います。

 

そして由布院は小さい温泉地であったためにバブル期の大きな開発を免れ、静かな景観が守られ現状のブランド力を持つに至った、と定型的に語ることができます。そのとき小さいお店と同じようなポジティブなイメージが浮かぶかもしれません。
でももう少し掘り下げて、由布院の歴史を見てみると、危機感による挑戦と格闘と連続であることがすぐにわかります。僕が気が付いたのは、「小ささ」というのは実は「大きさ」と最も強い摩擦を持つ、ということです。

 

「小ささ」こそ「大きさ」に最も塗れるのではないか。「大きさ」に翻弄されながらどのように自分の信念を貫けるのか、そういうことが宿命的に表れ、それと葛藤していくことが「小ささ」の本質なのではないか。そんなことに気付かせてもらったように思います。

 

そして小さいということは、境界線で囲う面積が狭い。つまり外界との距離がどこにいても非常に近いことも意味します。それは問題が起こればすぐに中枢に直撃するということでもあるし、由布岳が象徴する自然の美しさ、偉大さが、そこに住む人の心のすぐ近くにいつも在る、ということでもあります。

 

 

 

小ささと身近さ。それはゲストの二人の自分の仕事を自分で作り、同時にチームを大切にしていく生き様、また自然と静寂さにより数多くの文化人に愛される旅館「玉の湯」の本質的な魅力に似ているように思えるのです。
僕は大分県全体が、このような「小ささ」に留まって誇りを持てることをいつも忘れずに発展できるととてもいいなと考えています。

 

 

 

 

由布市ツーリストインフォメーションセンター

2018年に完成した坂茂建築。ゴシック建築みたいな柱の連続が森のようで美しく、ここから見上げる由布岳は圧巻。2階には本も揃い、腰を落ち着けてゆっくりと由布院の入り口の空気を吸うことが出来ます。玉の湯の桑野さんと待ち合わせ。さて、ひびのさん、志牟田さん、どんな旅を想像しましょうか。

大分県由布市湯布院町川北8-5
HP:http://yufu-tic.jp/tic

 

COMICO ART MUSEUMYUFUIN

NHN JAPANが設立、運営する完全予約制の気鋭の美術館。予約制と言っても空きがあれば電話一本で参加することができるとってもウエルカムな空気です。そして隈研吾建築と原研哉のサインワーク、という長崎県美術館の黄金のタッグがここでは味わえます。展示品はもちろん、建物から丹羽まで、細部にわたる懇親の仕事は必見です。

大分県由布市湯布院町川上2995-1
HP:https://camy.oita.jp/

 

茶房 天井棧敷

由布院で休憩と言えばまずはここ。旅館 亀の井別荘 に付属するカフェで僕は由布院に行ったら必ず立ち寄ります。夜は「バー 山猫」になります。山猫は映画作家ルキノ・ヴィスコンティの代表作の名前で、店内は珍しいレコード、蓄音機、本、などが散りばめられ、美意識とこだわりが染み入ります。

大分県由布市湯布院町川上2633−1
HP:https://www.kamenoi-bessou.jp

 

庄屋

由布院まちづくりの立役者、中谷健太郎氏をみんなで訪ねました。元映画人でもある中谷さんの私邸ということで、部屋には大量のDVD、迫力のオーディオ機器、そしてやはり蓄音機があります。また2階の壁面を埋め尽くす本、本、本。もともとは古民家だそうですが、2016年の地震を機に改築、補強。それは何とツーリストインフォメーションセンターと同じ坂茂氏の手によるもの。
健太郎さんを慕うたくさんの人が日々訪問しています。すっかり打ち解けたゲストふたりと健太郎さんは湯の岳庵でランチをしました。

亀の井別荘近辺(中谷健太郎氏私邸内につき見学不可)

 

蓄音機の梅屋

大分に蓄音機ブームがあることをご存知ですか? 旅館、カフェなど由布院以外のところでも蓄音機がたくさん設置されているのはほとんどこの都内から移住してこられた蓄音機屋さんの影響です。電気を使わずに音楽が聴ける、ということは初めて体験すると驚愕します。それぐらい力強く心地よい音を感じるのです。
音楽に留まらずいろんなイベントも企画する梅屋の梅田さん。お店の立地も静かでいいところですので、ぜひ訪ねてみてほしいです。

大分県由布市湯布院町川上1835
HP:http://umeya.bz/

 

ドルドーニュ美術館

由布院に関係深い作家の作品を展示している私設美術館。僕にとってはもっとも由布院らしいと感じるところ。美意識が鋭く、クリエイティブで、親しみやすい雰囲気です。
支配人の裏文子さんが語る、大分の誇る抽象画家宇治山哲平の解説は必聴。由布院と芸術の確かな血脈を感じ取れる県民にとって本当に誇り高い美術館です。

大分県由布市湯布院町川上1835−4
HP:http://www17.plala.or.jp/dordogne/

 

岩尾晋作
(カモシカ書店店主、「大分で会いましょう。」コーディネーター)