地元と結束してプロジェクトを進めることが必須だった

この言葉に隣で頷くのは、鎌田さんとともに道後温泉事務所で働く池田剛典さん。「地元が一丸となって形となるものを作っていくのはやっぱり誰にでもできる仕事じゃなかったし、一過性のイベントとして終わらせるべきじゃないですからね。」

事務所の思いは熱かったが、最初のうちは、物事がスムーズに運ばなかった。「道後の気質なのか愛媛の気質なのか、新しいものを喜んで受け入れないところがあって、アートに対しても拒否があったんです。」(鎌田さん)「年齢層が高いこともあって、保守的な街なんですよね。」(池田)

しかし、松波さんたちの努力により、地域の人たちの警戒心は次第に溶けてくる。「僕たちがしたいことだけをしても意味がないから、小さな子どもにも20代の女性にもお年寄りにも共通する感覚はなにか?どうすれば喜んでもらえるだろうか?ということをとことん考えました。その中で特に重視したのは、アーティストと地元との間に入って“通訳”をすることです。」(松波)

「アーティストは“地元がやってほしいこと”をする人ではなく、自分が伝えたいことを形にする人であって、その手法は尊重しないといけないんだけど、一方で地元には“こんなものを作ってほしい”という思いもある。その間に入って、『最低限これだけはしてほしい』と伝えたり、それに対してできあがったものが地元の理解を得られなかった場合、なぜそうなったかというアーティストの思想を地元の人に伝えたりということにはすごく時間がかかりましたね。」(松波)

もちろん、“通訳業”と並行して、道後温泉事務所と連携しておこなうべきことにも時間を割いた。

「行政とのやりとりでも、“相手を理解しようとすること”を特に大切にしました。『こういうことがやりたいんです』って言ってNGの答えが返ってくることもあるけど、向こうには向こうの都合がある。じゃあどうすればできるのか?どこまでならOKなのか?を見極めることを大事にしたのはもちろん、自分たちのお金を使うこともしました。行政に予算をもらおうと思ってもうまくいかないから、自腹を切るって大切なんですよ。つまり、行政ができないけどやりたいことがあるなら、『やることに対して責任を取れるプレイヤー』は歓迎される。行政もそういう人がいたら嬉しいので、“したほうがいいと思っているけどやれない”ことをうまくくみ取って住み分けすることは大切ですね。」(松波)

恋愛辞典

「道後オンセナート2018」道後山の手ホテルにて公開中の宇野亞喜良「恋愛辞典」

一つひとつに手を抜かず、丁寧にプロジェクトを進めてきた結果、初回の「道後オンセナート2014」から大盛況。道後温泉本館をアート作品へと変貌させる試みを筆頭に、9軒のホテル、旅館それぞれの一室を著名アーティストが各自の色に染め上げる、“泊まれるアート作品”「HOTEL HORIZONTAL」(ホテル ホリゾンタル)などのユニークな作品が多数誕生した。参加アーティストは、荒木経惟、草間彌生、谷川俊太郎、ひびのこづえ、森山開次など、世界的にも注目度が高い面々ばかり。

街全体が美しく染まり、流行の兆しをみせていたインスタグラマーたちがこぞって道後を訪れたことで、プロジェクトのすばらしさがインターネットを通じて日本中を駆け巡った。

官民連携だったからこそ、
地元とも県外とも密につながることができた

部屋本 坊っちやん

「道後オンセナート2018」プレオープンで、道後館にて公開中のホテルプロジェクト、祖父江慎「部屋本 坊っちやん」

「プロジェクト成功の大きな要因は、官民連携でやったことにあると思ってます。民だけでやろうと思ったら同じ事業者同士でネットワーク作ったほうが有利ですが、“松山市を盛り上げたい”という思いが根本にあるなら、地元事業者や行政ともつながっていくことは必須です。」(松波)

このコメントには、地元広報を担当する清水淳子さんも大いに納得。「松山をよりよくしたいってなったら、官のエッセンスをいれざるをえないですよね。」

「とにかく松山を盛り上げたいという思いがあったから、オール愛媛(松山)で運営のメンバーを構成してチームを作ったんです。ほとんどが地元出身か在住だから、道後の名前を売りたい、たくさんの人に道後に来てもらいたいという思いは共通。首都圏広報には東京のトランジットジェネラルオフィスでPRの仕事をしている松波砂耶さんに関わってもらって、松山への観光を促しました。これって行政だけではできないことだし、官と民のどっちもが関わっているってやはりすごく大きな力だと思うんです。」(松波)