2011 年に発生した福島第一原子力発電所事故に伴う避難指示により、一度は人口がゼロになった福島県南相馬市。今なお復興が続くこの街で、新規事業を通じて地域を再創造する「株式会社小高ワーカーズベース」のコミュニティマネージャーとして活躍している野口福太郎さんにお話を伺いました。


■ 野口福太郎さん プロフィール
1997 年生まれ・埼玉県出身。早稲田大学 文化構想学部を卒業後、新卒学生が 2 年間という期限付きでベンチャー経営者の右腕として働く「Venture For Japan」プログラムを通じて、現職である株式会社小高ワーカーズベースに就職し、コミュニティマネージャーとして勤務。同社が運営するコワーキングスペースの顔となり、来訪者と地域を繋ぐハブとして活躍している。

まず、野口さん自身のことついて教えてください。どのような経緯でファーストキャリアを福島にすると決めたのでしょうか。

野口福太郎さん(以下、野口さん):
福島県浪江町出身の友人から、地方の経営者を紹介すると誘われて足を運んだことが、私と福島との最初の出会いです。東日本大震災当時、テレビで見ていた被災地の光景を目の当たりにしたことで、見てしまった以上は無視できない、無視したら自分自身が後悔するだろうなと感じました。その後、就職活動をしていた折に参加した「Venture For Japan」プログラムが出している求人から、現職に繋がる求人を見つけて今に至ります。

東北に足を運ぶきっかけとなった浪江町のご友人とは、どんなタイミングで出会ったんですか?

野口さん: 東京のゲストハウスで出会いました。当時は多拠点生活、今で言うアドレスホッパーのような生活スタイルをしていて、週のほとんどをゲストハウスやホステルで過ごすこともありましたね。インバウンドブームということもあり、日本人だけではなく外国人の利用者も多く、そこでの生活は非常に刺激的でした。この生活スタイルをしなかったら、浪江町の友人や小高とも出会っていなかったと思います。

アドレスホッパー!とても興味深いですね。この生活スタイルをする中で、地方に行くことはあったんですか?

野口さん: アドレスホッパー生活を始めてから、地方で過ごすことが多くなりました。地方には普通の大人じゃない、一周回ってその境地にたどり着いたような、良い意味での「変人」と巡り会う機会が多くて、首都圏では感じられない地方のポテンシャルを感じましたね。その時に感じた「地方のポテンシャル」は、具体的にどのようなものですか?

野口さん: 首都圏と比べて「打席に立てる回数」が多いことですね。地方に出て行くと、首都圏は成熟しているなと感じると同時に、成長の機会を得られるチャンスが少ないと感じました。地方にはどうにかしないといけないと思いつつ、未だ手付かずの課題が山ほどあって、ささいな事でも成果に繋がるチャンスがあると思っています。就職活動をしていた当時、新しいものを創って発信する方が自分に合うと思ってベンチャー系を中心に受けていました。結果「地方 × ベンチャー」という不確定要素が多すぎるくらいの環境を選んだことは、まだ見ぬ未来へのわくわく感を通じて、自分の可能性を拡張し続けられるという意味で良い選択をしたと思っています。

逆に、地方に来て不便とか不安になったことなどはありますか?

野口さん: そんなに思ったことはありませんね。確かに公共交通機関が JR 常磐線だけだったり、周囲に商店が少なかったりと環境面で違いを感じることはありますが、暮らしを自分でコーディネートする意識が高いので、そこも楽しみの 1 つだと思って毎日を過ごしています。また、よく言われる「閉鎖性」や「画一的な価値観」と言われるようなことを感じたこともありません。これは小高という街が「何かを起こそうとする人」を、地域全体で応援する空気に包まれているからかもしれません。

今後、何かやりたいことや叶えたいことなどはありますか?

野口さん: 小高パイオニアヴィレッジに入っている起業家たちのように、自分自身も「コト」を起こしたいと思っています。将来、自分自身で事業を興すときに必要なことや、何かを始めようとする人たちのエネルギーを間近で見られる環境にいることは、将来のアドバンテージに繋がると思っています。また、コミュニティマネージャーの仕事を通じて、起業家たちと対等の目線で話せることも、そのアドバンテージに繋がっていると思いますね。具体的にどんな事業をおこしたいなどといった思いはありますか?

野口さん: 休日、常磐線沿いの店舗を制覇するぐらい、サウナがめちゃくちゃ好きなので、小高でサウナを開きたいですね。最近だとテントサウナなどモバイル型のサウナが流行っているので、自然の中で暖炉を囲みながら「整う」体験を通して人の輪ができるものを、どこかでやれたらいいなと思っています。


福島第一原子力発電所事故による避難指示で、一度は人口がゼロになった南相馬市小高区。課題先進地であることを成長のチャンスと捉えた野口さんのフロンティア精神が、インタビューからも伝わってくる熱い内容でした。今後の活躍にも期待が高まりますね!

野口さん、ありがとうございました!