福岡県田川市、かつては日本最大の石炭産出量を誇った炭鉱町であり“炭都”と呼ばれた都市である。炭鉱時代の名残りがある2本の赤煙突を背景とした田川伊田駅から歩いて3分、一見古びたガレージだが、ここで毎月第三木曜日に2時間だけ開かれるマーケットがある。その名も“食にん市”。

運営しているのはサハラさんと吉田さやかさん、2人ともこの地域の食の魅力に取りつかれた人物だ。2011年に初めて開催され早10年が経つが、雨の日も雪の日も月に一回変わらず開催を続けている食にん市、そのマーケットに秘められた想いに迫る。

新しくなったJR田川伊田駅。後ろには田川市のシンボル“二本煙突”が見える。

駅より徒歩3分の川沿いのガレージが会場となっている。左がサハラさん、右が吉田さやかさん。

【食にん市の始まり】

実家が佃煮屋であったサハラさんは「当時の販売先はスーパーなどの量販店が全てでした。当時は都市圏の量販店や海外への輸出などを手掛けるのが良しとされてましたが、私はそれに疑問を感じてました。素材や製法にこだわって作っても伝わりにくい上、お客様の評判もなかなか聞くことができませんでした」と話す。

そんな中、地元の商店街のイベントに出店しないかとお声がけを頂いた。地元で販売する機会はほとんどなかったこともありすぐに出店を決めたサハラさんだが、出店してみて非常に驚いたという。「“食”に関する仕事をしていたのですが、全然地元の食の生産者さんのことを知らなかったんです。そして魅力的な生産者さんがこんなに地元にいたんだ、とビックリしました」。

そして地元のお客様も地元の産品を望まれている方が多いと感じたという。「今の時代、スーパーに行けば一通り商品は揃えることができます。ただ遠くの誰が作ったかわからない商品ではなく、近くの馴染みの方が作った商品を望まれる方は多いように感じました。お客様も地元の産品を買う機会どころか知る機会も少なかったのです」とサハラさんは話す。

また海外に行くことが好きだったサハラさん。海外ではどんな地方でも手作りのマーケットがあるのに日本ではあまり見ることがなかったことにも違和感を覚えていた。「魅力的な地元の生産者による地元の方向けのマーケットを作りたい。それも一回だけのイベントではなく生活の一部となるような」と強く想うようになった。

想いを形に、2011年6月、手作りのマーケットを初めて開催することになる。“食べる人”と“職人”の繋がりを育む場にしたいと願い、“食にん市”と名付けた。

初めての取組でもあり、出店者集めや来場者の方々への告知など大変なことも多かったというが、サハラさんの想いは強かった。「大変ではありましたけど、まずは何より自分自身が出店される生産者さんの商品を買いたいって気持ちが強かったんですよね(笑)。自分が好きな日常をつくる。これも大事な事だと思います」と笑った。

当社は工業団地にあった事務所の駐車場スペースに会議用テーブルを並べた手作りのマーケットであった。

【続けていく困難と喜び】

サハラさんの想いに共感し、地元の有機農法で野菜を作っている農家さんや、果樹園で果物やこだわりの加工品を作っている農家さん、その他“食”に関する生産者さんが出店をして頂けるようになったが、続けるにあたってやはり良い事ばかりではなかったと話すサハラさん、特に集客に関しては苦労したという。「場所は工業団地にある事務所の駐車場、地元の方ですらあまり通ることもないような場所でした。そこにテーブルを並べてのマーケットでしたので、当初はなかなかお客様を集めるのが難しかったです」と語る。

近くの会社に開催の毎に手書きのチラシを作成しFAXで告知するなどの地道な集客活動を行ったり、またマーケットの時間も16~18時にして会社終わりの特に女性の方に来ていただきやすい環境を作るなどの工夫もした。

少しずつお客様も増えてはきたが、やはり屋外で実施するマーケット、天候に左右されることもあったという。「暑い日、寒い日、雨の日などはやっぱり出足が鈍ります。それでも続けていく事は決めていました。少しうまくいかないからといって辞めてしまうとアテにされなくなる」とサハラさんは語る。

その想いはまず生産者に伝わった。ある生産者はこのように話す。「以前は百貨店にも商品を卸してました。まずまずの売れ行きだったが、経営方針が変わり取り扱いが急になくなったのです。そのこともあり目に見える方へ日常的に直接販売する機会がより大事になると思ったのです。それはまさに食にん市の考えと同じでした」。

生産者の方々には本当に助けられたとサハラさんは話す。「一生懸命作った商品が売れずに持って帰るのを見ることは本当に辛かったです。でも食にん市を続けるために生産者の方も一緒になって改善策などを考えてくれて。今では“主催者”と“出店者”がきっちり分かれているイベントが多いけど、食にん市ではそれがなく一緒の立ち位置にいます。生産者の方の助けなしにはこれまでやってこれなかった」。

また心強い仲間も増えた。吉田さやかさんが運営として手伝ってくれるようになったのだ。吉田さんは病院に勤務し、食に関する業務に就いていたがサハラさんと同じことを感じていたようだ。「特に病院ということもありましたが、“食”ということの重要性を人一倍気にかけていた」と吉田さんは話す。始めはお客さんとして行ったのが食にん市との出会いだとのこと。「素晴らしい生産者の皆様と温かい雰囲気の虜になり、気づけば運営として関わってました」。

記念すべき50回目より現会場に移転、駅よりほど近く川沿いの夕焼け色の屋根付きガレージがいい雰囲気を醸し出している。

チラシは手書きを中心に作成していた。

ガレージはDIYでマーケット使用に。

【ここで食にん市を紹介】

2021年2月18日(木)の出店者ラインアップはこちら

〇合鴨家族 古野農場(嘉穂郡桂川町)
“安全でおいしいものを食べさせたい”の想いから、年間70種ほどのお野菜を栽培期間中農薬化学肥料不使用で育ててます。朝採れのお野菜を中心に、合鴨米の新米、はだか麦、ウスターソースやトマトソース等の加工品を販売してます。

〇末時千賀子料理塾(田川郡香春町)
地元の素材を活かす食育インストラクターであり家庭料理研究家です。季節の野菜やお魚のお惣菜、おこわやごはん等、素朴だけど豪華なお料理は圧巻です。本日は燻製料理もお届けします。

〇村のお肉屋さん(田川郡赤村)
地元赤村の自然の中で育った黒毛和牛や九州内で育った豚肉などを扱ってます。本日は厳選した黒毛和牛や豚肉、ハム、ベーコン、とんかつや豚のチーズ巻きや豚のえのき巻きなどの加工品を販売してます。

〇abeファーム(直方市)
鶏のストレスが少ないヨーロッパ型飼育の“放し飼い”にて有精卵をつくっております。本日は有精卵とともに、合鴨米の味噌、絶品のちらし寿司、モツの炊き込みご飯、酢鶏、シフォンケーキを販売しております。

〇パンとお菓子のアトリエ IKURI(田川郡川崎町)
地元の素材を活かしたパンを作っております。本日はラピュタファームの赤葡萄、白葡萄で自家製酵母を使用したパンや、地元の農家さんの野菜をふんだんに使用したパンの販売をしております。

〇わGasy(田川市)
「マダガスカルのラフィアと“わ”のfusion」をコンセプトにした、雑貨や小物を販売してます。本日はエコバッグとして大活躍なオリジナルの買い物かご等に加えて、非脱臭100%ピュアなカカオバターにマダガスカルのTree to barオーガニックチョコレートを販売してます。

〇カンポドーロ(福岡市)
本場イタリアのお菓子とお惣菜をつくっております。本日は古野農場の小麦粉を使った季節の焼き菓子、北海道白糠酪恵舎のチーズ、グラニャーノ産パスタ、プーリア州のオーガニックオリーブオイル等こだわりのイタリア食材を販売してます。

〇和田農園(田川郡川崎町)
精魂込めて小松菜とぶどう、梨をつくっております。本日は巨峰、ベリーA、翠峰、安芸クイーン、ブラックビート、シャインマスカット、6種類をブレンドした100%のぶどうジュースを販売します。今季は残りわずかです。

〇ものづくり犀の会(田川郡赤村)
自然いっぱい季節の素材を活かした加工品をつくってます。本日はやみつきになる唐辛子やコチジャン味噌スパイスを販売しております。ネーミングも面白いので要チェック。

〇とらいあんぐる(田川市)
切り花を主に、観葉植物や可愛い花器などやドライフラワーなど、お客様の要望に合わせてご提案します。本日は春の訪れを感じるブーケや、チューリップの球根ものやエアープランツを販売しております。

【将来の展望は】

運営を始めて約10年、雨の日も雪の日も休むことなく開催しているのが食にん市の何よりの魅力であり強みである。「大きなことをしようとは思ってはないんです」と話すのは吉田さん。「サハラちゃんや生産者さんの最初から一貫しての想い、それは“ふつうの日常が豊かになる”こと。急に規模を大きくしたりするとそれは日常ではないですから」。あくまで続けることによって生活の一部と感じて頂くことが大事だと話す。

「ただ矛盾するようですけど毎回毎回全く同じだと飽きが来てしまうのも事実。以前は“食”についての出店が基本だったが、“花”や“生活雑貨”など日常の枠組みを出ない中で、新たな出店を増やすなどの工夫もしています。ありがたいことにSNSの発信などで少し遠距離からの方も来られることも増えたので、今後は地域の魅力や環境等の発信もしていきたい」と吉田さんは嬉しそうに話していた。

取材した2021年2月18日(木)は稀にみる大雪の日、雪かきをしたり、雪で家から出れなくなった出店者の荷運びのお手伝いをしたりと、いつもより準備が慌ただしく大変ではあったが、いざマーケットが始まると生産者とお客様が賑やかに言葉を交わす何も変わらないいつもと同じ風景。今後も“ふつうの豊かな日常”をつくる食にん市が続いていくと確信した瞬間だ。

出店者さんとともに

食にん市(SNS)
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Instagram URL:https://instagram.com/chikuhouslowfoodmarket?r=nametag

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