「関係人口ってよく分からない」と言えた時代を完全に終わらせた良著

「関係人口」という概念について、今まで本当に多くの人が、様々な解釈でそれを説明しようとしてきました。
それはいわゆる”地方創生”に関わる人達が、この言葉に直感的に何か重要な意味を感じたからかもしれません。
>私自身も、2年前のこちらの記事にあるように”関係人口とは”ということについてコラムを書き、ありがたい事に多くの方に読んでいただきました。

その自分のもの含めて、これまでの「関係人口」に関する説明や解釈は、まるで食べたことのない料理の味を、「あの料理とここが似ている」とか「味はあの料理で、歯ごたえはあの素材」のような、やや感覚的な捉え方を説明してきたものが多かったと思います。

しかし本書は、著者の並々ならぬ労力による調査と経験により、関係人口という概念とそれが生み出す価値観を可能な限り分かりやすく整理するという努力にとって、その未知の”料理”の詳細な調理法や、そのレシピが作り出された歴史、さらには原材料の産地や生産者までもしっかりと浮かび上がらせるような仕上がりになっています。

なので、今まで「関係人口って曖昧な概念ですよね…」とか「なかなかうまくいかない移住促進の言い訳っぽいですよね」などというやや否定的な捉え方をしてきた人たちは、これからは少し注意が必要かもしれません。

なぜなら、この本を読んでいないことがバレてしまうからです。

そのくらい本書は、いわゆる”地方創生”や”町おこし”などと称される活動の基盤になる意義を持っていると思います。別の言い方をすれば、政府や自治体の関係者はもちろん、地域の側で地方創生や町おこしに関わっている人は、必ず本書を読んでからその議論に加わるべきです。

本書の著者は、山陰中央新報社でキャリアをスタートされた筋金入りのローカルジャーナリストです。同社在籍時には、琉球新報社との合同企画「環(めぐ)りの海―竹島と尖閣」で新聞協会賞されています。その後フリージャーナリストを経て、島根県立大准教授として地域再生の現場からその活動を見つめ続けている方です。
その最新の著書は、長年この課題に取り組む人たちの頭の中でモヤモヤしていた、この「関係人口と」いう概念を丁寧に分かりやすく整理するとともに、これからの地域再生において、それが如何に重要なのかを明らかにしています。自分自身も読んで痛感したのは、今まではなんとなく感覚的にはそう思っていたのですが、やはりこれからの地域にとって最も重要なのがこの「関係人口」だということを確信でき、非常にスッキリした思いがしました。

これからの地域振興の起点でありプロローグでもある一冊

もちろん物理的な人口増を目指したい地域側の気持ちも十分理解できますし、新たな居住者が地域に活力を与えることは紛れもない事実。ですので移住促進活動そのものに意義がないとは全く思いません。しかし日本全体の人口減トレンドが避けられない中で、住民票の数だけを追い求める競争に限界があることも誰もが承知のはず。加えてこのコロナ禍中に想像を超える速度で物理的な居所の意味が大きく変化した今となっては、やはり重要なのは如何にその地域に思い入れの深い人を増やすか、実際に地域に関わって生きる人を増やすか、それこそがまさしくその地域の「生き方」を決める鍵になる時代なのです。

このことに気づいた地域とそうでないところは、動き方が明確に異なります。

前者は相変わらず、「うちの地域は自然が豊かで食べ物が美味しく、人も優しい。だから移住してきて」とホタルに「こっちの水は甘いぞ」と呼びかけるがごとくのPRを続けるでしょう。しかし後者は「うちの地域ではこういう人生が送れます。こういう価値観を大切に生きる人が集まっています。だからあなたも一緒にどうですか?」と声をかけていきす。

この違いは本当に大きいですね。

一般的には不便な過疎地から順に人が減っていくと思われていますが、実際にはそうはならないだろうと自分は常々思っています。現に、本書で紹介されたいくつかの地域は、地方創生のトップリーダーとして様々な場所でそのお話を見聞きしますが、地の利としては不利なところばかりです。その経緯にご自身も深く関わってこられた著者の田中さんの描き方は、更にその取り組みの価値の源泉を明確に指し示していて、本書が単に「関係人口」の概念を整理し定義するだけにとどまらず、ある意味「物語」としても楽しめる生きた教科書のような読み応えを生んでいます。

一方で当然のことながら、ここにすべてが書かれていて、そのとおりにやれば地域は活性化するんだという”虎の巻”ではありません。

冒頭の料理に例えると、ここに上げられているいくつかの地域の事例は、麺類に例えれば『つなぎは少ないが打ち手の腕が確かで歯ごたえがしっかりした、本格的な日本そば』のようなものにとどまっています。しかし地域の発展の広がりは正にダイバーシティそのもので、十割そばもあれば二八そばもあるどころか、あたかもパスタやラーメンのように多種多様なレシピに進化する可能性があります。それらは正に現在進行系で、各地で取り組みが始まっていて、これからも著者によって世に紹介されていくことでしょう。そういう意味でもしかしたら本著はそのプロローグなのかもしれません。

すべての起点となるのは、今まで当たり前だと思っていた地域の内と外の垣根を超えて、広く多様な人とのつながりという社会資本を多く保有する地域こそが、その永続性を担保できるという価値観です。未だにコロナ禍の暗いトンネルの出口が見えない日々が続いています。しかしこうした閉塞感や大きな社会課題のなかで、それにどう対峙して生きていくかは、地域の問題解決でもあり、私達個々人の生き方そのものへの問題提起でもあります。そういう意味で、地方創生に直接的に関わる人のみならず、地域に少しでも関心を持っている方にとって、この本は少なからず示唆を与えてくれる素晴らしいものです。

また本書は著者の博士論文がベースの学術書の形式で綴られているだけに385ページというボリュームで、しかも3,200円とやや高額な書籍ですが、手にとった方はその意外なほどの読みやすさと読後の充実感で、その価値の高さを実感されるに違いないと私は思います。

全ての方に全力でお薦めします。ぜひ手にとってみてください。

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【本コラム著者】
ネイティブ株式会社 代表取締役 倉重 宜弘(くらしげ よしひろ)
愛知県出身。早稲田大学 第一文学部 社会学専修 卒業。金融系シンクタンクを経て、2000年よりデジタルマーケティング専門ベンチャーに創業期から参画。大手企業のデジタルマーケティングや、ブランディング戦略、サイトやコンテンツの企画・プロデュースに数多く携わる。関連会社役員・事業部長を歴任し、2012年より地域の観光振興やブランディングを目的としたメディア開発などを多数経験。2016年3月にネイティブ株式会社を起業して独立。2018年7月創設の一般社団法人 全国道の駅支援機構の理事長を兼務。