地方における資源は自然と人のつながり

──油井さんは海外での生活を経て、こどものための職業体験施設「キッザニア」の立ち上げにも尽力されました。海外にいたことや、キッザニアでの経験が今の活動に影響している部分はありますか。

小学校が海外、中高で日本に戻りましたが、大学からアメリカへ留学することになりました。卒業してニューヨークで音楽やテレビの仕事をしていました。海外に長くいたことで、違う人種、違う考え方の人間が多くいるのが当たり前の環境で、多様性を許容する精神は培われたかもしれません。また、2001年にはアメリカ同時多発テロを経験していて、その経験が知らない土地の知らない人のためになにかしようという気持ちを高めたと思います。同時に自分の働き方についても、問い直すようになり、2004年に日本に戻ってきた後、キッザニアを日本に導入する事業の立ち上げに携わることになります。震災が起こった当時もキッザニアに勤めていたので、2年間程は平日は東京で働き、週末は東北でボランティア活動をするという生活を送っていました。この頃からこどもの教育や地域の課題に触れる機会が多くなり、同時に自分なりに感じていた可能性が今に繋がっていると思っています。

──他の地方においてモリウミアスのような教育をテーマにした施設が、地域を活性化していく可能性はあるでしょうか。

きっとできると思います。私達がモリウミアスでやっていることは、私達がここに持ち込んだものではない。自然環境があって、そこに住んでいる人たちがいるから成り立っている。海がなくても、もっと山が豊かだったり、農業が盛んな地域もあるでしょう。資源がない地域はない。モリウミアスのような施設で言えば、むしろ人口が少ない地域ほど、資源があると言える。旅行する時も生産者である農家や地元で暮らす人と会えた方が楽しい。どこにでもあるようなホテルや旅館に泊まり食事をするよりも、地元の人が行く居酒屋の方がわくわくしたりもする。モリウミアスの独自性があるとすれば、プロフェッショナルや企業、海外の国とのつながりだと思いますが、それも地元の人が気づけていない、きっかけがないだけで、人を呼ぶ資源は自分の町にあるということを知るきっかけとなるような施設をつくれば可能性が広がると思います。

──今後のモリウミアスとしての目標を。

まだ、本格的にこどもたちの受け入れを始めて2年程で、前述の通り施設の内容は現在進行形で変化しています。サスティナブルに生きることをこども達に伝えるということと同時に、モリウミアス自体がサスティナブルになることが大事だとも考えます。この施設が5年、10年で終わっては意味がなく、100年続くべきだと思います。私達としての課題は事業性を考えながら継続していくことでしょう。私達が続けていれば、地域との関係の中で新しいことが生まれてくる。人口が増えずに減ったとしても、地域が続き新しい町のカタチと人の在り方が見えてくるのではないかと考えます。

私は海外が長かったので、海外の人の日本に対する関心の高さ、親日家が多いことをよく知っています。日本のように自然環境が恵まれていて、四季も感じられて、食へのこだわりなど、暮らしの価値観が豊かな場所というのは、世界中でもそう多くはない。世界中の自然環境が悪くなっていく中で、日本の自然と共に生きる暮らしは、今後、より注目されると思います。中国のこどもが来た時は、一日中、外に居れるだけで感動していた。それほど空気環境が悪いところもある。海外のこども達が、夏休みになったら日本の地方に行こうと思うようになれば、それが新しい日本のブランドにもなっていく。究極的には100年後の日本のそんな姿を思い描いています。


油井さんがMORIUMIUSの仲間たちと行っている活動は、震災からの復興支援という側面だけでなく、教育、廃校利用、地方の観光と海外への発信など様々な面で可能性を感じさせるものだ。また、一時的なボランティアではなく、施設と地域が長く持続することを念頭において運営している点も、多分野の人々や団体が断続的に、各々のタイミングで携わりやすい環境を生んでいる要因だろう。自分たちが主体となって活動する一方で、支援を受ける側、支援する側双方が出会うボランティアのハブとしてのつながりを見せるMORIUMIUSは、数年後、数十年後の新しい地方、地域の在り方を示すモデルケースとなるのではないか。

取材・文・撮影:高柳圭