旅館経営のために変えたこと、老舗旅館として大切にするもの

玉椿旅館の最大の特徴は増築された迷路のような館内とその歴史である。しかしそれは同時に経営の効率化やお客さんの利便性や快適性を考えると足かせになる可能性もある。そのバランスを保つために何を変えて、何を大切にしていきたいのか。

「そうですね、変えていくというよりも発展させていきたいという思いなんですが、まずはソフトの部分を見直したり、あるものを利活用することをはじめています。地域の方にもっと旅館を使って欲しいという思いがあるので、ランチや立ち寄り湯など、気軽に来ていただける機会を増やしたりしています。ライター時代に移住とか暮らしについて考えてきた影響からか、観光のことよりも日々の暮らしのことに興味があって、地域の旅館としてなにかできないかなあと考えています。これまで待合のみに使っていたロビーの空間を活用して、満月の夜だけオープンするバーをしてみたり。いつか日常のシーンになるように、イベントごとは必ず定期的にできることを企画するようにしています。」

「有形文化財にしていただいた時にすごく良かったなって思ったのは、建物だけじゃなくて増築の歴史など旅館の物語性もとても評価していただいたことです。心地よい空間をつくっていくために時代に合わせて柔軟に変わっていくことも必要だけど、その物語性をなくさないように空間を利活用しながら守っていくことも大事だなと思います。今は、旅館として華やいでいた時代の形を最終形態としていて、風化したまま使えていない空間も多いんですね。庭と森が違うように、人がつくった空間は人が手を入れなければ保っていくことはできないので、とにかく人や風が入る機会や仕組みをつくることで、旅館を発展させていきたい。その過程もコンテンツにして、PRしていけたらなと思います」

地域への貢献とハレの日の場所

「今は、地域の皆さんの暮らしに貢献したいなって思いが強いので、将来的に、また婚礼が出来るほどに成長できればすごくいいなあと思いますね。ハレの日に選んでいただけるって、すごく素敵なこと。家族で記憶を重ねていっていただけるような場所になりたいなって。婚礼って、空間も整えなくてはいけないし、人も育てなくてはいけないし、すごくハードルが高いことですよね。でも、それが出来れば、旅館としても一流かなって。かつてはうちでもたくさんの婚礼をお受けしていたし、今でも一般的にホテルや旅館が婚礼をすること自体は珍しくないので、あんまり特別なことだと思っていませんでしたが、運営する側になって初めてすごいことなんだと思うようになりました。もうすぐ100年、もうあと100年続いていかれるように。まずは地域で愛していただけるような旅館になりたいなと思っています」

歴史が生み出す新たな価値

玉椿旅館の廊下やお座敷を歩いていると、なんだか懐かしい記憶が蘇ってきた。

身体が覚えている昔の記憶。それは、100年の時を経た木材の風化が作り出す視覚的な情報や、歴史が刻まれた旅館が醸し出す香りなど複合的な刺激が呼び覚ましたものだった。

冒頭で物理的な距離が作り出す価値について書いたが、ここ玉椿旅館ではもう一つ時間というベクトルが加わり、懐かしい記憶にアクセスできる。歴史が生み出す特別な時間。それが、玉椿旅館ならではの、古いからこそ新しい価値なのかもしれない。

取材・文・撮影:雑賀元樹