不利な県内・国内市場ではなく、
沖縄の魚を“好いてくれる”マーケットへ

沖縄県内でせり権を有する業者は数えるほどといわれるが、その最後発としてスタートした後藤さんはいきなり壁に突き当たる。予期していたことではあったが、県内や国内では魚の需要が伸び悩む中で競争が過熱。

「しかも、沖縄の魚をたとえば築地市場に持って行ったとしても、『沖縄でしょ?』と言われておしまい。魚の色がとっつきにくいとか、売りづらいとか、これまでも沖縄の漁師さんたちは県外の魚と比べられて、ボコボコに言われてきていたんです。それでもなお、国内最大のマーケットだから、という理由で東京とつきあうべきなのか?いや違う、と思いました」

後藤さんは考えた。県外の魚と比べられることなく、沖縄の魚を喜んで欲しがる人がいるとすればどこだろうか?
まず、過去最高の入域観光客数を更新中の沖縄県内で、観光客向けに魚を出す、という選択肢もあったが、確かに需要は伸びていても最後発で参入しづらく、勝算も少なかった。

「そもそも日本では、魚は北へ行けば行くほど脂が乗っておいしいとされています。だとすれば逆に、沖縄から南へ視線を向けたら、どうなるのか?と思っていた頃に、シンガポールで飲食業を営む知人から『魚を送ってほしい』という連絡を受けたんです。それも北日本の魚ではなく『沖縄の魚がいい』と」

一体どういうわけか。調べてみてわかったのが、沖縄近海の魚種は九州近海に生息する魚種よりも、シンガポールを含む東南アジアの海域に生息する魚種に近い、ということだった。

「東南アジアから見れば沖縄は北にあたります。彼らにとって沖縄の魚は『脂が乗ったおいしい魚』だったんです」

後藤さんの頭の中で、沖縄の魚を「インバウンド」向けコンテンツではなく、「アウトバウンド」の商材として捉える方向にスイッチが切り替わったのは、この瞬間だといえそうだ。

東南アジアでは衛生面の心配からか、基本的に魚を生では食べないという。

「沖縄から鮮度を保った状態で届けられた魚は、生食できます。普段加熱して食べている魚を刺身でおいしく食べられて、なおかつ脂も乗っている、となれば食べてみたくなりますよね。それに、沖縄の魚は彼らが見慣れた、食べ慣れた魚種なので、商品価値をわかってもらいやすい。地元の魚よりも沖縄の魚は『脂が乗っておいしい』、だから高くても食べたい、というジャッジができるんですね」

これが北日本の魚になると、全く知らない魚なので味の判断基準がないため、高いお金を出してまで食べるべきか、躊躇してしまう人も少なくないのだそうだ。

「アジアは今、経済が上昇してきています。生活水準が上がり、『おいしいものを食べたい』『子どもにいいものを食べさせたい』といったニーズも高まっている。しかも、日本からアジアに食品を出す時、肉や野菜はさまざまな規制があるのですが、幸運なことに魚にはそれが少ない。なぜなら『海はつながっている』からなんだそうです。その上、沖縄からアジアに向けて魚を出している業者がまだまだ少ない、となれば、これはやるしかないぞ、と」

飲食店に「黒板メニュー」を提案し、少量多品種を直接取引

シンガポールへの数キロの出荷から始まった海外への鮮魚輸出は現在、年間10トン前後の規模にまで成長。出荷先地域もシンガポールに加えて台湾・タイ・香港まで広がり、マレーシアやインドネシアからの引き合いも来ているという。

「実は初年度の段階で月間30トン近いオーダーは来ていたんですが、供給が追いつかない状態。何とか3年でここまで持ってきましたが、需要は広がる一方で、対応しきれていないのが現状です」と後藤さんは嬉しい悲鳴だ。

現在、同社の卸し先はすべて現地のローカル飲食店で、しかも直接取引にこだわっている。一般的に日本企業が海外市場へ取引を拡大する際は、まず現地の日系事業者との取引を第一歩とするケースが多く見られるが、後藤さんは「僕らにとってそれは国内に売るのと同じになってしまう」のだという。

飲食店には、魚だけでなく売り方の工夫も提案する

「日系事業者さんとの取引や、現地スーパーなど小売業への卸は、確かに大口や定番の商売が見込みやすいと思います。ただ、僕らのビジネスの価値は、沖縄近海の天然ものの魚を新鮮なまま届けることですから、どうしても少量多品種になる。しかも漁の出来具合(大漁不漁)にも左右されるため、大口や定番での取引は難しいんです」

ではどうするか?という時に思いついたのが、日本の居酒屋でよくある黒板メニューだった。グランドメニュー(定番メニュー)には載らない、日替わりや週替わりで提示される「本日のおすすめ」的なメニューに、同社の魚を使ってもらってはどうか、というアプローチだ。

「現地での新規開拓の際にはいつも『これは日本の食文化なんですよ』と説明しています。日々、卸値が変動する僕らの魚を、定番メニューに入れようとすると、どうしても仕入れ値の幅の一番高いところに合わせて価格設定しなければならない。でも黒板メニューなら毎日書き換えできますから、お店ではその日の仕入れ値に応じた値付けが可能になる。さらに、一定の在庫を確保する必要が生じる定番メニューと違って、黒板メニューなら『売り切れました』で済みます。しかも、限定感のある黒板メニューはお客様への訴求力も強い。『あなたのお店にも日本の“黒板メニュー”を取り入れて、売上アップしましょうよ』と提案しやすいんです」

その言葉通り、何のコネクションもないローカルの飲食店に氷詰めの鮮魚をひっさげて飛び込み、地道な説明と提案を繰り返しながら着々と取引先数を増やしてきた後藤さん。“沖縄の魚”という、これまで正当に評価されづらかった地域資源に新たな価値をつけ、体当たりでそれを発信し続けている。その尽きせぬバイタリティは一体どこから湧き出してくるのか。

「まずは魚のビジネスをもっと大きくして、漁村部の収入向上に寄与したい。現状は沖縄からの航空貨物便数も限られていて、需要に応えるだけの魚が出せていないので、ここを何とかできるしくみづくりを模索中です。まだまだ発展途上なんですが、嬉しいのは『俺たちの魚がアジアで喜ばれてる』という実感が、漁師さんたちの間で徐々に芽生え始めていること。たとえば『現地の日本大使館でのパーティに食材として採用された』と伝えると、普段無口で感情を表に出さない漁師さんも喜んでくれているのがわかって。こちらも嬉しくなりますね」

時間はかかっても、こうしたことを繰り返しながら地域の仕事を蘇らせ、あるいは新しく創り出し、地域経済の原動力となる産業に活力を取り戻していく。後藤さんが心血を注ぎ続けるこうした取り組みこそが、「地方創生のリアル」なのではないだろうか。

●株式会社萌す(きざす)

  • 代表取締役社長 : 後藤大輔
  • 所 在 地 : 沖縄県糸満市西崎2-6-3コーポなかそね1F
  • 電 話 : 098-856-7483
  • 設 立 : 2015年

取材・文:谷口紗織