記事のポイント

  • 日本に3種類しかないユネスコ重要無形文化遺産登録の手漉き和紙「細川紙」を生かす
  • 地元の伝統工芸と精神障がい者のマンパワー、二つの埋もれた資源をかけ合わせ新たな価値を生み出す
  • クラウドファンディングを活用し、活版印刷機の購入を目指す

2014年、3つの地域で受け継がれてきた和紙の技術がユネスコ重要無形文化遺産に登録された。すでに登録されていた島根県浜田市の「石州半紙」と岐阜県美濃市の「美濃和紙」、そして、埼玉県小川町の「細川紙」だ。

「地元から程近い埼玉県に、世界に認められるほどの和紙の伝統技術があった。」
このことに驚き、27年の長きにわたって携わってきた精神障がい者福祉と掛け合わせることを発想したのが、NPO法人Leaves of Grass代表理事の櫻井正則さんだ。

櫻井さんは、「地方創生は、地域に眠る未活用の資源を掘り起こし、社会や経済に価値として顕在化させること。精神障がい者の働く力も、細川紙も、どちらもまだまだ活用の余地が残された大切な資源だと思うんです」と、着想の源泉となった価値観を語る。

「小川町の街中を歩いていても、和紙の街というようなにぎわいはありません。もっと外に発展していけばいいのにな、もったいないな、と。」自ら生かし手になろう、と立ち上がった。

精神障がい者の特性を生かした製造小売業を創造する

構想中のビジネスは、精神障がい者の人々が作り手となり、細川紙と活版印刷で名刺や自分史を製造・販売する製造小売業。ユネスコの遺産認定は、原料に国産の楮(コウゾ)を100%使っていることや、つなぎは糊でなくトロロアオイであること、1400年続く伝統的な製法を守っていることなど、近現代において重視されてきた「効率」や「生産性」とは別の価値軸で行われている。「伝統工芸の緩やかな中にも深みがある世界観、ひとつひとつ丁寧につくっていくという時間感覚が、精神障がい者の人々にマッチするのでは、とずっと思ってきた」と櫻井さん。

「そもそも、福祉の名のもとに、精神障がい者を十把ひとからげにして、『彼らを守るため』と社会との間に見えない壁をつくるのではなく、もっと社会に出て行きたい人は行けた方がいい。」精神保健福祉の分野で現場を張ってきた中で培われた見立てと信念を持つ。

細川紙を使って制作した名刺

2020年の創業に向けて、プロトタイピングを開始

まだ知名度のない文化遺産をいかにして資源に変換し、市場に溶け込ませるのか。「価格よりも価値を優先できる人に知ってもらうために、プロトタイプができあがったらForbesの長者番付に名を連ねる富裕層に届けようと考えています」と話すように、櫻井さんは富裕層向けの商品開発を企図している。

「和紙に書かれた古事記や日本書紀が現存していることからもわかるように、細川紙は1000年朽ちない紙です。時を超え、世代を超えて歴史に残る仕事をしているんだ、という誇りを持ってできる仕事をつくりたい」と未来を見据える櫻井さん。

まずはプロトタイプをつくるため、精神障がい者がひとりで作業できる活版印刷機の購入資金をクラウドファンディングで募集中。2020年に、この製造小売業と、後述する”クラウドIT作業所”に特化した新法人「LOG工房」の設立を目指している。

募集中のクラウドファンディング

世間の理解を深め、精神障がいの予防にもつなげたい

具体的なマーケティング戦略はこれからだが、櫻井さんは、生産者となる精神障がい者の人々の潜在能力には胸をはる。

「現在勤務している社会復帰施設とは別に、7年前から自分の組織(NPO法人Leaves of Grass)を立ち上げ、精神障がい者向けにパソコンのスキル指導を続けてきました。才能ややる気がある人は、自発的に経理処理のプロセスを簡略化するエクセルシートをつくるなど、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれます。」それでも、統合失調症を患っていると、道ゆく人が自分のことを話しているように感じて被害妄想が助長されてしまったりするため、外出を伴う就業は難しい人もいる。

こうした埋もれたマンパワーをきちんと価値づけようと、櫻井さんは精神障がい者雇用を前提とした在宅ワークシステムの構築を進めている。エクセル操作による経理処理や、イラストレーターやフォトショップ、DTPソフトを使ったレイアウト作業、テープ起こし作業などの受託を想定。就労継続支援B型作業所(雇用契約を結ばないで利用する施設)の時給が約150円程度という現状から、まずは最低賃金の半額ほど、いずれは最低賃金で、精神障がいがあっても働ける世界をつくる構想だ。先述した「1000年朽ちない名刺」や「自分史」の製造小売業も、この文脈上にある。

「統合失調症やうつ病は、過度なプレッシャーに精神が耐えられなくなったときに発症するもので、誰もがかかる可能性があります。それなのに、そういったリスクが十分に認知されているとは言えません。そのため、病院にかかるのが遅れ、悪化して引きこもるようになり、病院にかかる頃には重症化しているケースが多い。発症は30代が主でしたが、近年、低年齢化しています。ストレスが辛い時に、気軽に心療内科にかかるような空気をつくらなければならないと思います。」

精神障がい者と市場や社会との接点を増やすことで、精神障がいを他人ごとから自分ごとへ。無知や偏見を溶かし、障がいがあっても、それはその人の一部に過ぎないという見方が広がれば、社会全体から不安が減り安心が増えるだろう。

また、伝統工芸の担い手不足に一石を投じ、1400年の歴史が世界に認められた地域固有の文化遺産を、次世代に継承する一助にもなるだろう。

伝統工芸と精神障がい者福祉をマッチングさせて事業を生み出すことで、櫻井さんは、新しく重層的な価値を創造しようとしている。

●NPO法人 Leaves of Grass

  • 理 事 長 : 櫻井正則
  • 所 在 地 : 東京都千代田区二番町2番 平田ビル1F
  • 電話・FAX : 03-3307-8528 (留守中の問い合わせはe-mailかFAXにて)
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  • E-mail : office@lognet.jp
  • 法人認証 : 2011年10月
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取材・文:浅倉彩