ニュースになる地元密着の場づくりを徹底

玉城さんはとにかく地元の人に来てもらえるようにと、月1回のイベント開催を自らに課した。

「マグロ解体ショー、せり体験、海沿いのクリーンアップ作戦(ゴミ拾い)などを企画して、最初は知人を中心に、その後徐々にマスコミにも知らせていきました。」

しかし取り上げられる時もあれば、取り上げられない時もあった。
玉城さんは浅さんの助言を受け、「もっとメディアが紹介しやすいような、絵になるイベントを」と発想を切り替える。

「糸満の伝統行事『大綱挽き』にちなんだ十五夜の『綱編み』を催したり、沖縄の魚を描いた鯉のぼりならぬ『魚(いゆ)のぼり』を地元の子どもたちに色ぬりしてもらい、これを毎年泳がせる、といった取り組みで、記事になる機会は少しずつ増えていきました。でも最初の一年は本当に集客が苦しかったですね。ディナーはがらがら、ランチも空席がある状態でした。」

しかし浅さんは、「露出が増えれば来店客数も増えてくるという確信はありました」と当時を振り返る。
「店名もメニュー構成も、一般的な居酒屋や食堂とは一線を画し、コンセプチュアルにしていました。これはメディア側が『いつでも記事にしやすいように』という考えもあってのことでした。」

浅さんの励ましを受けながら、玉城さんを筆頭とする店舗の現場では根気強く、毎月のイベントやメディア露出の働きかけを地道に積み重ねた。すると2年目に入ったところで観光情報誌の取材を受け、この記事の掲載をきっかけに徐々に集客が上向き始める。

「当初の計画よりは時間がかかりましたが、ほぼ狙い通りと言っていいと思います」と浅さんが語る通り、開業5周年を迎えた現在ではランチは行列必至、ディナータイムも地元客・観光客が入り混じっての賑わいぶりを見せている。

また、密かなヒット商品となっている「しびれ醤油」についても触れておきたい。
仕掛け人は、これも浅さんだ。

「沖縄の魚を刺身で食べるとき、内地の魚と同じわさび醤油ではなく、沖縄なりの食べ方があっていいと思いました。田村シェフのお店ではサラダに花椒(ホワジャオ。中国の山椒)入りのドレッシングを使っていて、あの味が合うのでは、と。」

田村シェフ監修の下で開発したしびれ醤油は、たまり醤油の深いコクとほのかな甘みに、じんわりピリリとした花椒の香りと辛みが絡まり合い、沖縄の魚の持ち味を巧みに際立たせる。複数本をまとめ買いするリピーターも多く、糸満の海人文化に新境地を切り開いた画期的な味わいといえそうだ。

糸満を飛び出し、海を見渡す観光新名所へ

漁民食堂が開業4周年を迎えた2017年、新たな局面が訪れる。
那覇空港にほど近く、車や徒歩で渡れる瀬長島に2016年オープンした「瀬長島ウミカジテラス」への出店話が持ち上がったのだ。

美しい海をパノラミックに見渡せる立地が自慢の商業施設で、玉城さんは施設のオープン当初から「ここでフィッシュバーガーを出せたら」というイメージを描いていたという。そこにテナント募集の話が舞い込んだのだ。

「僕としては『瀬長島のまちづくり』の一翼を担いたい、という発想もありました」と語るのは浅さん。地元では「恋の島」、「初デートの場所」といった文脈で語られることが多かった瀬長島が、商業施設のオープンにより「観光客でごった返す島」に急速に傾きつつあった。

浅さんは、以前から愛着を感じていた瀬長島が観光色に染まりきる前に、「地元にとっての“いい島”になるための、まちづくりのきっかけになる店を」という想いを抱きながら出店計画に着手。
しかし、実際には話が持ち上がってからわずか2ヶ月強で開業まで漕ぎつけるという、超のつく短期決戦を余儀なくされた。

メニューの軸と位置付けたのは、漁民食堂では扱いづらいメーター級の魚、メカジキ・シイラ・ソデイカなどでつくるパティを挟んだフィッシュバーガーと、沖縄風天ぷらをアレンジしたフィッシュ&チップス。

フィッシュバーガーのメニュー監修は、やはり浅さんの人脈から東京・赤坂のフレンチグリル「赤坂一ツ木町倶楽部」のシェフ、山﨑龍司さんに依頼し、フィッシュ&チップスは漁民食堂と同じ田村シェフの監修を仰いだ。

エイトマンズシーバーグ看板メニューの一つ、オリジナルフィッシュバーガー

店舗空間はナノ・アソシエイツが担当し、店舗運営もシンプルなオペレーションで実現できるように設計。店名の「エイトマンズ・シーバーグ」には糸満のエッセンスを忍ばせ(※注)、海人文化をさりげなく主張することも忘れなかった。

しかし、開業のタイミングが2017年8月のお盆明けとなり、またしてもオープン直後からいきなりの苦戦。

「後からわかったことですが、施設全体で8月から2月にかけて客足が右肩下がりに下降していきました。しかも特に8月後半は減少率が最も急激だったんです」と玉城さん。開店早々、許容範囲ぎりぎりのラインで日々の営業をしのぐしかなかったという。

※注:諸説ある「糸満」の地名の由来のひとつに、琉球王国時代に漂着した「8人のイギリス人」の逸話がある。この8人の男たちはこの地で生活をしながら漁業や農業を広めたとも言い伝えられ、英語の「eight man(エイトマン)」が変形して「いとまん」となったとされる

地道な努力で人を呼び込み誇りを醸成

実はエイトマンズの出店にあたり、玉城さんと浅さんは新会社を設立している。漁民食堂では玉城さんが運営主体で、浅さんは外部コンサルタントとしての参加だったが、今回はともに運営主体として取り組む形だ。

「今度は同じ立場に立ってふたりで話し合いながら、お互いにつくりたい店をつくっていこう、と。とは言え、エイトマンズは物件ありきの案件でもあり、どうしても時間に余裕がなかった。なんとか間に合わせましたが最初の半年は非常に苦しみましたね」と浅さん。

しかし、逆に2月から8月は右肩上がりで上っていく時期。初めて迎えるピーク期に向け、2018年2月からは玉城さんが日中の時間帯にエイトマンズに入るようになった。すると、店全体が変わり始めたという。

「8月から1月までは施設全体の推移とほぼ同じカーブを描いていた業績が、2月に入って一気に150%です。ひとえに彼(玉城さん)の、現場の空気を変える力ですね」と浅さん。

玉城さんは「漁民食堂の最初の一年とは違って、こちらは少ないながらも常にお店の前を通る人がいる。恵まれているなぁ、と思っていました。ただ、これまでは店の運営について自分が知っているロジックを、LINEなどを介して遠隔で伝え、指示を出していたのですが、やはり目の前で実践すること、『空気をつくる』ことは大事だなぁ、と改めて痛感しています」と語る。

メディア戦略も、ピーク期に向けて「多角的にタネをまきました」と浅さん。さらに、2018年2月からスタートした施設全体のイベント「海風朝市」も、浅さんの仕掛けだ。これは「OKINAWA FOOD FLEA(フードフレア)」の主催者で、またもや同い年つながりの石井雄一郎さんを監修役に巻き込み、毎月第4日曜日開催で実現したもの。観光客だけの島にしないため、地元の人に出店してもらい、出店者に地元の人を連れてきてもらう作戦だ。初回となった12月の来客数は約1500名、3月は約2300名と滑り出しは順調。

「朝市が施設全体にもたらす効果は絶大です。今後、全テナントを挙げて朝営業に力を入れ、『朝から楽しめる島』になっていければと思います。今でもジョギングや犬の散歩で地元の方や市外の方が朝から来島していますし、温泉もあるので地元のおじいがジャージ姿でふらりと通りかかることもありますしね。朝の仕掛けは夏くらいまでにピークに持っていきます。」

漁民食堂でもエイトマンズでも、それぞれに“1年目の苦しさ”があった。それでも玉城さんは「苦しい中でも料理の味に対するクレームはほぼ皆無で、これには勇気づけられました」という。

「インスタグラムなどで『本当においしい!!』と感動を表現してくれるお客さんがいたりすると、『食べてもらえればわかる』という自信になります。それと、『魚好きの人がこんなにいるのか』ということにも支えられました。市外や県外からわざわざ食べに来てくれる人がいるのも、ありがたいですね。漁民食堂のオープン直後に『入りづらい』とか『店の中に柵が要るのか?』と意見してくれた地元の年配の人や役所の人が、今ではお客さんを連れてきて、店の石積みの話や壁に飾ってあるハーリーのエーク(櫂)の話を語ってくれていたりすると、すごく嬉しいです。僕らの店が、糸満人(いとまんちゅ)が糸満に誇りを持てる場所に、少しでも近づきつつあるならいいな、と思います。」

●株式会社プレゴファーム 会社概要

  • 代表取締役 : 玉城弘康
  • 旬彩酒房 和や」 : 〒901-0146 沖縄県那覇市具志875番地/電 話 : 098-852-0088
    ※2018年秋リニューアルオープン予定
  • 「糸満漁民食堂」 : 〒901-0306 沖縄県糸満市 西崎町4-17-7/電 話 : 098-992-7277
  • メール : pregofirm@gmail.com