移住を検討し始めた時にまず考えるのが「住むところ」ですが、都市部と比べると売り物件も少なく、賃貸物件となるとさらに少ない場合が多いため、物件探しは大変という声もよく耳にします。しまなみエリアもまた、不動産情報の少ないエリア。そこで今回は、しまなみ海道の中央部、大三島に2020年に移住し、それまで培ってきたスキルを活かした撮影・編集業と、新規で不動産事業を立ち上げた「株式会社ノーザンモストラボ」の野本裕人さん・結花さんご夫妻に、移住に至った経緯や起業について、そしてしまなみの不動産事情までお聞きします。

しまなみに移住できたらという長年の思いが、物件の即決購入につながった

長年、大手新聞社の写真記者として活躍してきた野本裕人さんが、新聞社を退職し、しまなみ海道の中央に位置する大三島に移住したのは2020年の春。2016年から3年間、地元である広島で勤務し、大阪勤務になってちょうど1年経ったタイミングでした。「広島時代には、仕事でしまなみ海道によく来ていたんです。来るたびに、あぁいいところだな、移住できたらいいなと思っていたんですよ」。

「しまなみ海道のちょうど中間にあるんで、何かのビジネスを始めるのにはちょうどいいと思って、住むなら大三島か生口島がいいと考えていた」という裕人さん。ことあるごとに不動産サイトを覗いていたある日、現在お住まいの物件が売りに出ているのを見つけ、不動産業者にすぐに連絡。「その日は大阪にいたんですが、実際に見てみないとどんなものかわからないので、早速内見することに。翌日、家族と一緒に現地を訪れて、気に入ったのでその場で即決しました」。この行動力と決断力!

奥様の結花さんは「広島に住んでいた頃はよく遊びに来ていたものの、正直に言うと、私にとっては“瀬戸内の島のひとつ”。そんなに印象に残ってなかったんです。だけど夫が住みたいと言うので、じゃあ住みましょう、と(笑)。子どもが小学校に上がる前だったので、小学校の場所は調べましたが、そんなに深くは調べることもなく…。住めば、なんとかなると思っていました」とにこり。「大三島は移住者が多いので、地域の人たちにも、移住者だからという感覚があまりない。移住しやすいエリアだと感じていたのも即断即決の理由」というお二人。1階を事務所、2階を自宅として使えるようにリノベーションし、それまで培われてきた経験を活かして、写真撮影・映像制作会社「株式会社ノーザンモストラボ」を設立されました。

「会社勤めをしながら、いつかはしまなみへ移住したいと考えていた」と話す裕人さん。

新しく始めた不動産業が、今では地域と移住者をつなぐ存在に。

長く技術と経験を培ってきたものの、自営業となると未経験。映像編集などの仕事だけでは不安に感じたことから、編集業を奥様の結花さんに託し、裕人さんが新たに始めたのが不動産事業「しまなみのふどうさん」でした。「もともと不動産情報や物件を見るのが好きだったんですよ。それで会社員時代に、いつか使えるかもと思って宅地建物取引士の資格を取得していたんです」。

「物件も少ないので、特にこのエリアに特化するつもりはなくて、中四国・関西エリアの不動産を広く売買したいと思っていたんですが、その頃考えていたこととは全然違う形になっていますね(笑)」。看板を上げてみたところ、地元の方や移住希望者からの相談が舞い込むように。それまでしまなみ海道に不動産を扱っている事業者が少なかったこともあり「これまでどこに相談したらいいかわからなかったんだと思います。気軽に頼るところがなかったのが、必要とされた理由かなぁ」。親身に相談にのるうちに、次第に取り扱う物件も増え、気がついたらしまなみに特化した不動産屋になっていたと笑います。「以前は、このあたりで家を買おうと思ったら賃貸物件に住みながら家探しをすることが多かったみたいです。しまなみのふどうさんでは、お話をいただいた物件の情報は詳しく自社のウェブサイトにアップしているので、それを見てから島に来ていただくことができます。ただ、それでもサイトに掲載している物件はやっぱり少ないので、どうしてもここに住みたいと訪ねてくる方には、島に来てから気に入る物件を探すように勧めることもあります」。

物件の撮影やホームページの物件案内などにこれまで培ってきたスキルも活かしつつ、開業して3年。「しまなみのふどうさん」は、地域と移住者をつなぐ存在としても認知され始めています。

編集業をしながら、不動産契約に関するアシスタントとしても裕人さんをサポートする結花さん。

島々にある物件を掲載する「しまなみのふどうさん」のウェブサイトトップページ。

都市部にアクセスしやすく、ワークライフバランスが叶う環境も、しまなみエリアが人気の理由

しまなみ海道の中央に位置する、大三島に移住者が増えている理由を、単に島暮らしに魅力を感じたからだけでなく、移住しやすさもあるのではと話す裕人さん。「移住してきた人が口々に言うんですが、しまなみ海道沿いの島は、どこに行くのにも便利なんです。このあたりは中四国全体で見るとちょうど真ん中ですし、広島側まで橋がかかっているので、新幹線の駅や広島空港もすぐそこ。リモートワークが多くなったことをきっかけに移住する人が増えているんですが、完全リモートワークではない以上、本社に行くこともあると思うんです。東京や大阪に行くのにも不便がないというのは、移住のハードルをずいぶん下げると思います」。

「しまなみのふどうさん」を訪ねてくる移住希望者の中には、リモートワークを中心として今までの会社に勤務し続ける人もいれば、野本さんご夫妻と同じように新たに事業を立ち上げたいという人や、移住後に仕事を見つけたいという人もいらっしゃるそう。「どこも人手が足りないから、誰かいい人がいないかと島の人たちからけっこう言われます。どうしてもこれがやりたい、ということでなければ、移住先にも仕事はあると思いますよ」。「この島でなんかやろう、という人が僕らを訪ねてくれることって多いんです。せっかくなので地域の情報もしっかり届けられればと思います」。

最後に、お二人が考える島暮らしのデメリットは?とお聞きしたところ、顔を見合わせ「都会の人が想像しているほど不便で仕方がないということはないですね。このあたりにないものでも今治市街に出れば揃いますし、インターネット通販も次の日に届きますから(笑)」と頷き合うお二人。「都会にいる時には二人とも飲み歩くのが好きだったので、飲み屋がないのがちょっと寂しいですが、その分、家族ぐるみで仲良くしているご家族と家飲みすることも増えましたね。先日もワールドカップを一緒に見ながら飲んでいました。僕らの場合は子どもが生まれてから働き方も変わったので、子どもが帰ってきて宿題を終える頃には仕事も終わっている今に満足しているんですよ」。島へ移住したことで、自分たちらしい働き方と暮らし方に行き着いたお二人の終始リラックスした様子に憧れる移住希望者も多そうです。

仕事中心だった記者時代と比べて、家族の時間がずいぶん増えたと笑うお二人。

たまに「錆びているの?」と聞かれることもあるという、シャビーシックな看板が目印。