自立する地域をつくろうと奮闘する岡さんの活動と、同じ部署で彼を支えた井上憲明さんにお話を伺った。
岡祐輔さん
歯科大中退後、2003年二丈町役場に入庁し、生活環境課配属。2010年合併により糸島市役所で総合窓口課、経営企画課を経て、九州大学学術研究・産学官連携本部へ出向し、2016年から現職。民間の経営手法を公共経営に活かすために経営学を学びたいと考え、仕事の傍ら、通信制大学で4年間学んだ後、九州大学ビジネススクールに飛び込み、2年の修士課程を経て2016年MBA取得。内閣府地方創生☆政策アイデアコンテスト2016で、地方創生担当大臣賞、帝国データバンク賞を受賞し、そのアイデアを事業化、実践しながら「糸島市民が日本で一番幸せになってほしい」と経営手法を仕事に活かしている。また、仕事プラスワンの地域貢献で糸島の伝統芸能「福井神楽」を継承している。
記事のポイント
- 経営手法を活かし、他の職員にないスキルで地域に貢献
- MBAで培ったデータ分析政策アイデアで日本一に!
- 仕事を通じて、人生を救ってくれた糸島への恩返しを
役所の仕事は、
ダイレクトに市民の生活を何でも幸せにできる職業
ー市役所職員でMBAを取得という変わった経歴をお持ちですが、糸島市役所(当時の二丈町役場)へ入庁したきっかけはなんだったのでしょうか。
岡さん 実は、入庁した当初から強い気持ちがあったわけではありませんでした。
学生時代はやりたい仕事が見つけられず、勉強も嫌になり、歯科大を中退してしまい、人と会うのも嫌な日々。これからどうしようかと悩んでいたときに、相談した同級生が大学を辞め町役場に入ったのです。「こういう生き方もあるのか」。彼に影響され、自分も挑戦してみようと二丈町役場に入庁しました。
最初はクレームの多い部署に所属し、解決する力もなく、やりたい事業を実現する力もなく、結果が出せず苦しい時代もありました。市民の方から「窓口事務が全然わかってない若手職員」と投稿されたこともあります(笑)。ですが、地域の人と交流していくうちに、役所の仕事は医療・教育・仕事・環境など、生活に関するどんなこともダイレクトに市民の皆さんを幸せにできる職業だと感じ始めました。そこから、「この地域に何か残していきたい」という気持ちが強まっていったのです。
岡祐輔さん
ーそれがビジネススクールに通おうと思われたきっかけだったのでしょうか。
岡さん はい。僕が市役所に入った15年ほど前、本格的にMBAが学べる九州初のビジネススクールが九州大学に設立されました。
これからは自治体の中に民間企業の経営手法が持ち込まれるようになるだろうと考えていたので、ここで経営に必要な知識とスキルを学び、MBAを取得したいと考えました。他の自治体職員が持っていないマーケティング手法などを学ぶことで、より地域に貢献できるのではと思っていました。
まずは4年間働きながら通信制大学で経営学を学び、大卒の資格を取得後、2014年春に「九州ビジネススクール」九州大学大学院経済学府産業マネジメント専攻に入学しました。
ビジネススクールにて
ーやはり学業と業務の両立は大変でしたか?
岡さん とにかく勉強の時間を捻出することに必死でした。寝る時間を削るのは当たり前で、移動時間、仕事の昼休み、空いた時間はほとんど勉強に費やしました。
ハードな生活ではありましたが、仲間がいたから乗り越えられたのだと思います。自分よりもずっと忙しいエリートビジネスマンたちが課題をこなす姿を見ると、自分も頑張らなくてはと思いますよね。
ー入学時にはすでに10年以上公務員として働かれていましたが、別の業種の人たちとの交流で驚いたことやギャップを感じたことはありましたか。
岡さん 逆に驚かれることが多かったですね。市役所でも経営学を学ぼうとする人がいるんだ、と。それから、民間の人たちと共に学ぶ中で、ギャップよりも「民間も公共も同じ“経営”なんだ」と考えるようになりました。普通に市役所で働いていると、民間の人たちと組織や経営の部分について深く話す機会はなかなかありません。関わりの少ない業界だからこそ、どこかかけ離れた世界のように感じていました。
ですが蓋を開けてみれば、財務・戦略・組織の人事……企業の経営で考えることと同じことを、行政でも考えているなと思ったんです。だからこそ、MBAで学んだことは必ず行政に活かせるだろうと確信していました。
その気持ちをスタートに2年間みっちりと経営リテラシーや戦略マネジメントを学び、2016年春に卒業することができました。
ービジネススクールでは、どんなことを得られたのでしょうか。
岡さん 民間企業の経営者である友人たちの考え方には大きく感化されました。データ分析の手法や戦略的な思考も、このときに叩き込まれましたね。また、第一線で活躍する方々との人脈ができたことも、地域密着型の仕事をする僕には大きな財産になりました。
スクールでは、戦略・マーケティング・財務などの理論的なアプローチだけでなく、海外を含むさまざまな企業が成功・失敗した事例に多く触れることができ、体系的に経営学を学ぶことができました。
それから、民間の人たちの旺盛なチャレンジ精神にも背中を押されましたね。大学院ではプレゼン発表やコンテストが日常的に行われており、それに影響されて私も何かに挑戦してみようかと思えるようになりました。今までだったら政策アイデアコンテストに応募する勇気なんて、ありませんでしたね。
経営手法を活かした政策で、日本一に!
授賞式の様子
ーそれで、スクールを卒業された2016年に早速「地方創生☆政策アイデアコンテスト」へ応募されたのですね。すごい行動力です。そしてそれが応募総数486組のトップになった、と。まるでシンデレラストーリーですね。
岡さん はい。地域経済分析システムRESAS(リーサス)を活用した企画を競う「地方創生☆政策アイデアコンテスト 2016」に応募し、マーケティングモデルを導入した糸島産ふともずくの政策で地方創生担当大臣賞を受賞しました。これは地域と連携し商品開発、プロモーション、販路開拓までを行うもので、得意のデータ分析を基に政策を練りました。
ー岡さんが受賞された際、市役所内ではどんな反応だったのでしょう。
井上さん コンテストの様子はオンラインで生中継されていたので、皆で見守っていました。最後に受賞が発表されたときは課長も喜んでいましたね。糸島から日本一の公務員が誕生した、と。
今まで公務員というと裏方のイメージが強かったのですが、彼の登場で新しい要素を持った人が糸島市役所に誕生したなと感じました。いわゆる“スーパー公務員”ですね。データ利用やマーケティングの思考など、今までにない視点を市役所へ持ち込んでくれたおかげで、部署では一目置かれる存在になっていました。
井上さんと岡さん
ー糸島産ふともずくという新しい政策を市役所で進めるとき、何かハードルはありましたか。
岡さん そうですね。僕の場合はシティセールス課に異動して半年ほどでこの新プロジェクトを立ち上げたので、3年半前からこの部署に所属する井上さんに助けていただきました。うまく上司に話をしてくださったり、市のfacebookページでPRし仲間を増やしてくださったり。
井上さん プロジェクトを開始するときは「異動してきたばかりの彼にはまだ早いんじゃないか」という意見もありました。行政では前例のないことを進めるのが難しい環境なので、私もプランのアドバイスや企画を通すためのできる限りの協力をしました。ですが、私はあくまでもサポート。本人の強い熱意があったからこそ実現したプロジェクトだと思います。
ー周りの方の協力があってこそ、実行できたプロジェクトだったのですね。
岡さん そうですね。それから、政策を実現させる方法として、自分でお金を引っ張ってくるという戦略もあります。お金を手配する手段は、 主に公的機関からの補助金、民間企業からの資金調達、大学との協働(研究機関用の補助金の活用)などでしょうか。
その中でも、民間と手を組み、ビジネスモデルと政策を一緒につくれるのが理想ですね。初年度の立ち上げ分は補助金で回したとしても、2年目からは収益で回していけるよう、稼げるモデルを考える。
ー一般企業と一緒ですね。
岡さん 補助金に依存する政策だと、それが途切れるとプロジェクトも終わってしまいます。そうならないためにも、持続可能なプランを作ることが必要です。
こうしてお金を手配できれば、提案した政策もぐんと通りやすくなります。これからは「予算をください」というだけでなく、政策を練り、さらに資金も調達できる行政職員が求められているのかもしれません。
市が行う政策の資金はだいたい税金ですから、経営的視点がある自治体の方が市民の皆さんも嬉しいですよね。
糸島の人たちの喜ぶ顔が、活動の原動力です
地方創生担当大臣賞受賞のスピーチ
ーここまで地域のために取り組める岡さんのモチベーションは、どこから来ているのでしょうか。
岡さん 人生に迷っていたとき二丈町役場に辿り着き、糸島の人々が私の生きる道を作ってくれました。大げさでなく、「糸島に人生を救われたな」という想いがあります。だからこそ、この場所に恩返ししていきたいのです。
僕は隣の唐津市出身ではありますが、いつしか糸島の人と結婚し、2人の子どもたちは糸島生まれ糸島育ち。彼らにとってはここが本当のふるさとです。僕自身も福井神楽という伝統芸能を受け継いでいく身となったこともあり、この土地を守りたいという気持ちは一層強くなりました。
ー今の仕事のどういったところにやりがいを感じているのでしょうか。
岡さん 行政サービスは別の地域にも同じ部署があり、同じ業務を担う担当の方が必ずいらっしゃいます。ですが、サービスの質は担当者によって大きく変わると感じています。
自ら政策立案し実行できる市役所職員の仕事は、自分が力を高めれば、地域の人たちの暮らしをちょっとでもよくすることができるのです。自分のスキルがそのまま、10万人の糸島住民に影響する。とてもやりがいのある仕事だと感じています。糸島の人たちには、他の地域の職員達に負けないくらいいいものを提供していきたいですね。
※糸島市役所のプロジェクト詳細については、「『ふともずく』の売り上げ6倍増を達成!MBA公務員が主導した市役所発の官民連携マーケティング」でお楽しみください!
取材・文:畠山千春