伯方島にある昭和30年代に建てられた旧保育園を活用した集会所「鎮守の杜」。週3日開かれている「子ども第三の居場所 ちんじゅのもり」では、子どもたちが楽しめるさまざまな活動を行っていて、毎回島で暮らす多くの親子で賑わっています。結婚を機に島へと移住してきた田窪吏絵さんと岩見久弥代さん、県外で生活したのちに結婚を機に島へのUターンを選んだエステリス奈々さんに、それぞれの感じる島での子育てについてお聞きしました。

伯方島での暮らしをスタートさせたきっかけはそれぞれ。生活するうちに少しずつ「故郷」に。

田窪さん、岩見さん、エステリスさんは、それぞれ6歳のお子さんを持つママ友です。奈良県生まれの田窪さんは、島で働く夫とお見合いで出会い、結婚と同時に島での暮らしがスタートしました。「生まれ育ったところも都会ではなかったので、特に違和感はなかったんです。それよりも家族と離れて過ごしたことがなかったのでそっちの方が不安でした」と話します。結婚前に島を訪れた時の印象は「とにかく海がキレイ」だったそう。「こんな場所でのびのびと生活し子育てできたら素敵だな」と思ったのも結婚を決めた理由の一つとか。同じく結婚を機に島暮らしをスタートさせた岩見さんは香川県出身。夫の故郷であるこの島に嫁いできました。「島ということで買い物する場所がやっぱり少ないなとは思いました。それから今治市街まで行かないと大きな病院がないのは不安でしたね」。島での生活がスタートした頃は、まだ小さな薬局しかなかったので、薬を買うのに大島まで行かなければいけないことに驚いたそうです。

伯方島で生まれ育ち、アメリカの大学へ進学するために島外に出たエステリスさんは、結婚後、ひとりで暮らす父と暮らすためにUターンを決めました。「高校生の頃、自治体が費用を半額負担してくださる支援制度があって、その制度を活用してイギリスに短期留学したことがアメリカの大学に進学するきっかけになりました」。その制度は、将来的に伯方島を国際的に盛り上げてくれる人材を育てようという目的でつくられたもの。それもあって、いつかは帰ってきて恩返しをしたいなと思いつつも、帰国後は大阪で働いていました。戻ろうと決意したのは結婚がきっかけ。「夫はキューバ出身なんですが、キューバという国はとても家族愛が強い国なんです。『お父さんをひとりにしておけない』と夫が言ってくれたことで、あの時送り出してくれた父や島のみなさんに恩返しする時がきたんだなと思い、島に戻ってきました」とにっこり。現在は、それまで培ってきた英会話講師の経験を活かして、ご自宅で英会話教室を開いています。

19歳の頃に、縁あって島へと嫁いできて以来、島暮らしもすでに16年の田窪さん。

大阪にあるテーマパークで働いた後、英会話教室で長年講師をしていたというエステリスさん。

育児は初めてのことばかり。不安を抱えているのはみんな同じだとわかる機会を。

偶然にも同じ病院に入院し数日違いで出産したという田窪さんとエステリスさん。田窪さんの夫とエステリスさんが同級生ということで、もともとお互いによく知っていたそうですが、子どもを通じてグッと距離が縮まりました。「初めてのことばかりで、どうしても不安になりがちな時期だったので本当によかった。月齢が同じ子どもを持っていることで、お互いに相談もしやすかったですね」と顔を見合わせて微笑みます。慣れない育児では、ご近所さんとの距離の近さも力強い支えになったそう。「子どもを抱いて歩いていると声をかけてくれる。それだけでホッとしました」と田窪さん。「安心して育児ができるのは伯方島の良さですよね」とエステリスさんも話します。

田窪さんと岩見さんが出会ったのは島の中心部にある保健センターでの乳児健診。田窪さんは「私も含めて一人目の子どものお母さんは乳児を連れての外出で手いっぱいな状態でした。そこに元気いっぱい挨拶して入ってきたのが岩見さんだったんです」と初めて出会った時の印象を話してくれます。「私は2人目の出産・育児だったので、健診に慣れていたのかな(笑)。乳児の時はまだ子ども連れで外出する機会も少ないので、他のお母さんと知り合いになる少ないチャンスですから」と岩見さん。1人目のお子さんの育児を通して、お母さん同士の交流が少しずつ増えていったという岩見さんですが、生まれた直後はまだ島暮らしにも慣れておらず、知り合いも少ない状態。「生後3ヶ月の頃に何もかもが不安になってしまって、“産後うつ”のような状態になってしまった」そう。「まだ慣れない生活に対しての不安に加えて、初めての子育てでどうしていいかわからなくて…いろんなことが不安でしたね」。ですが保健センターでの健診をきっかけに友だちができたことで不安を解消しやすくなり、少しずつ前向きになれたとか。「だから、2人目の時には積極的に話しかけるようにしていたんです」。その言葉に、田窪さん、エステリスさんも頷きます。

「上の子の時は島内のお母さんが多くて、下の子のママ友は島外の方が多いんです」と話す岩見さん。

田窪さんの夫とエステリスさんは同級生で、お子さん同士も数日違いで生まれた同級生。

ママ友同士、声をかけあって交流しながら、自分たちの手で子育てしやすい環境に。

島での子育てについてお聞きすると、「1人目の子が小学生ですが、伯方小学校はどの学年も少人数。だからなのか子ども同士が団結しているように感じます」と岩見さん。「子どもが少ないこともあってか、ご近所のみなさんが子どもにいつも声をかけてくれ、可愛がってくれます。みんなで見守ってくれているというのは、田舎ならではですよね」と田窪さんも続けます。

都市部での生活と比べることはないかとお聞きしたところ、「欲を言えばキリがないと思うんですが、私の場合は、初めて遊びにきた時からあまり不便さは感じていません。確かに便利な施設は近くにないけれど、特に困らないし十分生活できるって感じたんですよ。スーパーもあるしコンビニもあるし」と田窪さん。「島のみんなが、一緒に子育てしてくれるみたいで心強い。そのほうが重要」と微笑みます。「病院関係は課題だなとは思います。小児科や耳鼻科などの専門的な病院が近くにないというのは、子どもがいると気になるので、そういう話になることも多いです。でも、人数は少ないけれど、子どももお母さん同士もずっと付き合っているので、いろんなことを話せるのはいいところ。集まって話をすることで、ストレスも解消されると思うんです」と岩見さんも言います。島外から嫁いできたふたりの話を聞いていたエステリスさんも「心から帰ってこられてよかったなと思います。帰ってきたことで都会にいたら、わからなかった生き方、価値観が芽生えました」とにっこり。「人工的なエンターテイメント施設がないことが、最初はネックかなって思っていたんですね。でも、子どもが歩き出して外に出た時に、ふと『ああ、お金を払って楽しむような子ども向けの施設があったら、私はそういうところばっかり利用したんやろな』って思ったんです。都市部は便利ですし、たくさん人がいて、たくさんものがあって、それはいいことですが、どうしてもあれもこれもと思うようになりますよね。そしたらつい、ヨソの子とも比べてしまいそうで。ここならそれぞれが毎日、四季を感じながら自分の子育てができる気がします」とイキイキと話します。

鎮守の杜での集まりは、子どもたちだけでなく、お母さんたちにとっても情報交換ができる貴重な時間になっているそうで「子どもたちを遊ばせながら、自分たちもおしゃべりするのが楽しみ」というみなさん。和気あいあいとした雰囲気の中で「イベントに参加するのも、最初は勇気がいると思うんです。なので、赤ちゃん連れのママを見かけたら積極的に交流をしていきたいし、自分たちでも集まる機会をつくってママ友同士で自然と交流が生まれるようになればいいと思います」と口々に話してくれました。

昭和レトロな園舎がどこか懐かしさを感じさせる「鎮守の杜」。子どもはもちろん、大人も笑顔になれる交流の場。