島をぐるりと囲んだ海岸沿いの道路から少し見上げた高台にある、真っ赤な建物が印象的な「Bistro Paysan(以下、ビストロ ペイザン)」。子どもの頃に父母とともに大島に移住し、東京での暮らしを経て3年前に島へと戻ってきた求大地さんと、その半年後に留学先のスペインから戻ってきた弟の陽介さんを中心に、ジャンルにこだわらず誰もがなじみのある料理を提供しています。オープン半年ほどで、ランチは予約が取りにくいほどの人気店になったビストロ ペイザンの求大地さんに、移住2世としてのUターン移住についてお聞きしました。

島での生活を当たり前と思っていた子ども時代。その魅力に気づいたのは東京に出てから。

天然酵母を使って石窯で焼き上げる「パン屋Paysan(以下、パン屋ペイザン)」といえば、今や県外からも多くのお客様が訪れる人気のパン屋さん。そのパン屋さんを経営しているのは、大地さんが幼い頃に大島へと移住してきたご両親の求さん。大地さんは求さんご夫妻の長男です。「まだ小さかったので島へ移住する前のことはあまり記憶になくて。島で生まれ育った友だちと同様に、自分が育った環境が当たり前という感覚で、18歳まで過ごしました」。

大学進学を機に東京での生活をスタートさせた大地さん。その後、飲食業界に飛び込み、さまざまなジャンルの料理に携わっていました。大島へ戻ることになったきっかけは、第1子の出産。それまで2回ほど島を訪れたことのある奥様の「出産前後は島で過ごしたい」という希望で一時的に戻ってきました。「子どもが産まれて1ヵ月ほどしたら東京に戻るつもりだったんですが、島で過ごすうちに小さい頃から育ってきた島での暮らしが快適になってきたんです。妻も子育てをするなら田舎がいいと前々から言っていたこともあって、島へ戻ることを決意したんです」。埼玉県生まれの奥様は、結婚する前は四国には全く縁がなく、一生関わることのない土地のように思っていたそう。それが職場で大地さんと出会い、初めて大島を訪れて「こんなに時間がゆったりと流れている場所があることに驚いた」のだとか。忙しなく毎日が過ぎていき、休んでも休んだ気にならない都会での生活に疲れていた二人は、大島で日々を過ごすうちに、子育てと仕事のどちらにおいても、東京より大島がいいと感じるようになったと話してくれます。

海岸沿いから見上げる高台に位置する洋食居酒屋レストラン「Bistro Paysan(ビストロ ペイザン)」。

3年かけて家族全員でリノベーションした新店舗で始める、“ペイザン”の第2章。

奥様と生まれたばかりの娘とともに島へ帰ってきた大地さんは、パン屋ペイザンの一角にある喫茶ペイザンのメニューを増やして提供するように。それから半年ほどして、弟の陽介さんが高校卒業後に神戸でパティシエの経験を積み、ワーキングホリデー制度を活用して留学していたスペインから帰国。パン屋の手伝いをしながら、しばらくしたらまた海外へ出ようかと計画していた陽介さんでしたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、島に留まることに。ちょうどその頃、父母が住まいとして借りていたのが、現在「ビストロ ペイザン」として営業しているこの建物。窓から海を眺められる絶好のロケーションが気に入って借りたそうですが、二人が帰ってきたことで、改装してお店として活用しようということに。こうして、パン屋の営業の合間を縫ってのリノベーションが始まりました。

「できるだけお金をかけずにやろうと、専門の業者さんには頼まずに家族で改装することにしたんですが、これが思ったよりも大変で(笑)。父は大工仕事の経験もあるものの、僕も弟も未経験。しかもパン屋の営業と並行しながらなので、気づけば3年も経ってしまっていました」と笑う大地さん。店舗のデザインは母と弟の陽介さん、施工は父と大地さん、陽介さんとまさに家族総出でつくり上げたお店を「ビストロ ペイザン」と名づけ、オープンしたのは2022年の夏のことでした。

真っ赤な椅子とアンティーク風のブラウンが、異国情緒を感じさせる「ビストロ ペイザン」内観。

マフィンやケーキを担当する弟の陽介さん(左)とともに。

ここには東京にないものがあり、ここだからできることがある。そう伝えていくのも僕らの使命。

「東京はもちろん便利ですが、田舎には田舎の良さ、東京にはないものがたくさんあると思うんですよ」と話す大地さん。「特に食材が全く違うんですよ。近くのスーパーで地元のおじさんたちが趣味で育てている野菜や米を出荷しているんですが、それがもう全部美味しい。自分たちが食べる分を育てて、余った分を販売する、そうやって作っているものが、本当に美味しいんです。東京に行くまでは大島での生活が当たり前で、野菜やお米も当たり前に食べていました。帰ってきて初めて、こんなに美味しいものが身近にあることの素晴らしさに気づきました」と少年のように笑います。週末を中心に週3日間営業している「ビストロ ペイザン」で提供する料理は、地元の食材をできるだけ使って、決して肩肘張ったものではなく、親しみのあるメニューにしているという。「ビストロという名前ですが、フランス料理ということではなく、大衆食堂という意味合い。パスタやピザ、ハンバーグなど定番の洋食メニューのほか、ランチタイムには生姜焼きやお刺身を提供することもあります」。現在2人のお子さんを持つ大地さん。奥様がお店を手伝っていることもあり、日曜日には店の奥でシッターさんに子どもたちを見てもらいながら営業中。子どもたちも慣れたもので、お散歩中に出会ったお客様に「いらっしゃいませ」と挨拶するなど、早くも看板娘ぶりを発揮しているようです。

「都会で成功するのがいいと考える人もまだ多いからか、僕らの友だちの多くも都市部に出て戻ってきません。だからこそ僕らが、これがやりたいから帰ってきた、という事例になりたい。地元に帰るのは夢を途中で諦めたからじゃなく、大島だからできることがあるからだと知ってもらいたいし、みんなが戻ってくる理由になったらいいなと思うんです」。小さい頃から変わらない海を眺めながら話す大地さんの目は、決意に満ちていました。

事業としての考え方についても学んでいる最中。照れながらも「オーナーである父に学ぶことは多い」と話します。