2018年6月、とある観光用着物レンタル専門店が京都・宇治エリアに進出した。東京に本社を置くアイワフク株式会社の、京都で2店舗めとなる宇治平等院店の店長 淺田瑞子さんは、東京のIT企業でウェブディレクターとして活躍していたUターン組。「とってもいいところなのに、まださほど注目が集まっていない京都南部の魅力を、着物をとおして発信できたら」と話す淺田さんに、Uターンで見えてきた地域の可能性についてうかがった。

淺田 瑞子さん

観光用着物レンタル専門店 京都愛和服 伏見稲荷店・宇治平等院店店長。着付師。
京都府南部に位置する久御山町(京都市、宇治市、城陽市等に隣接)出身。高等専門学校卒業後、東京へ。システムエンジニアからウェブディレクターへとIT業界でキャリアを重ねた後、着物業界への転身を決意し、アイワフク株式会社に転職。広報からシステム業務までを一任され、PR、ウェブサイト運営、SNS発信、クラウド管理等を行うかたわら、現場での着付け、接客にも携わる。2017年、淺田さんのUターンを機に、勤務先のアイワフクが京都エリアへの新規参入を決定。2017年9月 伏見稲荷店、2018年6月 宇治平等院店をOPENさせ、現在は両店の店長として2店舗を統括している。

記事のポイント

  • 16年勤めたITの仕事を辞め、思いだけを頼りに着物業界へと転身
  • 東京から京都へ、予定外だった帰郷が店舗拡大のチャンスに変わった
  • SNS時代の利用者ニーズを掴み、京都南部活性化を図った四方良しのビジネスを実行する

インスタ映えする“着物写真”は地域に人を呼ぶ

「着て、素敵になって、写真を撮って、見てもらって、褒められたい。」そんな時代のニーズを受けて、ここ数年、観光用着物レンタルが急伸している。とくに「インスタ映え」が人を動かすようになり、着物の色柄に加えて「写真に映える背景、つまりその場所の町並みや風景がより重要になってきました」と淺田さんは言う。「この場所で、こう撮ると、いい写真が撮れる」。町の情景を自分入りで切り取り、場所や自分の新しい魅力を発見して楽しむ。撮影した写真は、すぐにSNSを通じて発信し、友達や見知らぬ人にリアルタイムで見てもらう。

宇治のインスタ映えスポット、宇治橋は宇治平等院店の目の前

「宇治は着物の似合う町。なのに、まだ町なかに着物レンタルがなかったんです。もったいないと思いました。このSNS時代、着物レンタルができることで、宇治のよさも一緒に伝わります。まちを訪れる人が増えて、神社仏閣やお店への送客にも貢献できれば。」人気の写真の背景になっていることで、地域やスポット、店舗、商品、メニューが一躍有名になり人が殺到することは日常茶飯事。今やそれほどにSNS写真の力は大きい。地域振興を考えるうえで重要なメディアであることは言うまでもない。

異業種転職とUターンが呼び込んだチャンス

淺田さんは高等専門学校卒業後、東京のIT企業でシステムエンジニアやウェブディレクターとして、最前線を走っていた。着物業界への転身を決心したのは、36歳のときだった。「ITの仕事は、パソコンさえあれば365日24時間いつでもどこでも仕事ができます。でも、ある日ふと不安になったんです。このペースでいくつまで仕事ができるのかな。」その後、一念発起した淺田さんは16年のキャリアをきっぱりと捨て、着物の仕事で生きていくと決めた。祖母が和裁をしていたこともあって、着物は身近な存在であり、愛すべき美意識であり、一生の仕事として信じられる世界だったからだ。

まずは着付けの資格を取得した。しかし、プロとしてのキャリアはゼロ。武器はあふれる思いだけ。不安しかない転職活動だったというが、今の勤め先であるアイワフク株式会社に採用され、この業界での一歩を踏み出した。ちょうどその頃、同社は浅草店オープン直後の立ち上げ期にあり、ウェブサイトやSNSを使った国内外へのPRやマーケティングに注力していこうというタイミング。着物への思いと夢の熱量に加え、淺田さんのIT業界でのキャリアがかわれたのだ。

3年間、無我夢中で働いた。広報からシステム業務までを一任され、着付けや接客などの現場も経験を積み、手応えを感じていたが、家庭の事情で生まれ故郷の京都に帰ることに。「せっかくここまで積み重ねてきたのに。」と、後ろ髪を引かれながら辞意を告げたところ、社長が思いがけない発案をした。「これを機に京都に店を出してはどうか。着物の本場・京都で勝負する時期がきたのではないか。」淺田さんのUターンをビジネスチャンスと見たチャレンジだった。

さいわい、よい物件にも恵まれ、話はすぐに決まった。場所は伏見稲荷。伏見稲荷大社はトリップアドバイザーで「外国人に人気の日本の観光スポットランキング」で1位に選ばれるなど、いまや外国人観光客に名高いマストスポットだが、界隈の観光用着物レンタル市場は先行3店舗があるのみで、まだ伸びしろが大きい。祇園をはじめ多数の同業他社がひしめきあう京都市内の激戦区では勝負にならないが、ここならいける。開店準備も含め、新店運営は淺田さんに任された。

未開拓の宇治エリアで先行者利益を狙う

淺田さんが宇治を“再発見”したのはその頃だ。「なんて着物が似合う町なんだろう。こんなに素敵なところだったっけ。」となり町の久御山町で生まれ育ったのだから、以前からよく知るなじみの地域だ。だが「昔はそんなふうに思って見たことはありませんでした。ただ古い町だなとしか感じていなくて。」それが、20年近い東京暮らしと着物ビジネスの経験を積んだ淺田さんの目には、まるで違って見えた。

宇治の名物 抹茶と着物は抜群の相性

「帰ってきて初めて、外から見た地元のよさに気づけたんです。」

「宇治いいな。」その気づきを、社長に伝えた。写真映えのする場所は豊富だし、世界遺産が2つもある。日本茶ブームは世界的なトレンドになっていて、なかでも宇治茶のブランド力は強い。ハーゲンダッツ以来の抹茶スイーツ人気もいまだ右肩上がり。国の重要文化的景観や日本遺産にも選定されている。決定的だったのは、まだ宇治に観光用着物レンタル専門店の先行店がなかったことだ。

「そうしたら、たまたま、ものすごくいい場所が見つかって。」宇治市街地のメインストリートである商店街と平等院参道が合流する宇治橋のたもと。JRと私鉄、どちらの駅からも徒歩数分という理想的な立地だ。こうして、伏見稲荷店の開店から9ヶ月後の2018年6月、京都2号店となる宇治平等院店がオープンした。

京都愛和服2号店 宇治平等院店

オープンの手応えは伏見稲荷店以上によかった。ウェブ公開直後から、いいペースで予約が入りはじめたことに加え、JR駅前の観光案内所からもすぐに問い合わせや紹介が来るように。やはり競合がいないことは大きかったのだ。近隣のお店からも「やっとできた」と歓迎され、「よく観光客の人に着物レンタルのお店はないですか」と訊かれていたという声もあった。

現状の利用者は日本人とインバウンドがほぼ半々、外国人観光客は大半が台湾、香港、インドネシア、マレーシア、シンガポールなどのアジア人だ。店のすぐ前の宇治橋のほか、平等院、参道のカフェ、お茶屋さんなど、おすすめの撮影スポットの案内も好評。芸術性よりも、わかりやすさとインパクトがSNSでは強い。

レンタル客には、おすすめの撮影スポットを案内している

「宇治でしか撮れないいい写真をネットで伝えることが、当店にとっても町にとっても最大のPR。宇治はまだこれからなので、新しさのある写真も撮りやすいです。最近は動画も反応がいいので、動画にも力を入れていきたいですね。」

“四方良し”の循環ビジネスで京都南部を潤したい

京都の2店舗をつなぐ工夫もしている。「宇治と伏見稲荷はロケーションが近く、アクセスも便利。宇治で着て、伏見稲荷で返却、というサービスもしています。」効率的なシステムを組み、今は2店ともクラウドで管理している。IT業界でのキャリアがここでも役立ったかっこうだ。回り道だったと後悔したこともあったというが、どんな経験も生かせばそれは意義ある寄り道になる。淺田さんの異業種キャリアと東京での経験が、地域にとっては資源の再発見を呼び起こし、会社にとっては新たな事業創出を可能にした。

豊富なバリエーションから選ぶ楽しみも

「“変な着付けで外に出さない”のが会社のポリシーです。美しい着姿、快適な着心地、それから周囲の人や地元京都の皆さんにも好感をもっていただけるように。」

「宇治の活性化から、京都南部をエリアとして盛り上げたい」と夢を語る淺田さん。利用者のニーズにあった品揃え、適正価格と適正サービス。スタッフにも働きやすい環境、待遇、福利厚生。そして町の人も潤うように。企業だから利益は求めるが、誰をも虐げない、三方良しならぬ“四方良し”の循環ビジネスを志し、人も文化も地域も守りながら経済を成立させる道を邁進している。

●着物レンタル 京都愛和服 宇治平等院店

  • 所 在 地 : 〒611-0021 京都府宇治市宇治妙楽1-1 宇治橋ビル2F
  • 電 話 : 0774-39-8085

●着物レンタル 京都愛和服 伏見稲荷店

●アイワフク株式会社

取材・文:福田容子