「子どもの10億円に対して高齢者は110億円使っています。」

ー政策的にはスタートアップ推進、雇用創出、保育所の拡充といった若年層向けの政策に力を入れている印象があります。そういったところは市民理解、特に高齢者を中心とした方々にどのくらい賛同を得られているのでしょうか。

今一番力を入れているのは「子どもの貧困」です。SDGsに力を入れており、プレゼンボードを作って常に持ち歩き挨拶のたびに話題を出します。多くの方がつくばに貧困なんてないと思っていますので、「何人くらい貧困の子どもがいると思いますか?」と質問をします。つくば市には約1,300人の小中学生が就学援助を受けている、制服が買えない・学用品が買えないこどもたちがいるということを知るとみんな驚きます。

そうするとメインの話が終わったあとに「何か応援させてください」と言いに来てくれます。こども食堂に食事を提供したいとか、場所を使ってほしいとか、応援したい想いを皆さん潜在的に持っているんですよね。市民理解という部分で言えば、理解の前に共感をしてもらえることが大事なのかなと考えています。ここが問題だからこうやって解決をしていきたいという話を続けていきたいですね。

スタートアップ推進の話は確かに難しいですね。ただ、「あなたのお孫さんがつくばで働ける場所が今は少ないんです。でもスタートアップで企業が大きくなっていけば雇用が生まれてつくばに残ってくれるんですよ」と説明すれば、「ああ、それはいいね」って、わかってくれます。

問題は自分事にしてもらえれば、理解してもらえます。時にはお年寄りがたくさんいるところで、「日本のこども向け支出と高齢者向けの支出の割合をご存知ですか?」なんて話をしています。「子どもに10億円使っているときに高齢者向けには110億円使っています」と。すると自分たちはそんなに受け取らなくても良いから、我々よりも子どもたちに使ってくれ、なんていうことを言ってくれる人が出てくる。教育や次世代に投資すべき、という意識はやはり高いと思います。

ーたとえば筑波大学に入学したものの卒業とともに流出してしまう20代前半世代を留め置くことと、子育て世代に好んで住んでもらうことの2点は重要だと思います。人口減少対策の自治体間競争からはある程度距離を置くのか、競争に突っ込んでいくのか、どちらの方向にお考えですか?

戦わざるを得ないというのが現実ですね。同じTX沿線の流山市は戦略的にプロモーションをしていて、非常に勉強になることも多いです。ただ、つくば市も今は人口が年間3,000人くらいずつ増えて、むしろ保育所や学校が足りず、その対応を急いでいる状況です。支えてくれる側を支援しようということで民間保育士に月3万円の補助を始めたときは、全国的にも稀な事例だったのですが、今では一般的になりました。子育て支援に関しては時間差こそあれ、最終的にはデフォルト化し全国で統一されていくと思うので、守る材料にはなっても自治体をアピールする材料にはならないと考えています。

 
子育ての基盤整備は国の仕事だという思いがあります。それではつくば市は強みをどこに持っているかと言えば、やはり教育です。これだけの密度の中に研究機関が集積して学術的な雰囲気があって、自然があふれている場所は全国にほかにはありません。駅前では研究者と話ができるサイエンスカフェが毎週開催されていて、そこに中学生が来たり、医療の体験などもできるイベントが継続的に行われています。トップ研究者が学校でも教えてくれたりもする。

起業家が子どもを通わせたくなる公教育を

選挙のときから、常に「最優先課題は教育です」と言ってきました。子どもたちには投票権がないのでこれは票にならないわけですが(笑)それでも力を入れるべきは教育だと考えています。今、教育大綱という市の教育の方針をつくっていて、根本から議論をしています。教育現場では先生方はものすごく頑張っているんですけど、本当に今のままでいいのかな?という疑問もあります。

そもそも学校はどういう場所なのか、こどもとはどういう存在なのかというところから議論を始めていて、世界中の事例や、最先端の現場も調査しています。産業のために均質的な教育から優秀な人材を選抜するメリトクラシーをベースとした近代公教育から脱し、自分から変化を起こせるケーパビリティの高い人材を育てたいと思っています。そこで、STEAM教育やイエナプラン教育といったコンセプトを様々に研究し、今から20年も前に「社会力」の概念を提唱した門脇教育長の下で、つくばならではの公教育のあり方を考えています。

少し前ですが、日本を代表する起業家たちとこどもの教育の話になりました。「学校どこに行かせてる?」って聞いたらみんなインターナショナルスクールと答えていました。「なんで?」って聞くと、起業家って異端だから公教育にみんな良い思い出がないそうで。優秀すぎて適応できなくていじめられたり、あるいは授業がつまらなかったり。

日本のリーダーたちが自分のこどもを公教育に預けたいと思っていない状況には危機感を覚えます。つくばは公教育として新しいモデルを提示したい。そうすれば起業家誘致にも繋がります。「美しき日本のあるべき公教育」みたいなべき論だけをやっていっても限界があります。教育現場の先生方はとても頑張っているので、その頑張りがよりこどもの学びにつながっていくようなものにしていければと思っていますし、つくばはそれができる環境だと思っています。日本の公教育のスタンダードを変える。それができればつくばに移り住みたいと思う人も増えると考えています。

ー国の枠組みとの齟齬は出ないんですか?

文部科学省が示している21世紀型スキルというのは、門脇教育長が20年前から言っている社会力と同じなので、根本的には齟齬はないと思っています。カリキュラムは、国の定めに対して一定の柔軟性を持ちたいところですが、今のままでもできることは多くあると思います。先日イエナプランを日本で最初にスタートさせようとしている方に話を聞いたら、文科省の基準に基づく形で実施できると明快に話されていましたし、そこは枠組みの作り方次第だと思います。

つくば市が目指しているのは、「それぞれが自分自身の人生をよく生きることができて、それで社会も良い方向になればいい」ということです。そのためにどういう教育が必要なのかを考えています。文科省も様々な課題に対して改善しようとしていますが、今のカリキュラムはちょっときつすぎると感じます。

たとえば「プールの授業を10時間実施しなくてはいけない」とカリキュラムが決まっているわけですが、学校でのプールの授業は止めていいんじゃないかなとも思っています。お金も時間もかかる。プールに水を一回入れるのに50万円もかかります。維持管理費も大きい。でも学校のプールの授業ではそれほど泳げるようにはなりませんよね。むしろ地域のクラブに任せると良いのかもしれないし、授業でやるなら、スイミングスクールにみんなで通ってもいい。溺れたときのための着衣水泳などは公教育でやる意味があると思いますが、既存の枠組みに捉われずに考えていく必要があります。

ー教育バウチャーみたいな仕組みですね。特につくばなら、さまざまなプロフェッショナルがいて、民間の先生に任せてできそうですね。

さらに言えば、今の部活の仕組みは顧問も生徒も大変です。地域の総合型スポーツクラブのようなものになっていく必要があると思います。部活に限らず、基本的には学校の枠組みから地域に出ていく方向性が増えていくと考えています。

モンスターペアレントは問題ですが、むしろつくばには要求水準が高いだけでなく、「一緒にやりましょう」という熱心な姿勢の方が多くいます。理科の授業なんかむしろPTAに各分野の専門家がいるような地域です。たとえば、PTAで防災キャンプが行われていると、防災科学技術研究所の研究者の方がPTA役員で動いていたりします。学校の先生方もうまく保護者の力を借りたら良い。その方が子どもたちのためになるし、自分たちの負担も減るし。それが当たり前になるような、新しい枠組みを作っていきたいですね。

日常や災害時の課題解決にテクノロジーを活用する

ー2011年に東日本大震災、2012年には竜巻、2015年には鬼怒川氾濫を経験しています。これらは市政の今にどんな影響を及ぼしていますか?

東日本大震災の時には、学生を中心に500名ほどのボランティアチームを組織し支援活動をしました。ツイッターで避難所に毛布を集めて、日本の災害支援で初めてツイッターが使われたとか評価されましたが、様々なメディアを使いました。緊急時は情報が入らないし行き渡らない。メディアの使い分け、年代や地域ごとに情報を集め、届ける手段を考える必要性を感じました。今夏の西日本豪雨災害の様子を見ていても、行政の初動でその後の状況が大きく変わってしまう。自治体による対応の違いはとても大きいと感じます。

ところで、つくばは研究学園都市ですが、市民の5割以上が科学技術の恩恵を感じていないということが調査でわかりました。これはアイデンティティの危機。研究所がこれだけあっても、市民生活で技術が実感されていないという状況は変えていく必要があります。まずは市役所の日常業務でも日本で初めてRPAの共同実験を行い業務時間を8割削減したり、ブロックチェーンとマイナンバーカードを組み合わせることで、選挙ではありませんが日本初のインターネット投票を実現しました。オープンデータ化も進めていますが、平時での積み重ねがあれば、災害のような緊急時にも臨機応変に対応できる行政の体制ができると考えています。

他にも細かい話をすればキリがありませんが、例えば市民にとってより日常的なゴミ捨ての問題。高齢化してゴミ捨て場まで持っていくのが大変になっていますし、山間地などでは尚更です。つくば市内のベンチャー企業が搬送型ロボットのテクノロジーを開発しているのでそれをゴミ捨てに活用したいと思ったのですが、無人の搬送用ロボットは公道を走れないんですね。そこで「つくばモビリティロボット実証実験」を推進して、法体系も変えていけるように働きかけをしています。

ー西日本豪雨では、ボランティアと現場のマッチングが難しいのが課題だと聞きます。

 
つくば市からも社会福祉協議会の職員を派遣しました。過去3度の災害を経験したつくばのノウハウが求められ、ボランティアセンターの立上げを手伝ってほしいと倉敷市から頼まれました。すぐに意思決定して職員を派遣したわけですが、東日本大震災、竜巻、水害と、数年間で3回もボランティアセンターを運営している経験は全国でも珍しいですからね。

やはりマッチングが難しくて、ここをシステムで自動化できると良いですね。ボランティアに行きたくても、いくら電話しても出ないみたいなところが多くて、そうするとボランティアが待たされてしまってもったいない。そのようなアナログなシステムに対して東日本のときは自分たちがシステム組んでみたりしたこともあります。今後は災害対策にテクノロジーを活かす手法も整理していこうと思っています。


五十嵐市長は著書『あなたのまちの政治は案外、あなたの力でも変えられる』の通り、市民参画型の地域社会を理想とされており、そこに対する具体的なアプローチを行政改革、教育、災害対策など様々な面から進められている印象を持ちました。若い市長がいきなり役所にやってきて、これまでやってきたことを全否定するといった強権的な手法ではなく、むしろ職員や市民と対話する時間を重視してそれぞれの主体性を引き出すような粘り強い取組みをされています。

高いビジョンに対して、成果が出てくるには時間がかかりそうだとも思いますが、すべてを行政で抱え込むのではなく民間の活力を呼び起こしながら、起業しやすい地域環境を整備するのは回り道のように見えて王道のように感じます。とくに、つくば市のように研究シーズがそこかしこにあるような地域においては、研究と社会実装の橋渡しをする実証実験やシードマネーの供給といった機能が重要になってくるでしょう。そういう意味では、スタートアップの推進こそがつくば市の中核戦略であると感じました。

つくば市の“クニづくり” 後編は、中核戦略を担うべく新設されたスタートアップ推進室 初代室長 塚本健二さんのインタビュー「つくば市がスタートアップ推進室を新設。南極勤務経験を持つ初代室長の本気度」をお届けします。

取材・文:東大史