東京にはないつくばの魅力を発信する

ースタートアップへの資金提供は、地方銀行には難しい。そうなると、エンジェル投資家やベンチャーキャピタルを呼んでくることが必要。
でも、起業家にとってみたらそういう人たちが集まっている東京に行った方が合理的だという話になりかねないと思います。そのあたりはどう考えていますか?

つくばでも可能ではないかと考えています。つくばと秋葉原はつくばエクスプレスで最速45分です。例えば、つくば市はつくば駅近くにインキュベーション施設を持っていますが、その1階をコワーキングスペースに再整備しようとしています。そこは交流の場として、いつでも誰でも集えるような形にしていく予定です。筑波大の学生や、つくば駅の南側に多く立地する研究所の方たちも気軽に来ることができるような場づくりをしていきます。

起業家、研究者が集まるような場所であればベンチャーキャピタルの方々にも注目をしていただけると思っています。日本橋や大手町などから「今日はつくばに行ってきます」と言ってもらえるような「雰囲気」を持つまちにしていきたいですね。

現在は、その第一歩として、毎月一回、木曜日の夜につくば駅前にある市の交流スペースで、「Tsukuba Thursday Gathering」というイベントを開催しています。飲食物を提供しながら、市民向けのスタートアップイベントとつくばで活動するスタートアップのピッチを同時に開催し、終了後は名刺交換などでネットワークの構築を行っています。

「Tsukuba Thursday Gathering」第一回開催。五十嵐市長も参加して行われた

ー場の提供だけではなく、リソース面で女性や高齢者といった潜在的労働力を集め、パラレルワークやパートタイムジョブといった形でのワークシェアリングを始められる可能性もありますね。

そうですね。つくば市には、研究者の配偶者などで高学歴な方が数多くいます。そういった方々が子育てにひと段落した頃、働きたいというニーズも多いのではと考えています。例えば、去年一緒に働いていた臨時職員の方は東北大学の出身で、とても高いスキルを持っていました。子育ての都合上、正社員としての勤務は難しいけれども、自分の時間に合わせた勤務条件だったので満足している、というのが彼女の意見でした。

だから、スタートアップに対しても、つくばは、パートタイムでも即戦力が雇用できる地域であるというメリットをもっとPRしていきたいと思います。

ーつくばは教育水準が高いと聞いていますが、子どもは最先端の公教育で育ち、夫婦どちらかがつくばの研究所に勤めていて、もう一人はスタートアップに参画する。家庭内で安定と挑戦のバランスをとることがモデル化と非常に面白いですね。

そうですね。今後は、起業家教育にも積極的に取り組んでいきたいです。スタートアップ推進室が小中高生向けに起業をテーマとしたセミナーなどを行って行きたいと思います。

今はまだ、「将来は大手企業に入る」という進路希望が大多数を占めていますが、子どもたちには、「世の中を変えたいから起業する」という道も選択肢としてあるのだよと伝えていきたいですね。自分の技術で世界を変えていくといった志を持った子どもがつくばからどんどん出てきてほしいです。

つくばだからこそ、面白いのかなとも思いますね。そういう雰囲気を私たちはつくっていきたいなという想いがあります。今ある「産業振興センター」という古い施設を改修し、1階に交流スペース、奥はコワーキングスペース、あとは会議スペースとかセミナーできるような場所にしていく計画です。

塚本 健二氏(左)と科学技術振興課の前島吉亮氏(右)

南極で培った、新しいことに挑戦する精神

ー最後に、塚本さんがスタートアップ推進室長として選ばれた理由をお聞きしたいです

私はまったく意識高い系ではなくて、できれば楽をして生きていきたいタイプです。もちろん、市職員としてつくばを市民が誇れるまちとするために仕事をしていますが、「世の中を変えたい」とかは考えたこともないです。ただ、新しいことは好きですし、誰もやったことがない仕事をしてみたいという気持ちはあります。

もちろん今の仕事は私が一人では到底できません。スタートアップ推進室のみんなで同じ意識を持って仕事をすることが大切であると感じています。優秀な後輩がさまざまな課題を解決するために常に頑張っていますし、上司の理解、協力も頼もしく、みんなで一体となって仕事をしているという雰囲気があります。

また、前述の科学技術振興課の皆さんとも、お互いの事業を応援しあっていますし、いわゆる組織の縦割りや年功序列などはあまり意識せずに、お互いに共通意識を持ち、みんなでハッピーになれるよう努力しています。

ースタートアップのようなカタカナ用語は、ある程度年配の市長だと説明して概念を伝えることにまず、ハードルがありますよね。そういった意味では、市長が若いということは大きな後押しになるのでは。

そうですね、市長が常に言っているのですが、世界のあしたを見るには、つくばを見れば良いと。そういった意味でもつくば市は他の自治体に先駆けてさまざまなチャレンジをしていかなければならないと思います。

それに、我々よりも下の世代、20−30代の若手も直接市長にさまざまな提案をしてると聞いています。自分の提案を市長に直接聞いてもらえると、自分自身モチベーションが高まりますよね。

また、市長自身が、起業家でもあるので、スタートアップについては、とにかく詳しい。

ちなみに、私が印象に残った市長の話の一つに、サッカーの話があります。2軍のチームでも、素晴らしい司令塔が1人でもチームに入ると全然違うチームになるという話です。よって、つくば市は、外部人材を効果的に登用しています。

外部人材を入れることによって行政組織に化学変化が起こる。私たち行政職員自身がそれに気づき意識が変わる。それはやがて、行政職員の自立に繋がる。その意識はずっと持ち続けることができる。

これまで行政のルーチン業務を行っていれば良いと考える人にはこの変化は厳しいかもしれません。

ー塚本さんは上手くハマった側なんでしょうね。それは、南極観測隊として活動した経験も活きているのでしょうか?

私は、第55次南極地域観測隊の越冬隊員として約1年4ヶ月間、南極の昭和基地で勤務していました。南極観測を行う国立極地研究所へつくば市から派遣という形でした。庁内で公募があり、次に国立極地研究所の選考を通過し、南極観測隊員になったのですが、このチャレンジは自分にとっても非常に大きい、貴重な経験だったと思っています。

南極の環境は厳しい。一歩外に出ると極寒で生きるか死ぬかですからね。日本を離れると1年以上帰って来ることはできませんし、もちろん家族、友人とも会うことはできません。

限られた環境の中、極限状態でどうやって過ごすことが自分たちにとってベターなのか、答えは一つではない。ベストを目指すけれど、自分だけの力では、どうにもならないことが目の前にいつも起きる。特に天候などの気象条件や物資の有無など、前提条件が日々変わっていく。そのような中で、どのタイミングでどう動いたら上手くいくかとか、周囲に迷惑かけない方法は見つけられるのか、物事の本質は何なのか、常に考えていました。

つくば市のスタートアップ推進もまさに前例のない状況を、手探りで進めていくといってもよいのではないでしょうか。私が室長として拝命を受けたのはそういう南極での経験やつくば研究支援センターでの経験といった外部で仕事をした目線を持っているということかなと思っています。
南極から、「ペンギンが氷ではなく土の上を歩いている!」とか、楽しそうな写真を送っていたのが評価されたのかもしれませんが(笑)


つくば市役所の雰囲気は、1Fの入口にセグウェイが置いてあったり、サイバーダイン社のHALが展示してあったりと、お役所然というよりは近未来的な空間になっていました。そこで働いている行政職員の皆さんも、自然と科学技術に触れ合いながらそれらがつくば市の地域資源であると認識されている印象です。

ところが、「市民意識調査」によると、これら科学技術の恩恵を地域住民があまり感じられていないという結果となり、これが大きな課題であるという認識も持っています。そういったことから、科学技術を市民に還元するためには、まさにスタートアップ推進こそがこのギャップを解消していく政策なのだと理解できました。「つくばモデル」を創造していくために、行政組織や民間企業、地域住民といった立場を超えていかに連携できるのか、主体的で行動力のある人たちが鍵になることでしょう。

研究都市としての科学技術の力を地域資源と捉え、それをスタートアップ推進や教育カリキュラムといったまちづくりにおける質的充足に繋げようと取り組み始めたつくば市の今後に要注目です。

そんなつくば市を率いる就任1期目五十嵐立青市長(40)のインタビュー「研究都市の強みを生かし、最先端の公教育& スタートアップ・シティへ」も合わせてお読みください。

取材・文:東大史