
福島県大熊町の大川原地区に佇む、江戸時代からの歴史を刻む「渡部家住宅」。震災を経て、再びこの場所に人々の笑い声と餅をつく音が響き渡っています。
今回は、この餅つき大会の運営の中心を担う「大熊町里山活用協議会」の谷田川佐和さんに、2023年から始まったこの活動に込められた想いや、古民家という場所がどのように人と人とをつなげているのか、お話を伺いました。
渡部家住宅「餅つき大会」とは
2026年1月に開催された餅つき大会には、町内外から老若男女合わせて62名が参加しました。参加者の内訳は、20代が約4割、次いで30代が多く、60代以上のベテラン世代も加わるなど、幅広い世代が顔を揃えました。また参加者の居住地も「町内」「町外(県内)」「県外」でほぼ三分の一ずつという、バランスの良い構成でした。
会場となった渡部家住宅は、2020年に国の登録有形文化財に認定された歴史的建造物です。かつて馬産業で財を築いたこの屋敷は、江戸時代に建てられた主屋を中心に、当時の生活様式を今に伝える貴重な場所でもあります。
谷田川さんたちは、単に餅をつくだけでなく、地域の歴史や文化を五感で楽しめる多彩なプログラムを用意しました。

・伝統の食体験
会津の新米を使用し、「十年餅(じゅうねんもち)」と呼ばれる浪江伝統のエゴマをすりつぶした香ばしい味付けを含む4種類の味が振る舞われました。
・渡部家の歴史を写す乗馬体験
馬産業で栄えた渡部家の歴史を背景に、「NPO法人相馬救援隊」の協力により、庭を一周する乗馬体験も実施されました。
・おおくまかるた大会
町の文化や民話を学べる「おおくま・おらほのかるた」を使った大会も行われ、大人も子供も真剣に札を競い合いました。

守り継がれる「結(ゆい)」の精神
この餅つき大会は、町の古民家活用事業の一環として2023年にスタートしました。その背景にあるのは、震災前にこの地に根付いていた「結(ゆい)」という助け合いの文化です。かつての大川原地区では、農作業の繁忙期に住民同士が手伝い合い、そのお礼として皆で食事を囲む習慣がありました。渡部家もまた、地域のコミュニティの場として近隣の住民が出入りしていた歴史を持っています。
また、大熊町はもともと餅つきが非常に盛んな土地柄です。盆と正月には各家庭で餅をつき、町の様々なイベントでも、餅つきが行われるなど、餅は町民にとって親しみ深い文化の象徴でした。
2022年に東京都から移住した谷田川さんは、当初から「文化を守ることは、復興と同時に行わなければならない」という強い信念を持っていました。移住当初、「ふるさと塾」というコミュニティ団体に参画し町の自然や文化を学ぶ中で、町民から「餅をつく企画を行ってみてはどうか」という提案を受けたことが、餅つき大会開催のきっかけとなりました。

当初は町の委託事業でしたが、現在はより持続可能な形を目指し、「大熊町里山活用協議会」という町民主体の運営へと移行しています。
谷田川さんインタビュー(大熊で活動する若手3人の座談会)
https://okuma-style.com/wmHYmKOu/diP_8SSN
地域の文化を「ないもの」にしないために
谷田川さんがこの活動に情熱を注ぐ背景には、自身の個人的な体験があります。東京で過ごした実家(築70年の日本家屋)を、祖母の死後に取り壊すこととなった際、何もできなかったという寂しさが、谷田川さんの活動の原動力となっているそうです。
「人口がゼロになった」と言われることもある大熊町ですが、谷田川さんはこう語ります。「町の中で何かが無くなったわけではなく、ただ止まっているだけ。でも、今誰かがその存在に気づき、触れられる形にしなければ、本当になかったことになってしまう」
谷田川さんが目指しているのは、単なる文化の「保存」ではなく、「熱量のある伝承」です。昔のままの形に固執するのではなく、今の世代が「楽しい」「美しい」と感じる体験を通じて、町のアイデンティティを次世代に繋ぎたいと考えています。
また、現在の渡部家住宅・家主の方との信頼関係も、4年間の活動を通じて深まってきました。最初は建物の中に入ることも難しかった状態から、今では共に清掃を行い、渡部さん自身が「この家を壊さなくてよかった」と思えることを目指して、場づくりを共創しています。

持続可能な「ふるさと」の形を模索する
「大熊町里山活用協議会」として独立した今、今後の展望について谷田川さんは多岐にわたるビジョンを語ってくださいました。
谷田川さんがまず何よりも大切にしているのは、「やめないこと」です。委託事業から町民活動へと形を変えても、細く長く続けていくことを最優先に掲げています。自分たちの生活の一部として、無理のない範囲で持続可能な形を模索し続けることが、結果として文化を根付かせることに繋がると考えているそうです。
さらに、大川原地区ならではの価値の創造にも意欲的です。急速に開発が進む駅周辺に比べ、大川原地区は「古き良き大熊町の生活」を肌で感じられる場所。今後は今回好評だった馬との関わりを深めることや、渡部家住宅周辺の竹を使ったワークショップなど、「遊び」を入り口とした体験型コンテンツをさらに充実させていく計画を語っていました。大熊町の持つ温かさや面白さを次世代に繋ぐため、谷田川さんたち大熊町里山活用協議会はこれからも活動を続けていきます。歴史ある古民家で、あなたも味わいのある生活・文化を体験してみませんか?
