8月1日、大阪のQUINTBRIDGE。企業の新規事業担当者や研修担当者、教育関係者、地域づくりに携わる人たちが集まった会場で、高知県立嶺北高校の生徒たちは、手元に原稿を置かずに登壇しました。ファシリテーターの問いを受けて、その場で考え、自分の言葉で返す。用意した発表を読み上げるのではなく、対話の相手として大人たちの前に立つ。それが、この日の生徒たちの立ち方でした。

本稿は、一般社団法人れいほく未来創造協議会が主催した【学校というフィールドで、地域の課題解決を高校生と考える!〜嶺北高校と地域のミライ・共創パートナー募集セッション〜】の開催レポートです。

人口1万人、高校はひとつ

高知県の北部中央、四国山地の山あいに広がる嶺北地域(土佐町・本山町・大豊町・大川村)。人口は約1万人、高齢化率はおよそ50%です。地域にある高校は嶺北高校ひとつだけで、生徒数は102名。

交通、医療、産業の担い手。足りないものを数えれば、全国の中山間地域と同じ課題が並びます。ただ、課題が早く、はっきりと現れる場所は、裏返せば新しいサービスや事業を実際に試せる場所でもあります。私たちが嶺北を「課題先進地」ではなく「未来創造のフロンティア」と呼ぶのは、そのためです。

そして、地域にひとつしかない高校は、その挑戦の真ん中に置けるはずだと考えています。「高校をつくることは、地域をつくること」。この日の大阪は、その考えを地域の外の人たちにぶつけ、一緒に動いてくれるパートナーを探しに行く場でした。

足りないのは「一緒に解く人」

会場で投げかけたテーマは四つです。豊かな自然資源を「稼ぐ産業」に変える一次産業。移住だけに頼らず、地域の外にいながら関わり続けてくれる人とのつながりをつくる関係人口。中山間地域の暮らしを支える新しいサービスを試すデジタル。そして、生徒一人ひとりの問いに専門家が伴走する教育。

どのテーマにも共通しているのは、地域の中だけでは担い手が足りないという現実です。アイデアを出すだけでなく、地域の課題を事業として一緒に解いてくれる外部のパートナーが要る。今回わざわざ大阪まで出向いたのは、その相手と顔の見える場で出会うためでした。

当事者が語る嶺北

壇上には、立場の違う三人が並びました。農業に携わりながら地域課題に向き合う町議会議員の澤田智則さん。約20年勤めた役場を辞め、新たな挑戦を始めた町田健太さん。生徒が主体となる学校づくりを進める嶺北高校教諭の川渕祐介さん。行政の内と外、学校の現場。それぞれの持ち場から見える嶺北が語られました。

そこに生徒たちが加わります。「自分たちの地域の未来を、自分たちでつくりたい」。事前の準備なしに出てきたその言葉は、支援される側の「未来の受益者」ではなく、未来を一緒に設計する当事者としての言葉として、会場に届いていました。

「もし自分なら」から始まった対話

後半は少人数のグループ対話です。問いは一つ、「もし嶺北高校を、地域の未来をつくる共創拠点にするとしたら?」。

「うちの研修プログラムを、この地域で試せないか」「生徒と一緒に商品開発をすれば、新しい価値が生まれるはずだ」。参加者それぞれが、自分の仕事や経験に引きつけて「自分ならこう関われる」を持ち寄り、初対面同士でプロジェクトの輪郭を描いていきました。最後には、各グループから「明日から試せる小さな一歩」が共有されました。

終了後のアンケートにも、具体的な申し出が並びました。「イベント企画のお手伝いや起業の支援ができれば」「繋げることや0から1を支援します」。さらに「所属組織として検討したい」「決裁できる立場にある」という回答もあり、その場の盛り上がりで終わらせない意思を感じるものでした。

関わり方は、三つから選べます

「関わりたいけれど、何から始めればいいかわからない」。そうした声に応えるため、私たちは関わり方を三つに分けて用意しています。

一つ目は、生徒の探究にオンラインで伴走する「探究メンター」。月に一度の対話からでも、生徒の問いは大きく変わります。二つ目は、地域や学校の具体的なプロジェクトに継続的に関わる「プロジェクト伴走者」。事業や研修の実証をともにつくる関わり方です。三つ目は、イベントの運営や現地での受け入れを手伝う「イベント・現地サポーター」。まずは嶺北に来てみたい、という方の入口にもなります。

距離があっても関われる形から、現地に足を運ぶ形まで。関わり方の濃さは、それぞれに合わせて選んでもらえればと思っています。

次は、嶺北とつなぐ

アンケートでいちばん多かったのは、「まず一度、嶺北に行ってみたい」という声でした。

一方で、生徒が毎回大阪まで来るのは簡単ではありません。そこで次回に向けて、嶺北とQUINTBRIDGEをオンラインで双方向につなぎ、大阪の会場と嶺北の教室が同時に対話できる形を検討しています。大阪で始まった対話を、今度は嶺北の側からも続けていくために。