川端 廣(かわばた こう)さん


生まれ育った紀南の地で、そこにある豊かな自然と都会で培った技術を掛け合わせ、サステナブルで平和な未来のためにできることを模索する日本料理人、川端廣さん。串本町出身で地元ホテルの和食部門に就職。大阪の割烹料理店や京都の料亭で経験を重ねたのち、2019年に帰郷した。現在は串本町から車で1時間ほどの新宮市にご自身の日本料理店cayenne(カイエン)を構え、腕を振るっている。造園士である父や、ある料理人から影響を受け、料理の奥深さを感じるようになったという。そんな川端さんが再び紀南の地に帰り、料理と向き合う理由について伺った。

美しさの法則

新宮市は自然や歴史文化、生活の利便性が程よくそろった人口27,500人ほどのまち。三重県との県境に位置し、「熊野古道」として知られる世界遺産の熊野速玉大社や参詣道がある。

この地で、静かで落ち着いた雰囲気の日本料理店cayenne(カイエン)を営む川端さんだが、飲食業に携わるようになった当初はお客さんがフランクに集まって話せるお店がしたいと考えていたという。

「就職したホテルが和食だったんですけど、それが自分が思っていたものと全然違って。挫折もあって、でも負けたくないというのがあったので続けました。そうしている間に、『和食とは何やろう』と考えるようになり。父親がもともと造園士やったんで、料理にも庭と繋がる日本の文化があって、そういうのを意識してみると段々面白くなっていきました。こういうのって、後世に伝えていかなあかんことなんじゃないかと若いながらに思って。」

庭師をしていた父親から、日本庭園の美には規律があるという話を聞いていた川端さん。日本の美しさや、自然美が日本料理に繋がっていると気づいたとき、面白さを感じたという。

その後、本格的に料理を学ぼうと地元を離れて大阪へ。競争率が激しく、技術が目まぐるしく発展する環境に身をおいて修行する日々。そんなさなか、川端さんの料理への向き合い方にさらなる影響を与える人との出会いが訪れる。

cayenne(カイエン)にて。店内は暗めの照明で上品な雰囲気。

都会の技術と田舎の自然を掛け合わせ、時代に挑む

「東京でミシュランの星を獲得されているシェフが、里山料理っていうものを作られていたんですよ。その方が言うには、『標高の高い場所の土はミネラルが豊富で、ミネラルを形成する微生物も豊富にいる。その土の香りというのは、本当に甘い香りがする。それを伝えるために私は何ができるかと考えて、土のスープを作りました。そういうものが今後、世の中には必要になってくるのではないでしょうか』と。すごいなと思って。7年前に聞いてからずっとそれを考えて、考えるからこそ自分に足りないものがなにかを迷うようになって、京都に行ったんですよ。」

京都の深々とした文化に触れて、革新的なこと、伝統的なことを考えるうちに川端さんのなかで日本料理への理解が深まっていく。同時に、目指したい方向性も定まっていったという。

「日本料理は、やっぱり身体に優しいものであって、その上で栄養価も高い。そういうものが歴史的に受け継がれて今も続いているんやなと。それを上手く循環させているのがサステナブルやなって思ったんですよ。そういうことを、もっとわかりやすいように表現していければなと。」

料理を通して自分にできることを考えた末に、和歌山県に帰郷。

「紀南は、人の豊かさであったり、食材もええものがそろうし、生きていく環境としても素晴らしいところで、それを一つの形にしたいなと思って、ここをやらしてもらっています。大阪や東京みたいな競争率の激しいところでやるのも一つですけど、その競争率とか表現力の進化の速さをそのままここでやっていきたい。そしてそれをここの自然であったり文化であったり、そういうものとあわせながら日本料理としてイノベーティブな発信をしていきたい。」

日本料理と日本の自然。和歌山の豊かな自然は、川端さんの料理にどのような影響を与えているのだろうか。

セコガニを熊野の自然で包んだ料理「~Umi~from Kumano」。熊野の自然の恵みである海の石や流木を使うことで、熊野地方を表現しています。

先人の思いを引き継ぎ、日本料理人の視点で紀南から提案するサステナブルな未来

はじめは何気なく料理の世界に入り、その後様々な人から影響を受けて熟考するなかで日本料理にのめり込んでいった川端さん。満を持して新宮市でお店を開き、そこにある自然をどのように料理に活かしているのか尋ねた。

「例えばですけど、秋が深まり紅葉してくる。苔が生えていて、金木犀の香りが漂う。ドラマチックで、何にも代えがたい美しさがある。それを捉え、表現するから人に伝わると思うんです。日本料理そのものが季節を捉えるものなので、そこに先進的な技術、思考で落とし込んでいくことで自分なりのオリジナリティを持って紀南を伝え、自然を感じてもらいたい。ここのリアルを伝えるなら、ここでしかできないと思います。」

季節を捉え、メニューも1か月ほどで更新。つよい気持ちをもって和歌山の魅力やサステナブルなあり方について発信しようとする川端さんにその理由を尋ねると、少し考えたあとにこう応えてくれた。

「何か地域に還元したい……、いやそれはおこがましい。自分にできることは小さいかもしれないけれど、この先に本当に平和な世の中があってほしい。戦後、食糧難の時代、誰かが先導してきたから今の世の中があると思うんです。先人から学んで、ちゃんとした未来にしていきたい。廃れていくのをただ見るのはいやだ。『これからやで』って言われている気がするんです。僕ひとりではできないので、みんなと協力してやっていけたらと思います。」

海に囲まれた島国、日本。豊富な水は生き物を育み、四季折々に移り変わる自然の姿は日本人の感性を育ててきたに違いない。そこから生まれる日本料理を守り、発展させていくことは、まさに今ここにある自然と暮らしを守っていくこと、サステナブルで平和な世の中に繋がることである。そんなふうに思わせてくれる川端さんのお話だった。

料理に限らず、自然が感じさせる時間の移ろいや、二度とない偶発的な風景は、日々のストレスや息苦しさから開放し、穏やかな気持ちやふとした閃きを与えてくれるはずだ。