青葉が目に鮮やかな季節となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回紹介する名勝「猿橋」は山梨県大月市の観光名所です。

猿橋の前によく付けられる「名勝」という言葉ですが、これは文化財の区分のことです。「名勝」は、景色が特に美しく、芸術的・鑑賞的な価値が高いことを意味しています。
つまり、猿橋は橋自体が文化財なのではなく、その周辺の景色も含めて文化財に指定されているのです。
今回は猿橋だけでなく、文化財の構成要素である渓谷の自然的な特徴や、猿橋が秀でた景色を生み出したいくつかの要因について解説します。
また、猿橋の景観をより楽しめるアウトドア体験について紹介しますので、ぜひ最後までご覧ください。
猿橋について
桂川の深く美しい渓谷に架かる猿橋は、その珍しい構造から「岩国の錦帯橋」、「木曽の桟」とともに日本三奇橋の一つとされています。高く険しい崖に橋脚を用いない、桔橋(はねばし)構造で架けることは大変難しい技術であり、その珍しさと美しさが人々の心を惹きつけてきました。
四季折々に変化する美しい渓谷に架かる奇橋の景観は、江戸時代には、甲州街道きっての名勝とうたわれ、多くの文人・墨客が訪れています。中でも歌川(安藤)広重は猿橋の美しさに非常に感動し、『甲陽猿橋之図』を世に残しました。

(明治時代の猿橋の絵葉書、上の橋「猿橋」、下の橋「鉄道橋」)
こちらは明治時代の猿橋です。現在の猿橋と異なり、太鼓橋のように丸みを帯びず真っ直ぐに架けられていることが分かると思います。
猿橋は木橋であるため、約30年に1回の架け替えが行われていました。しかし、昭和59(1984)年に架け替えられた現在の猿橋は内部に鉄骨を入れているため頑丈で耐久性に優れた構造となっています。
猿橋が名勝に指定されたのは昭和7(1932)年です。その後、昭和26(1951)年と昭和59年に架け替えが実施されています。
ちなみに、明治33(1900)年から昭和59年の架け替えまで橋幅は約5.5mありました。猿橋は元々、甲州街道の要衝であり、明治以降は国道として利用されたため、車が往来できる幅である必要があったのです。しかし、昭和59年に架け替えられた時点では車が通行できる新猿橋が架けられていたため、交通のための橋ではなく、名勝のための橋として、嘉永4(1851)年の出来形帳(設計図)に基づいて幅3.3mの太鼓橋のような構造に仕上がっています。実用的な橋から、鑑賞的な橋となり、名勝の橋としてより美しい景色を見せてくれます。
渓谷の自然的な特徴
猿橋が架かる渓谷は、両岸が30mを越え、ほぼ垂直に切り立っています。岸壁のほとんどは約1000万年前の凝灰岩から成り立ちますが、右岸(南側)の上部は溶岩によって覆われています。
この溶岩は約8000年前、富士山が噴火した際に猿橋付近まで到達したことから、「猿橋溶岩流」と呼ばれています。有史以来富士山は何度も噴火を繰り返していますが、この猿橋溶岩流が最も遠くまで流れた溶岩と言われています。
猿橋公園から猿橋へと向かう遊歩道では、この溶岩流を確認することができます。

(引用:山梨地球科学研究所 2019『やまなし地球科学研究所だより第9号』昭和測量株式会社)
画像をご覧いただくと、上が猿橋溶岩流、下が礫層となっています。そして、溶岩と礫層の間には規則正しく並ぶ割れ目があります。これを柱状節理と言います。下の礫層は、かつての桂川の川底にあたります。その上を溶岩が覆いました。上部溶岩は空気に触れ急速に冷やされますが、下部の溶岩はゆっくりと冷えることにより、柱状節理が形成されます。

(引用:山梨地球科学研究所 2019『やまなし地球科学研究所だより第9号』昭和測量株式会社)
噴火後、桂川の流れは再び山中湖から流れ、凝灰岩と猿橋溶岩流を侵食しました。現在では、その侵食作用によって、礫層や柱状節理を確認することができるのです。

(下流から撮影、左「思い出の滝」、中央上の橋「猿橋」、中央下の赤色の橋「新猿橋」)
ではなぜ、これほどまで高い絶壁に猿橋を架けたのでしょうか。
実は、江戸時代の猿橋架け替えの際には、下流に100mほど行った地点に仮の橋を架けたという記録が残っています。川幅は広まるものの、河原が広がり、架ける高さは低く、流れの勢いも弱まるため、橋脚を用いた橋を架けることも可能だったはずです。
しかし、猿橋は長い年月その場所に架けられています。
この理由について、次のような解釈があります。通常の橋では、川幅が広いために多くの材料が必要になる上、増水時に橋脚が流されるリスクがあります。川幅が狭く高い位置に桔橋を架けた場合、架橋工事が難関であるものの、そのようなリスクを回避できます。
どちらも一長一短ありますが、両者を比較して選ばれたのが現在の猿橋の位置、猿橋の工法なのでしょう。
また、現在では新猿橋、猿橋、国の重要文化財に指定されている、八ツ沢発電所第一号水路橋の3つの橋が架かっているうえ、今ではもう姿を消してしまいましたが昭和43年まで鉄道橋が通っていました。

(大正時代の絵葉書上から、「猿橋」、「鉄道橋」、「八ツ沢発電所第一号水路橋」)
こうした事実が、この川幅の狭まった場所が人の往来や物資の輸送の面でいかに重要であるかを物語っていると思いませんか。
山梨アウトドアプロジェクト
最後に、猿橋の景観をより楽しむためのアウトドア体験をご紹介します。
山梨アウトドアプロジェクトが行う、「猿橋遊覧」では、ボートに乗り、桂川が生み出した渓谷美を堪能しながら、猿橋の下を通過することができます。

・価格:2000円~(夜間の体験は価格が変わります。)
・予約:090-3200-3684
・山梨アウトドアプロジェクト:https://l-outdoor.com/
大月市郷土資料館
大月市郷土資料館は、1991年の開館以来、市の歴史や文化を学べる拠点として親しまれています。館内では、縄文時代の出土品から戦国時代の岩殿城、江戸時代の甲州街道、明治の鉄道開通まで、原始から近代に至る歩みを幅広く紹介しています。
現在は入館料が無料(試行期間中)で、特別展や歴史探検ツアーなどの教育普及活動も充実しています。郷土の魅力を再発見しに、ぜひ気軽に足を運んでみてください。

・受付時間:9:00~16:30
・入館料:無料
・場所:大月市猿橋町猿橋313-2
・JR中央線猿橋駅より徒歩10分、中央高速自動車道大月インターより車で15分、上野原インターより車で30分、猿橋より徒歩10分
・お問い合わせ:0554-23-1511(大月市郷土資料館)
・公式Instagram:https://www.instagram.com/shiryou_otsuki/

