「地域のキーマンに聞く「新しいニッポン」への道筋」、第三回は、広島県の湯﨑英彦知事です。
通産官僚、ITベンチャーの起業家を経て広島県知事という異色の経歴で、就任以来、アグレッシブな試みを次々と実行されてきました。広島県の目指す新しい地域戦略をテーマに行われた、ネイティブ株式会社代表・倉重との対談。
最終回の今回は、広島県ならではのライフスタイル、そして人材育成と、その背景にある湯﨑知事のバックグラウンドについて語っていただきました。

第一回はこちら
広島県が目指すアフターコロナの地域戦略 〜広島県 湯﨑英彦知事(1)

第二回はこちら
広島県が目指すアフターコロナの地域戦略 〜広島県 湯﨑英彦知事(2)

広島県でかなえられる「欲張りなライフスタイル」とは

倉重:「広島」というのは、世界中で知らない人はいない地名です。

湯﨑:はい。

倉重:現在、SDGsの流れが当たり前で、全ての基盤になりつつあると思うんですが、そのメインテーマであるサスティナブル(持続可能性)という点においては、ある意味「広島」が世界で最も強く実現してきた部分があるとも言えます。このSDGsという観点では、知事はどうお考えでしょうか?

湯﨑:歴史的な側面という意味では、おっしゃるとおりで、我々は平和という切り口からSDGsの推進というのもやっているんですけども。でもそれだけではなくて、広島という地がですね、人口120万ぐらいの広島市という都市もあり、でもそこから30分とか1時間行けば日本で最も田舎なところがあるっていう、そういうところなんですよ。

倉重:都会と田舎が近いですよね。

湯﨑:はい、そうなんです。特にポストコロナの社会を考えたときに、イノベーションを起こすにあたって、やっぱりリアルな集合や集積、人と人がリアルに会うということも必要だけども、でも考えてみれば、常にリアルである必要もない。

倉重:そうですね。

湯﨑:つまり、これからは集積と分散のバランスが、持続可能性を生むということが言えると思うんです。例えば首都圏で大水害や地震が起きたら大変なことになる点を考えても、やはり人々がもっと分散していくということが重要ですよね。

倉重:ずっと指摘され続けているポイントだと思います。

湯﨑:その点、広島県は120万人の広島市と、それに福山市も50万人の都市ですから一定の集積がある。そしてそのすぐそばに田舎があり、自然に囲まれた豊かな生活もしながら、必要なときには都市の利便性も享受できる。適散適集、つまり適切な分散と適切な集積っていうことが、アフターコロナの時代において求められることだと思います。広島はそれをまさに体現しているところだし、これからのまちづくりは、全国的にもそういう方向で進んでいくと思うんですね。

倉重:まったく同感です。

湯﨑:それを我々は県として、新しいライフスタイル、社会のあり方としてより強く提案していきたい。実は、これまでも「欲張りなライフスタイル」といって、自然と都市と両方、必要な機能を使えますっていうことを言ってきたんですけど、現在それがより一層目指すべき姿として社会的に認知されてきたと思います。

独自の方針にスピード感も。広島県の教育施策の裏側にある思い

倉重:特に広島県で今力を入れてらっしゃることとして、教育分野がありますよね。やり方もユニークだし、スピード感や注力度合いもかなり目立っていると思います。大崎上島町に県立の中高一貫のボーディングスクールである叡智学園を設立したりとか。さらに広島市内では新たな大学(叡啓大学)を立ち上げられるともうかがいました。そのあたり、どういったコンセプトで、どんな人材育成をと考えて進められていらっしゃるのかをお聞きしたいです。

湯﨑:ここ十数年くらい、これまでの詰め込み教育はやはりもう限界がある、考える力を身につけなきゃいけない、クリティカルシンキングを教えなければいけない、などと言われてきましたよね。産業界からまず声が上がってきた。

倉重:はい、そうですね。

湯﨑:自分で考えて課題を設定して、解決方法を探る人材が必要だと。それで大学の入試改革が始まりましたよね。

倉重:はい、はい、はい。

湯﨑:でも、よくよく考えれば、大学でそれを始めても遅いんじゃないかと思ったんです。大学で、考える力だとか人と協働する力だとか、レジリエンスと言われますけども、それを大学で発揮しようと思ったら、高校で身につけなきゃいけない、高校で身につけるためには中学で学ばなきゃいけない、となるとどんどんさらに小学校から幼稚園まで下りてきて。

倉重:スタートから考えるべきだということですね。

湯﨑:はい。だから、これはやっぱり生まれたときからの一貫した教育であるという認識に立って、まず中等教育の学びの変革として、知識ではなくて、その知識を使って何ができるのかを学ぶ。教えてもらうのではなくて、それを自ら学ぶ、身につける、そしてそれを実際に応用できる。こういう教育の場づくりを進めていこうと。
そして叡智学園を作ったんです。それを広島県の私立を含む全ての学校で展開していこうという方針を出しています。

倉重:それが叡智学園のコンセプトなんですね…。素晴らしいですね!

湯﨑:それからもっといえば、幼児教育も重要ですね。生後18ヶ月ぐらいの間の教育が、後からものすごい差を生むとも言われています。最終的に考える力とか協働する力、そういう力を身につけるための幼児教育というスタンダードを我々が作って、全ての幼稚園とか保育所とか、もっと言えばそういうところに入る前から。だから、究極的には、子供が生まれる前の、親の教育から始めなきゃいけないとも考えられるわけです。

倉重:なるほど…。そこまでお考えなんですね。

湯﨑:はい、今はそこから考え始めているんです。人材育成というのは首尾一貫してやらないと、大学生にだけやっても無理なんですね。

倉重:なるほど、なるほど。うかがっていると、単純に学生に対する教育に注力するというよりも、本当に生まれるときから社会人になってその後活躍するところまでの人生の流れを一貫して考えていらっしゃるんですね。そこである意味「豊かな人生を送る」ための、独自の政策を打っている…そのあたりが広島県の特徴なんですね。

湯﨑:例えば日本では、これからの世の中ではアントレプレナーシップ(注:起業家精神)が重要だということで、大学でそういう教育をやるところが増えていますよね。

倉重:はい、最近特に増えていると思います。

湯﨑:もちろんそれには意義もあるし、重要だと思います。でも一方で、その源流だと思われているアメリカでは、アントレプレナーシップ教育というプログラムはほとんどないんですよ。

倉重:そうなんですか?

湯﨑:皆さんスヌーピーの漫画って見たことあると思うんですけど、登場人物がレモネードを売っていますよね。お小遣いを稼ぐために。

倉重:はい。見たことあります。

湯﨑:あれってやはり、自分の責任で自分のために何かを工夫して働く、リスクをとってやるっていうことを学ぶ仕組みが、社会システムとして組み込まれている証拠なんですよね。

倉重:なるほど、なるほど。

湯﨑:やっぱり小さいころからの一貫した観点のないまま、例えば大学生向けに突然「ビジネスプランコンテスト」をやっても、効果は限定的だろうと思うんです。そういうことは、生まれたときからの積み重ねが大事だと思うんですよ。

倉重:それはすごく納得しますね。

湯﨑知事を生み出したバックグラウンドと、大学のあり方

倉重:教育という点もそうですし、観光という面でも、はじめに知事が「瀬戸内全体で広域に捉えて、一貫性のあるブランディングをすべきだ」とおっしゃって、それが今の「せとうちDMO」(注:瀬戸内ブランドの確立、観光産業活性化に取り組む官民連携組織)という組織につながってきています。そうして見ると、湯﨑知事のお考えには、まず広くとらえて、そこから一貫性のある政策に落とすという発想が共通してあるように感じたんですが、いかがでしょうか?

湯﨑:そうですね。ベンチャーを起業した経験から、他人とは違う枠組みで考えないと競争に勝てない部分もありますし、枠組みを変えることによって新しい価値を発見できるという思いは強いかもしれませんね。あえて人と違う観点は意識するようになったかもしれません。

倉重:そうなんですね。

湯﨑:あと、ビジネススクールなどでは、物事を首尾一貫するっていうことの大切さを実感するんですよね。それは組織作りもそうですし、戦略もそうです。そういう意味で、例えば教育も観光も、首尾一貫してやっていくことが必要だと。

倉重:なるほど、やはり「首尾一貫」ですね。実はこのインタビューの、ひとつ前の、最初のインタビューが、APUの出口学長なんです。奇しくも、本当に共通した話をうかがえたんですけど、出口さんの場合は、「タテ・ヨコ算数」という主張をされています。「歴史的、世界的観点で広く捉えて、データによるエビデンスを重視する」という一貫した視点で物事を捉えるという発想です。
また、出口さんは、地方にある大学の学長でいらっしゃるので「地方創生と大学は、親和性があるんですね」という話をしていたら、「いやいや、それは全く逆で、そもそも大学は、スタンフォードでも、ケンブリッジでも、地域と共存共栄の関係にある存在なんだ」と。地域振興は大学のミッションそのものだとおっしゃっていました。考え方のスタイルや、教育と地域をつなげて捉えているところなど、お二人にはかなり共通点があると思いました。

湯﨑:いや、全くそのとおりだと思いますね。大学のあり方自体が、ある意味地域と共存共栄の関係になっていますよね。

倉重:そうですね。

湯﨑:よく産学連携って日本では言われますけど、産学連携という言葉は、最近まで海外では言われていなかったんです。

倉重:そうなんですか?

湯﨑:もともとそういうものだから、あんまり意識されていなかったと思います。特にスタンフォードなんかだと、その地域の企業に人材を輩出して、その地域の優れた人が大学に教員として入ってくるとか、教員が起業するっていう、この循環がもう当たり前です。

倉重:そうですか…やっぱり日本とは違いますね。

湯﨑:そうなんです。もちろんそこで成功した企業が大学に還元するとか、個人が大学に還元するっていうことも、当たり前になっていますよね。それ自体が地域性に非常に強く結びついています。

倉重:なるほど。なるほど。

湯﨑:そこがやっぱり大学の競争力であり、地域の競争力でもある。大学は地域にも民間にも開かれている必要がある。そうすることで、大学にとっても外のリソースが自分たちの研究のリソースになっていくはずです。

倉重:官民連携というのは、そういうことなんですね。

湯﨑:はい。大学の研究者だけじゃなくて周囲の研究者とか、企業にいるエンジニアが、地域の中でコミュニティを作っていて、そこでの人材の交換みたいなことが起きているわけですよね。だから大学にとっても企業にとってもすごいメリットがある。

倉重:そうですよね。宇宙開発の分野でも、今アメリカでは、NASAの有能な人材が、あのイーロン・マスクが創業したSpaceX(注:再利用できる宇宙ロケットを開発したことで有名なアメリカの民間企業)に大挙して転職してるって聞いたことありますが、そういうことを平気でやるがまさにアメリカの凄さだなと思っています。

湯﨑:そうそう。本当にそうですよ。

やるべきことを、どの立場からでも最速で実現する姿勢

倉重:そういう意味でいうと、湯﨑知事自身が、東大に行かれて官僚になられて、ITベンチャーを立ち上げて、そして地方の首長になるっていう、この「ひとり官民学連携」的な(笑)キャリア自体も、もしかしたらそういうことをメージされてこられたからだという背景があるのかなと思ったんですけど。

湯﨑:いやいや(笑)、そこまでではないですけどね。

倉重:ご自身が広島に戻るときは、どういうお気持ちだったんですか。

湯﨑:やっぱり自分の経験だとかトレーニングしてきたことが、どこで役に立てるだろうかとは思いました。もともとパブリック思考があったので、それを考えていたときに、たまたま知事選挙があったことも含めて、地域に恩返しできるんじゃないかなと思ったんです。

倉重:そうなんですね。

湯﨑:あえて今風の、メンバーシップ型かジョブ型かという話でいえば、私自身は、(社会に役に立つという)ジョブ型を追求してきたのかもしれません。

倉重:なるほど!官民という場所は関係なく、首尾一貫してやりたいことをやってこられたということですね?

湯﨑:そうそう。そういう仕事をやる、やりたいし、できるんじゃないかって思いながら、それを色んな場所で追求して来たのかもしれません。

広島から世界につながる、これからの未来

倉重:最後におうかがいしたいことがあります。今は、教育や企業も含めて、地域が東京を経ないで、直接世界とつながるという世の中にもなりつつあると思うんですが、そのあたりも湯﨑知事のイメージとしてお持ちなんでしょうか?

湯﨑:もうまさにその通りですね。先ほどの叡智学園は、学びの変革に加えて、グローバルにも活躍できる人材を目指して、英語でバカロレア(注:世界共通の大学入試資格とそれにつながる小・中・高校生の教育プログラム)を取るというプログラムにしています。

倉重:なるほど。

湯﨑:そうすると、従来は地方から東京に行って東京から世界につながるっていうモデルだったのを、地方が直接世界とつながっていくと。だから、もう私がここ!と決めたところが世界の中心であると。

倉重:叫ぶわけですね!(笑)

湯﨑:今いる場所が世界の中心で、そこから他の世界につながっていくという発想で取り組んでほしいと思っています。地域課題を解決するためにも、東京とつながるよりも世界と直接つながった方がいい場面が、これからますますたくさん出てくると思うんですよ。

倉重:まさに、私もそう思います。地方活性化はグローバル事業だと思っています。

湯﨑:むしろ、世界を見たら、別にどこにあっても一緒ですよね。東京に一度行くよりも広島から成田経由なり福岡経由なり、もちろん広島空港からでも世界に簡単に行けちゃう時代です。

倉重:そうですよね。

湯﨑:それを考えると、地方の企業も直接世界をお客様にビジネスをしていこうと発想してほしいですし、そういう人たちが地方でビジネスを育ててほしいなと思います。そのための人材供給も、我々は中高レベルから新しい大学までやっていきます。先ほどご紹介いただいた新しい県立大学、叡啓大学もそうですし、広島大学でもそういうことを始めています。

倉重:瀬戸内7県は、実は在域人口だけでも1,500万人ぐらいかと思います。国内マーケットだけでもそんなに大きいですし、コロナ前は本当に多くの外国人観光客が来るようになってきて、これもいつかは必ず戻ると思うので、そういう意味でも世界と直接つながる地域が実現しつつあるという感じがします。

湯﨑:そうですね。そして更に、リアルに行かなくてもデジタルでできるっていうこともわかったので。

倉重:あー、そうですよね。

湯﨑:デジタルを中心にしながら、リアルでももちろんやっていくっていう、そういうことがよりやりやすくなったと思いますね、うん。

倉重:今日うかがった広島県の取り組みは、本当に先進的だと思いますし、湯﨑知事のキャリアからくる発想や思考も、日本の一つのモデルケースになるようなことだと強く感じました。我々もそうした活動の発信に少しでも貢献できればと思います。

湯﨑:はい、ありがとうございます。ぜひよろしくお願いします。

倉重:本日は本当に貴重な機会をいただきまして、ありがとうございました。

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広島県知事 湯﨑 英彦(ゆざき ひでひこ)
広島県出身。東京大学法学部を卒業後、通産省(現経済産業省)に入省。株式会社アッカ・ネットワークスを設立、代表取締役副社長を務めた後、2009年に広島県知事に就任、その後3選を果たす。

【インタビュアー】ネイティブ株式会社 代表取締役 倉重 宜弘(くらしげ よしひろ)
金融系シンクタンクを経て、2000年よりデジタルマーケティング専門のベンチャーに創業期から参画。大手企業のネット戦略、Webプロデュースなどに数多く携わる。2012年に北海道の地域観光メディアを立ち上げたのをきっかけに、2013年「沖縄CLIP」、2014年「瀬戸内Finder」を手がける。2016年3月、地域マーケティング専門企業「ネイティブ株式会社」を起業し独立。