「地域のキーマンに聞く「新しいニッポン」への道筋」、第三回は、株式会社パソナグループの 南部靖之代表です。
コロナ禍中に発表され、大きな話題を呼んだ淡路島への本社移転。まずはその決断の裏にあったお考えをうかがいました。

1)話題になった今回の決断、実は数年前から考えていた理由があった

倉重:まずお伺いしたいのは、やはり南部代表がコロナ禍中に発表された淡路島に本社機能移転されるという話です。ものすごく大きな話題になったんですが…。

南部:はい。

倉重:南部代表のオフィシャルサイトを拝見したら、今年の年初、コロナ前ですが、今年は「挑(いどむ)」という字を掲げたと書いてありました。結果、ものすごい「挑戦」の年になったわけですが、こんなに大きな挑戦をするっていうふうに思ってらっしゃったんですか?

南部:いや全然。「大きな挑戦」とは思っていないですね。というのも、淡路島の地方創生事業は2008年からスタートしていて、実は移転の構想も以前から持っていました。「心構え」ができていたと言えます。
2020年はいわゆる「庚子(かのえね)」と言って、古いものが壊れ新しいものが生まれ創造されて、全てが変わっていくという、60年に一度の節目だと言われていましてね。

倉重:へぇぇぇ。そうなんですか?

南部:私は信仰とか宗教とか占いとか、そういうものを特別に重んじるほうではないんですが、世の中の流れからしても大きな変化のタイミングになる可能性はあるだろうと。もちろん、それがこういうコロナ禍だとは思いもしなかったんですが、もしかしたら何かの大きな災害かもしれないし、全く別のことかもしれないと。

倉重:なるほど。

南部:社会や経済に大きな危機が起こっても、会社を存続させるためにいろんなことを変えていく準備を始めていたんです。2015年には淡路島にイノベーションチームというのを作りましてね。毎年、20人〜25人くらいの新入社員を配置してきました。

倉重:なるほど、そうだったんですね。

南部:それがたまたま「庚子」の60年で。
だいたいリスクっていうのは、喜びの絶頂で、世の中が盛り上がっているさなかに、どこからともなく音もなくひたひたとやってくる。

倉重:はい。たしかに。

南部:オリンピックがあり、世の中が楽しく夢に燃えて希望にあふれているそのときこそ、油断大敵ではないですけれども、もしものことに備えておくべきだという考えがありました。私はやっぱり創業社長ですし、パソナグループには約2万人の社員と、その何倍もの数の派遣スタッフの方々がいます。いろんな意味でこの「パソナファミリー」を守らなければならないし。

倉重:はい、比べるのはあまりにも気が引けますが、自分も一応創業者なので、経営者としてそういう予兆をどう察知されるのかにはものすごく興味があります。
どんなふうにアンテナを張って、どう察知されているんだろうと。

南部:ゼロから会社を創ってきましたからね。目をつぶっていても、どこで何がどうなっていくのかって、多分5年でも10年経でも、20年たってもわかるものなんです。

倉重:うーん。

南部:自分の会社に対しての思いもそうだけれども、それがもう50 年近くやってると、経済危機や自然災害など、周期的にいろいろ経験してきましたから。

倉重:そうですよね..。

南部:歴史的な視点で感が手も、いざというときに備えておかないと。(創業社長というものは)自分は60歳で定年だとか、あるいはあと5年やればいいかとか、そういうものではないですよね。企業というものは、「ベストセラー」じゃなくて「ロングセラー」であるべきだと思っています。

倉重:うん、うん、うん。

南部:ですので、今回も以前から「いざというときへの備え」があったんです。「いきなりで大変だ」というよりも、全社員みんながそのつもりで「心の準備」があったんです。

倉重:そうなんですね。

南部:心の準備というものは、お金だとかいろんなツールよりも大事なものです。パニックにならずに、その危機に対して全てに準備できる。会社として従業員の雇用を守りながら、みんながちゃんと生活できるような場を作っていかないといけない。淡路島にみんなを集めて、みんなに来てもらって、ここでやろうというタイミングがとうとうやってきた。どちらかというと、挑戦するというよりは備えてきたという感じです。
「挑」という字は「兆し」を「手」で掴むと書くでしょう?

倉重:あ。本当ですね!

南部:「兆し」があって、そのことをわかっていても、それを掴もうとしない人もいますよね。その結果、「しんにょう」がついて、「逃」げてしまうわけです。

倉重:なるほど(笑)。

南部:反対に「兆し」を見つけたら植樹をしてね、「木」へんをつければ「桃」。まさに桃源郷、理想郷を創ることができるのです。

倉重:なるほど!すごい!

南部:漢字というものは、きちん作られてるんですよね。私はこれまでも、そういうことをみんなに言ってきましたから、多分みんな誰も慌てもしないしパニックにもなってないと思います。倉重:今日、一番うかがいたかったのはそこでして。「いつから考えられていたのか?」と。

南部:もちろん決断したのはコロナ禍の最中です。やっぱり人間というものは、そうは言ってもなかなか決断できるものじゃないですよ。決断っていうのは難しいことです。

倉重:そうですよね。

南部:今度のコロナ禍は、ある意味でポンっと背中を押してくれたわけですよ。最終的には。

倉重:やっぱりどこかにずっと思ってらっしゃる期間があって、そのタイミングがついに来たと思われたんですね。

南部:私はそう思いますね。

2)移転先を淡路島に決めた「3つの利」とは?

倉重:一方で、世の中は、やっぱり今回の1000人以上の社員を動かすというのを、すごいドラスティックに受け止めて、ものすごい話題になりました。

南部:そうですね。

倉重:知らない人はいないぐらいのニュースになったと思うんですけど、これほどの大きな反響があるというふうに思っていらっしゃいましたか?

南部:まったく思わなかったですよ(笑)。

倉重:あ…そうでしたか。

南部:それとね、みんな淡路島って知らない(笑)。

倉重:そうなんですよね〜(笑)。

南部:淡路島がどこにあるのか、どんな島なのか、どのくらいの大きさなのかも全く知らない人がほとんどでしたよね。10人に聞いたらね、8人いや、9人はわからないと思うんです。

倉重:私自身、愛知県出身で、東京が長いので、以前はほとんど知りませんでした。数年前に仕事で何度も伺って、めちゃめちゃいいところだと知ってですね(笑)。

南部:そうそう(笑)。

倉重:本当に。関西の人にとっては身近で、普通にファミリーとかカップルで遊びに行く定番の場所なんですよね。

南部:そうなんですよ。

倉重:御社もいっぱい施設を作られてらっしゃいますけど、楽しめる場所もいっぱいあって、最近はおしゃれなリゾートもできていますし。

南部:はい、いいところですよ。

倉重:あと、サイクリングの聖地でもありますよね。確かにほとんどの人がそれを知らない。場所的にも神戸にも近いですし、本当にいいですよね。

南部:でもメディアを見ていても、特に海外メディアでははるか彼方の離島のような感じで報じられていて…。

倉重:そうですよね。

南部:違いますよ。淡路島は大阪にも近いし神戸にも近いし、「3つの利」がありますよとお話ししています。
ひとつは「天の利」ね。これは穏やかな気候。雨が少なくて、あたたかくて。天候に恵まれています。

倉重:はい。

南部:ふたつめは「地の利」。すぐ近くに関空、神戸空港、伊丹空港に徳島空港と、4つの空港がある。それと、1時間程度で行ける範囲に5つの世界遺産がある。

倉重:なるほど!

南部:たぶん世界でも、1時間圏内で行けるところに5つも世界遺産があるところってそうそうないと思います。姫路城、京都、奈良、それと吉野の金剛峯寺、昨年新しく指定された仁徳天皇陵。5つもあるんですよ。

倉重:本当ですね!

南部:そこにみっつめはね、「時の利」。2025年に大阪万博が行われれば、世界中から人が集まってくるんです。この世界中から人が集まるというエネルギーって大きいですよ。だからね、「天の利」「地の利」「時の利」。この三つを淡路島は持っているんです。

倉重:なるほど。それ、めちゃめちゃ説得力ありますね。

南部:作ろうと思っても、こんな場所は作れないですよ。すごい財産がいっぱいあるんだから。それをこれからみんなに知ってもらって、もっと淡路島のことが広まって、世界中から注目してもらえる地域になるんじゃないかと思うんです。

倉重:はい。

南部:なので、私は日本の人口一極集中を解決する発端となる場所があるならば、どこが一番ふさわしい場所かなと考えたら、それは間違いなく「淡路島」だろうと。もう本当にここしかないと、迷いもせずに決めましたね。

倉重:そういう意味でいうと、淡路島って本当にすごい場所ですよね。

南部:だって広さは大まかに言えば、東京23区やシンガポールなんかと近いんですよ。

倉重:そうなんですね!?

南部:東京は言うまでもなく、シンガポールには500万人以上も住んでますからね。淡路島は13万人です。

倉重:そうなんですね(笑)。

南部:そう。だから淡路島は調べれば調べるほど面白いです。

倉重:確かに。

南部:世界一長い吊り橋(明石海峡大橋)まであるんですから。世界一ですよ!

倉重:はい。確かに。

南部:だからそういう意味ではね、私はパソナグループが本社機能をここに持ってきたら、社員も喜んでくれるだろうし、パソナグループの未来や、地域のための新しい事業を創っていく場所はここしか無いと思ったんですよ。

倉重:そうですよね。うん。

南部:コロナ禍で多くのことがリモートでできるようになりました。

倉重:はい。

南部:でも、やっぱり豊かな生活と、社員の将来の可能性や人間味あふれる豊かな人材を教育するのは、リアルの場所で目と目を合わせてしかできないことがあると思うんです。

倉重:そうですよね。

南部:そして相手の目を見ながら、顔色を見ながら、仕草を見ながら、リモートでは言えない言葉を発することで、心と心が通じあって、よし頑張ろうとか、元気になれるとか。こうしたコミュニケーションが、会社を豊かにすると思うんです。倉重:たしかにそうですね。我々も日常的なコミュニケーションはリモートが多いんですけど、やっぱり今日もそうですが、やっぱり人のオーラみたいなものはまだリモートでは感じられないですからね。今日は改めてそれを実感しています。

南部:人が人を見ることで、得られる情報量が違うんですよね。人が人を感動させたり、あるいはこの人は信用できる人だと思うためには、いろんな行動や仕草とかを感じられないとできないですよ。

倉重:そうですね。

南部:今のリモートワークっていうのは、まぁ会社としてはね、確かにオフィスを削減できたり、仕事の効率が上がったり、通勤電車に乗らずに済んだりというメリットはありますけどね。

倉重:うんうんうん。

南部:やっぱり、実際に会って、喜怒哀楽的なものを感じて初めて心が通じ合うものですよ。それが大きなビジネスにつながっていったり、自分の可能性に火をつけてくれたりするわけです。

倉重:おっしゃるとおりだと思います。


次回は、「地方創生」という言葉の先駆けとなったパソナグループの事業を始めたきっかけと、南部代表の考え方のいしずえとなったお父様の教えについてうかがいます。

2本めの記事はこちら
何が淡路島への移転を決断させたのか?(2)〜株式会社パソナグループ 南部靖之代表〜【地域のキーマンに聞く「新しいニッポン」への道筋】

3本めの記事はこちら
何が淡路島への移転を決断させたのか?(3)〜株式会社パソナグループ 南部靖之代表〜【地域のキーマンに聞く「新しいニッポン」への道筋】

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南部 靖之(なんぶ やすゆき)
兵庫県 神戸市 出身。1976年2月、「家庭の主婦の再就職を応援したい」という思いから、
大学卒業の1ヶ月前に起業、人材派遣システムをスタート。以来“雇用創造”をミッションとし、新たな就労や雇用のあり方を社会に提案、 そのための雇用インフラを構築し続けている。

【インタビュアー】ネイティブ株式会社 代表取締役 倉重 宜弘(くらしげ よしひろ)
金融系シンクタンクを経て、2000年よりデジタルマーケティング専門のベンチャーに創業期から参画。大手企業のネット戦略、Webプロデュースなどに数多く携わる。2012年に北海道の地域観光メディアを立ち上げたのをきっかけに、2013年「沖縄CLIP」、2014年「瀬戸内Finder」を手がける。2016年3月、地域マーケティング専門企業「ネイティブ株式会社」を起業し独立。