「医療が届かないところに医療を届ける」というミッションのもと、2017年に設立された株式会社MITAS Medical (https://www.mitasmedical.com/)。
長野県の眼科医療機器メーカーの株式会社タカギセイコーと共同開発した、眼科医以外の人でも診察に必要なクオリティの眼画像を簡単に撮影できるモバイルデバイス「MS1」と、同社が独自に開発した専用アプリを組み合わせることで、へき地や離島、新興国など眼科医が不足する地域でも、眼科疾患の予防・早期発見・早期治療を可能にし、光を失う人を一人でも減らすことを目指している。
医療のリソース不足がより顕著かつ交通網の観点からも医療アクセスの課題が大きいと思われた海外に目を向け、モンゴルなどの複数の新興国での実証にチャレンジ。病院から数百キロメートル離れた田舎の患者に遠隔診療システムを使ってみたところ、急性緑内障発作が見つかり、治療につながったことで失明を免れたという。
国内初となった今回の広島県における実証実験。この経験・実績を生かし、国内への展開を図る株式会社MITAS Medicalの取り組みを紹介する。

スマートフォン接続型眼科診療デバイス「MS1」

―MITAS Medicalを立ち上げた理由を教えてください。

―北 眼科医になって2年目、函館の病院に勤務していたとき、高齢の女性が3日前から両目が痛いと受診に来られました。彼女が住んでいたのは、病院から距離のある山あいの村。痛みが出た日に、村の診療所を受診しました。専門器具がない中で難しい判断だったと思いますが、診察に当たった総合診療医は、痛みが続く場合は眼科を受診するよう勧めました。ただ、病院嫌いで一人暮らしのこの患者さんは、自宅に戻って我慢してしまったそうです。私が診察した時には急性緑内障発作により既に失明していました。この出来事に対して、もし眼科医以外の医療従事者でも使用できる眼科医療機器があり、眼科医に容易に相談できるようになっていたなら、この失明は防げたのではとの思いが、起業の大きな動機の1つになっています。

―どのような想いで「D-EGGSプロジェクト」に参加されましたか?

―北 海外のへき地で実証を行い、さらなる実証を進める予定でしたが、COVID-19の蔓延により海外への渡航自体が難しい状況になりました。一方、日本国内ではCOVID-19の影響でオンライン診療の需要が高まっていて、関心を持っていただける自治体はあるはずと考えていました。
そんななか、インターネットでこのプロジェクトを知り、ぜひとも広島で実績をつくり、国内で展開する突破口にしたいとの想いで応募しました。

実証実験の拠点になった似島診療所

―広島で実証実験できて良かったと思うところはどんなところですか?

―北 広島県は都会があればへき地もある、山間部もあれば離島もある、まさに日本の縮図のような地域です。ここでの実証は、全国に広げていく上で多くの示唆や気づきが得られるのではと考えました。
また、広島県は無医地区の数が北海道に次いで2番目に多く、へき地医療に対して熱心に取り組む行政や医療従事者の方々に出会えたことも良かったですね。

30年前は無医地区だった似島

―実証実験の場となった似島はどんな所ですか?

―北 似島は、高齢化率が50%とかなり高齢化が進行している所です。高齢になるほど眼に異常を生じやすくなることから、眼の疾患を抱えている方も多いと予想していました。ただ、眼科を受診するには宇品港までフェリーで20分かけて行かなければならず、持病を持っている高齢者や車いすが必要な高齢者にとってはアクセス面で難しい場合もあるのではと考え、実証実験を行うことに大きな意義を感じました。
今回の実証での患者アンケートからは、65歳以上の4割が眼科を定期受診していて、4割が眼科受診歴がなく、2割が眼科通院を中断していることが分かりました。その中断理由の2分の1が移動時間や待ち時間の長さ、4分の1が新型コロナウィルス感染のリスクでした。また健診の結果、眼科受診が必要もしくは受診を勧める状態なのに受診していない人は対象者の1割程度と、潜在的な患者が多いことがあらためて分かりました。

―「MS1」を使った眼科専門医遠隔医療の実証実験に、問題はありませんでしたか?

―北 オンライン診療について、似島診療所の総合診療医・石光秀年医師と広島県立病院の宮城秀考眼科部長に協力していただき、3回に分けて実証を行いました。その中でハードルになり得る点が2つ見つかりました。
1つは、双方の医師がリアルタイムでやり取りするためには多忙な2人の医師の時間を合わせなければならないことです。もう1つは、症状に応じて眼科医が見たい眼の部分が異なることから、事前に撮影した動画だけでは眼科医が見たい詳細な情報を得にくいということです。

―それらのハードルを、どのように解決されましたか?

―北 似島診療所の看護師さんと宮城眼科部長との間で、リアルタイムでやり取りすることを試しました。
まず、看護師さんに「MS1」の使い方をマスターしていただきました。その上で、看護師さんと宮城眼科部長をオンラインでつなぎ、リアルタイムで看護師さんが宮城眼科部長の指示に従って患者の眼画像を撮影。拡大したり、角度を変えたりと診断に必要な画像を撮ることで、眼科医が必要な情報を十分に得られることが分かりました。
この方法なら、精度の高い遠隔診療が可能になると確信しました。

株式会社Mitas Medical 代表の北 直史さん(左)と似島での実証実験に協力した似島診療所の総合診療医・石光秀年医師(右)

―あなた方の取り組みは、未来の眼科医療にどのような影響を与えると思いますか?

―北 医療のデジタル化が浸透することで、国内外のどこにいても適切な眼科医療にアクセスできる世の中になるのではと思っています。どこからでも必要なタイミングで必要な検査や治療を受けることができれば、失明や視機能障害を減らせることにつながるはずです。


「MS1」を使って眼画像を撮る似島診療所の総合診療医・石光秀年医師

<プロジェクトパートナーからのコメント>
似島診療所での実証実験では、デモンストレーション診療を行いました。双方の病院の医師や看護師がスタンバイして、やり方を共有しました。
実際に使ってみて、「MS1」は素晴らしい眼科機器だと思いました。撮影した画像は高精度で、水晶体まで見えます。言葉ではなく、映像で伝えられるのがいいですね。
へき地になればなるほどお年寄りの眼のトラブルは増えます。
そんななか、眼科まで距離が遠い、家族の付き添いが要るなどといった理由で受診できない患者もいます。もし遠隔で眼科医療を受けることができるのであれば、半年に1回、1年に1回の通院で済むかもしれません。
一方、へき地で頑張っていらっしゃる家庭医も、患者の眼疾患の診療に相当悩んでいらっしゃると思います。
このプロジェクトは、そのような地域の眼科医療の明るい未来につながると確信しています。(似島診療所 総合診療医・石光秀年さん)

取材:舟木正明 撮影:岸副正樹