日本の社会インフラ・産業インフラは老朽化が進み、人口減による熟練技術者の減少や自然災害の発生、コロナ禍で非接触が求められるなどさまざまな社会的課題が生まれている。
株式会社イクシス(https://www.ixs.co.jp/)は、「ロボット×テクノロジーで社会を守る」という理念のもと、インフラが抱える課題を解決するロボットやAI・AR、データ解析技術サービスを提供。「D-EGGS」では、国土交通省の指針に基づいた高い精度と、技能者のスキルに依存しない誰もが扱いやすい簡易さを兼ね備えた遠隔臨場システムを提案し、広島県内の小規模橋梁、鉄道での点検を実施した。技術継承への貢献だけでなく、労働環境の改善や若手のモチベーションアップの可能性も見えてきた。中四国拠点長の川上浩司さんに、このたびの取り組みについて詳しく聞いた。

―遠隔臨場システムとはどのようなものですか?

―川上 人口の減少に伴って熟練技術者も働き手も減少する今、これまで通りの工事件数をこなそうとすれば一人あたりの負荷はますます高くなります。また、技術を継承していくことも難しくなります。インフラ点検においても省人化を図ろうと、国を挙げて遠隔臨場を含むDXを推進しています。

遠隔臨場システムを簡単に言えば、現場と会議室をテレビ会議システムでつなぎ、画面を通して現場を確認するものです。
すでに一部の現場で導入されていますが、「新しいシステムの使用に抵抗がある」「画面越しで見るよりも、現場に行って見た方が早い」といった理由で導入が進んでいない地域はまだたくさんあります。
このたびの実験では、弊社が保有する遠隔臨場システムと、建物・構造物点検システムを活用しました。

現場と監督側で情報を共有しながら、リモートで検査を進めることができる

―実際の現場ではどのように活用されるのでしょうか?

―川上 例えば現場に新人スタッフが行き、このシステムを入れたタブレットを点検場所にかざし、その画像を事務所にいる熟練技能者が確認します。新人スタッフは熟練技能者の指示を受けながら、ひび割れを発見したり、ひび割れの程度やサイズを計測したりします。
その際に撮った写真と損傷状況はシステムに記録され、現場の図面と一元化されます。点検のノウハウがまだない新人スタッフも遠隔臨場システムを活用する事で現場での検査点検が可能で、熟練技能者の同行がなくてもノウハウを学ぶことができます。
熟練技能者の移動にかかるロス、点検に必要なスタッフの数を減らすことができ、技術者一人あたりの負担もコストも削減できます。一人の技術者が複数の現場をまとめて管理することも可能になります。
また、現場で撮影した写真を事務所に戻って照会する手間が省けるので、調書作成業務の効率化にもなります。

世羅での実証実験は、復建調査設計株式会社の天満さん(真ん中)、真鍋さん(右)の協力のもとで行った

―このたびの実証実験について教えてください。

―川上 広島県商工労働局イノベーション推進チーム、そしてご紹介いただいた復建調査設計さま、パスコさま、JR西日本コンサルタンツの3社のパートナー企業と調整しながら、実証実験のフィールドを決めていきました。
コロナ禍によって件数は減ってしまいましたが、結果的に広島県内の小規模橋梁を3か所、JRの模擬試験場でレールや枕木などの点検を行いました。こうした公共物のインフラは、新しい技術を試す実証実験が難しいという問題があります。
「ひろしまサンドボックス」のD-EGGSプロジェクトは、そんな弊社のサービス、システムをご提案させていただける機会として最適でした。

遠隔臨場に必要な機器を手に実証実験をスタート

―実証実験で苦労した点は?

―川上 遠隔臨場システムは、工事現場で携帯電話の回線を使って行います。そのため、通話やデータ送信の遅延が発生しやすいという問題が発生します。指示が遅れて会話が成り立たない、画像が荒くて状況を確認できないようでは、まともな点検ができません。
弊社はロボット開発に取り組んできたノウハウを生かして、国土交通省が定める建設現場の遠隔臨場に関する試行要領のすべてに準拠した高機能で低遅延のシステムを実現しました。

株式会社イクシス 中四国拠点長の川上浩司さん

―ロボット開発に取り組んできたノウハウとは?

―川上 東日本大震災復興に関する重要なプロジェクト参加しました。ロボットを遠隔で操縦するにあたり、画像の遅延によって障害物や穴の確認が遅れるとロボットが動けなくなるという事態を招きます。弊社では画像の遅延をなくし、よりクリアな画像で確認すための技術開発に取り組み、ロボットによる遠隔点検のミッションをクリアした経緯があります。

遠隔地の監督側と双方向の通信で指示を仰ぎながらの検査が可能

―今回の実証実験で分かった次につながる課題は?

―川上 私たちは点検の調書を国交省の基準で作成していました。このたび複数の企業さまと点検を行い、調書を作成したことで分かったことは、県や市で調書のひな型や納品方式が異なるということです。弊社のシステムのアプトプット機能で出力したものを県市に提出いていただけることで業務の効率化を図る、というシステムのそのものの根幹を覆す事実でしたが、参考資料として有効であり調書作成が楽になるという評価をいただきほっとしています。

―今後の展開と広島県とのつながりは?

―川上 「D-EGGS」への参加をきかっけに、中四国拠点として広島市内に事務所を開設しました。遠隔臨場システムは広島県の発注工事としてはこれからの取り組みとなります。便利、使いやすいという認知を高めて、価格競争の受注においても必要なシステムであるという理解を深めていきたいと考えています。また、発想段階ですが、空港の滑走路や幹線道路、路面電車の軌道等の点検業務をロボットやAI技術を活用して簡素化できないかというアイデアも持っています。

―御社のロボット・技術がこれからの建築業界をどのように変えていくと思いますか?

―川上 今後、遠隔臨場システムやネットワークカメラによる監視など、現場のDXの実現は必然になってくると思います。また2023年には、建築現場や建設土木現場の図面を3次元データ化する動きが本格的に始まります。弊社では、3Dのデータ上と現場にも同様のロボットを配置し、リアルとバーチャルで検査するシステムやロボットの開発も進めています。オフィスで図面を見ながら現場のロボットが動く、そんな世界も間近です。
現場での作業にロボット・AI技術を注入することで、今後長きにわたる維持修繕の経過観測を簡単に、確実に行うことが可能になります。最新技術の導入によって、現場の働き方改革や建築業界の就労人口の確保につながる可能性も見えてきました。
弊社が提供させていただくサービスは、私たちが生活していく上でなくてはならないインフラの老朽化という課題を解決するサービスです。そのやりがいと責任を感じつつ、高度な技術を誰もが簡単に使い、使い続けられるようにするのが私たちの使命だと考えています。


復建調査設計株式会社 天満真士さん(左)と真鍋孝志さん(右)

<プロジェクトパートナーからのコメント>
今回、「D-EGGSプロジェクト」より、パートナー企業としてお話があり、参加させていただきました。橋梁点検では、約72万橋の点検を5年間で実施し続けていくという課題があります。特に、そのほとんどを占める地方公共団体が管理する小規模橋梁の維持管理方法について、点検コンサルとしても気になります。

今回のイクシス様のシステムは、まさにその小規模橋梁をターゲットとしており、喫緊の課題に対する回答の一つと期待しております。実証実験により感じたメリットは、事前準備となる帳票の紙出力の省略と、事務所に帰ってからの点検調書作成が省力化できる点です。
事前・事後の作業時間の短縮は、弊社でも推進している働き方改革にも繋がり一石二鳥ですね。ネットワークのシステム上に橋梁の点検データが保全されていれば、災害発生時など現場サイドで必要な情報を現場で入手したり、事務所内において現地のリアルタイムの状況を共有したりと、迅速で的確な対応が可能と思われます。
今回のような現場のDXを通じて、インフラの維持管理に携わる技術者の困りごとの手助けとなるようなロボット・AI技術の発展を望みます。
(復建調査設計株式会社 真鍋孝志さん)

 

取材:梶津利江 撮影:岸副正樹