矢倉 実咲(やぐら みさき)さん
[東京都]→[田辺市]


和歌山県白浜町出身。高校2年生のときにパティシエを志し、専門学校を卒業したあと東京で修業を行う。その後は地元白浜町のホテルで3年間パティシエとして働き、2019年に本宮町へと移住。2020年、シュークリームを中心としたスイーツのお店「choux(シュー)」を開業した。本宮町は熊野三山の一つである熊野本宮大社や、熊野川、川湯温泉など豊かな自然と信仰の根ざす山間部の町で、和歌山県南部に位置する。

ほんまに決断していいのかな、っていうのはすごく悩みましたね。

パティシエになるという夢を追いかけて神戸、東京へ進出し、一度白浜へと戻った矢倉さん。地元ホテルで働いたあとは、パリで修業することを目指していた。本宮町との縁は、仕事を辞めて渡航の準備をしていた時期に起きた、ある出会いがきっかけだったという。

「5月のゴールデンウイークの時期に、田辺市にある美容院で、川添茶のシュークリームを販売するっていうイベントをやってたんです。その打ち合わせをしているときに”なっちゃん”(倉谷夏美さん)が髪の毛を切りにきていて、それで知り合ったんですよ」。

矢倉さんはその当時、和歌山の季節の食材に関心を持っており、特にお茶には注目をしていた。一方”なっちゃん”は茶畑を運営する同年代の女性で、ボランティアを必要としていたという。ちょうど時間の空いていた矢倉さんは、茶畑のボランティアとして本宮町に通い始め、やがて地元の「くまのこ食堂」でアルバイトを開始。数か月が過ぎるころには本宮町にもずいぶんと住み慣れ、「もっとここにいたい」という思いから本格的に移住を決めた。

茶畑で休憩するなっちゃんと矢倉さん

大斎原にある、熊野本宮大社の大鳥居。高さ33.9m・横42mは日本最大。

本宮町の町並み。湯の峰温泉、川湯温泉、渡瀬温泉がある温泉郷でもある。

移住に際しては、”なっちゃん”や、くまのこ食堂の人たちなど同年代の知り合いもおり、食事や住む場所についても特に心配はなかった。しかし、本宮で自分の店を持つという働き方については、他の選択肢の多さから悩むことも多かったという。

「自分の店を開業するのは、本当にやりたかったことでしたが、まだまだ勉強もしたいし、働いてみたいお店もあるって考えると、決断していいのかすごく悩みましたね。」

憧れててもその人にはなれないし、
その人も自分にはなれない。

悩んだ末、2020年4月にスイーツのお店「choux」をプレオープン。看板商品はその名の通りシュークリームだ。東京にいたときは業界を意識した凝った商品ばかりを考えていたが、地元に住んでいる人にもわかりやすく美味しいと思ってもらえるものとしてシュークリームを選んだ。テレビ番組に出演したこともあり、すぐに全国にファンを持つ人気店となった。

開業してからは、ほとんど休む間もなく忙しい日々が続いている。しかし、「今はめっちゃよかったなと思っています。楽しい。それが一番かな」と、矢倉さん。性格上あまり後悔しないタイプなのだという。

「いろんな選択肢を考えるとき、自分の場合は周りの人や憧れている人と比較したりとかするんです。でも、憧れてても絶対その人にはなれへんし、逆にその人も自分にはなれないですよね。だから、やりたいって思ったことを、あまり周りとかを気にせずにやったほうが、自分が幸せなんかなあって思います」。

クッキーシュー生地のシュークリームを作る矢倉さん。

一歩外に出ると、自然の癒しがある。

「例えばですけど、バタバタしていて一時間しか休む時間がなかったとしても、一歩外に出たら自然が豊かなのでそこで癒されるというのはありますね」。普段あまり休む暇がない矢倉さん。そんな中、自然や温泉の癒しを得られることがこの土地ならではの特権だという。お店のすぐ近くにある大斎原(おおゆのはら)はお気に入りの場所。

「大鳥居のところ。その下が森みたいになっていて、すごく神聖な場所なんやなって感じがします。人工的なものがほとんどないのに神聖な気持ちになれるのがすごいなって」。

一方、周辺の店舗の少なさから化粧品を買える場所がないことが難点。ネット通販の利用回数は以前よりも多くなった。また、洋菓子店という仕事の面でも都会とは違う苦労がある。

「仕事なんですけど、仕入れが難しい。都会のように早く入ってこないし、白浜町と比べても二日遅いんですよ。たとえば生クリームとかだと、もともと賞味期限が短いものなので量の調整が難しいですね。自分みたいに地方でお菓子屋さんをやろうと思っている人は、そこが一つ悩むところかな、と思ったりします」。

国の指定史跡・大斎原。明治22年に現在の場所へと遷座するまで本宮大社の社殿があった場所。桜の名所としても知られる。

常に合宿してるような感じなんですよ。

移住は「自分の今までのスキルや経験をいかすチャンスでもある」と矢倉さん。人口が少ないという点では大変だが、移住者には補助金があったり、家賃が安かったりと、移住や起業をするハードルが低い側面もある。

「これまで生活してきたリズムとかを変えて、自分の理想に近づけるチャンスでもあるかなと思う。そういう人が増えたら嬉しいというか、もっと楽しいかなと思うので、ぜひ(笑)」。

矢倉さん自身は、家賃などの経済的な面以外に、多くの繋がりによって支えられてきた。

「他の場所はどうか分からないけど、同年代の人が数えるほどしかおらへんから、協力してお互いやっていこうっていう意識が強いですね。お店のことについて相談したりとかして、同年代とは常に合宿してるような感じなんですよ、わたしは」。

同年代だけでなく、世代の異なる人にも相談しやすい雰囲気がある。最近では、商工会で経営について何時間も話し込んだという。始まったばかりの移住生活は、すでに本宮の地にしっかり根をおろしつつある。

 

choux
和歌山県田辺市本宮町本宮1571-15
TEL・FAX: 0735-30-0801
Instagram:https://www.instagram.com/choux.kumano/?hl=ja

chouxでの「しごと暮らし体験」:https://www.wakayamagurashi.jp/work/experience/choux