お金もない。人もいない。実績もない。圧倒的な弱者。
一体これは何の話だろう。ベンチャー企業のことである。この表現には多少の誇張があるとしても、大企業と比較したときに弱者であるというのは、間違った話ではないだろう。ここで、話を「地域ベンチャー」に絞ってみる。日本国内に限れば、首都東京以外を拠点とするベンチャーを指すとする。言ってしまえばこちらはもっとひどい。企業内だけではなく、その周辺でもお金・人の流通が少ないのである。当然それらのリソースを得る機会は都市に比べ減ることになる。
しかし、そのような弱者「地域ベンチャー」の戦い方を示唆する企業が、福岡・八女にある。「うなぎの寝床」。その戦い方を紹介する。

株式会社うなぎの寝床

九州の筑後地方に拠点をおき、その地域の魅力的な「ものづくり」をアンテナショップや通販を通して発信する異色のベンチャー。立ち上げ期にプロデュースした現代風久留米絣もんぺは大きなヒットとなり、東京や大阪など全国で販売される。外部から資金調達をせず、売上高は年1.3~1.5倍のペースで安定成長を継続する。2017年は12月決算で年間1億7,500万円程度の売上を見込む。(10月時点)

物は「商品」と「情報」に分かれる。

この見出しの言葉は、うなぎの寝床代表・白水高広氏の言葉だ。この言葉のあとはこう続く。

“「商品」は「機能」と「価格」に分かれる。”

分解図

うなぎの寝床の社内資料

ここで、「商品」と「情報」のおおまかなイメージはつかめるものの、まだ判然としないのではないか。そこでこれから具体例を用いて説明する。が、その前に先に結論を述べてしまおうと思う。地域ベンチャーは、この「情報」で勝負すべき、というのがこの記事の結論である。この結論に導くべく、まずは「商品」とは?「情報」とは?という話から入る。

どちらの剣(ソード)が欲しいか

唐突な見出しに驚いたかもしれないが、今回は物の具体例として勇者の剣について考えよう。あなたは、これから魔物を倒す冒険に出るために勇者の剣を買い求めているとする。武器屋には2本の剣A、Bがある。あなたはこの2本から1本を選ぶのである。

さて、2本の剣の見た目は酷似している。見分けがつかない。しかし、剣AはBより攻撃力が高く、かつ安い。一方、剣Bは高価で性能も優れないものの、長年の間、歴史に名を残す勇者たちが受け継いできた剣だという。

あなたはどちらを選ぶだろうか。多くの人が、それほど迷わないとしても、意見が分かれるように思われる。実際アンケートをとったわけではないが、Aを選ぶ人もBを選ぶ人も一定数いるだろう。そしてこの例が、「商品」と「情報」を理解するのを助けると同時に、「情報」で物を売る戦い方の勝算を暗示しているのだ。

「商品」とは、「情報」とは

先ほどの例を用いると、「商品」とは剣の攻撃力や軽さといった性能、そして価格のことである。「商品」とは、「機能」と「価格」のことだからだ。言い換えるとこれは、物の経済的な面だ。

それに対して、「情報」とは、経済的な面以外の物の価値である。つまり、「今まで勇者に受け継がれてきた伝説の剣である」といった情報である。より深く調べると、「この剣は、広場の巨石に刺さっていたものだ」といった情報もでてくるかもしれない。この価値の大小は人によってそれぞれであることが多い。

これで、「商品」と「情報」のイメージがつかめたのではないか。また同時に、人が買う物を選ぶときこれらの両方が判断基準になることも、実感覚でわかるはずだ。これで下準備はできた。では、この「情報」を生かしたものづくり・物の売り方を、いよいようなぎの寝床を例にとって考えていくとする。

水車の動力から生まれる線香

線香

これはうなぎの寝床が取り扱う、馬場水車場・杉の葉線香だ。昔ながらの生産方法で作られた線香だ。水車によってつかれ、粉砕された杉の粉を使っている。昨今では杉の粉を使った線香が非常に珍しいこともあまり知られていないかもしれない。

しかしこの線香は、安価な輸入品との競争などにより、現在は細々と生産されるのみ。経済的な側面、「商品」において市場でやぶれたのである。

それをもう一度、「情報」を伴って売り出したのがうなぎの寝床だ。自社ECサイトと福岡八女にあるアンテナショップにて取り扱っているが、その両拠点において力を入れているのが情報発信なのである。線香ができるまでの工程、職人の顔といった、かつては知りえなかった情報を丁寧に伝えている。

参考:うなぎの寝床オンラインショップ「馬場水車場【杉の葉線香】」

「情報」が付加されることによって線香の機能が変化するわけではない。しかし、「水車でひかれた杉の粉でできた」という「情報」に価値を見出し、安価な線香からこの線香に乗り換える、あるいは普段買わない線香を買うという人が何人もいるのだ。

「情報」に価値を見出す人に、「情報」を丁寧に届ける。このシンプルな取り組みこそ、「情報」を売るものづくりなのだ。

久留米絣もんぺ

もんぺ例

久留米絣(くるめがすり)*もんぺはうなぎの寝床を代表する商品だ。東京や大阪など大都市でも「もんぺ博覧会」が開催されるなどかなり世間でも注目を集めている。

*久留米絣は久留米地方の絣(かすり)のこと。絣とは、織物の一種で、前もって染め分けた糸をたて糸かよこ糸、あるいはその両方に使って織りあげることで文様を表す技法により織られた織物を指す。

しかし、その久留米絣も今もなお衰退が危ぶまれる産業だ。最盛期には300軒あった久留米絣の織元も、現在では23軒程度まで減った。主に着物に使われるものであり、かつ高価であったため、時代の変容とともに需要が先細っていったからだ。

この久留米絣を売り出すにあたり、うなぎの寝床は、久留米絣もんぺという形で普段着として着る提案をした。もんぺが色・肌触りといった久留米絣が本来持つ「商品」としての良さを現代にフィットにさせつつ、伝統工芸品であるという「情報」を合わせて発信していったのだ。

「情報」を売るものづくりの良さ

このように2つの例を見ていくと、「情報」を売るものづくりというのは、物が本来持つ良さを発掘し、伝えることだということわかってくる。経済的観点「商品」にのみ着目していたがために見落とされていた良さを発掘するのが、まず「情報」を売るための第一ステップなのだ。

これが、「情報」を売るものづくりがベンチャーではなく、殊更「地域ベンチャー」に向く理由だ。多くの地域ベンチャーが地域に根付くのは、その地域の良さを知り、それを外部に伝えたいという想いがあるためだろう。そして実は、「情報」を売るものづくりこそ、その実践そのものなのである。

経済的価値にとらわれない地域の良さを見つけ、それを広く伝える。そんな「情報」を売るものづくりこそ地域ベンチャーの戦い方の王道なのかもしれない。

取材・文:宮嵜涼志 撮影:編集部
写真提供:うなぎの寝床

●株式会社うなぎの寝床 会社概要

住所
〒834-0031 福岡県八女市本町267番地
設立
2015年1月
代表取締役
白水高広

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