コロナショックが社会の仕組みの変化を加速させている。現時点でその代表格ともいえるのが、テレワークの普及と、この「ハンコ問題」だ。
4月14日の記者会見で、竹本IT担当大臣が在宅勤務の押印問題について問われた際に「しょせんは民間同士の話」と口走ってしまったのが”功を奏し”て、一気に改革の機運に火がついた。
GMO熊谷社長が即反応し、数日で全社で印鑑廃止を宣言。その後もグロービスやサイバーエージェント、メルカリなどに波及し、河野防衛大臣が「防衛省が率先して“脱ハンコ”やる」と発言したことで図らずも見事な”官民連携”のバトンが繋がり、いよいよその改革に現実味がでてきた。

やらない理由がみつからない「電子契約」

その発端は、緊急事態宣言の中でやむなく在宅勤務している中で、「押印」のためにわざわざ出社を余儀なくされる人が多いことだった。そもそも日常的な契約業務においても、押印手続きがもたらす非効率性はかねてから指摘されていた。また同時に、数年前から最大手の「クラウドサイン」を始めとする電子契約サービスを提供する事業者が本格的に事業を広げ、国内でもすでに7~8社がしのぎを削っている。それらを利用する企業の数も着実に伸びてきていて、特にこの3~4月は爆発的に伸びていて、おそらく国内で10〜15万社かそれ以上が既に導入しているのだそうだ。

弊社でも決して特段早いほうではないが、昨年11月頃から利用している。率直に言ってそのメリットは非常に大きく、もう以前には戻れない。
というのも、郵送や押印の手間がなくなったのはもちろん、収入印紙代が節約できるのも非常に大きいからだ。(印紙がいらない理由の説明は、こちらにお任せする)
我々のようにライターやカメラマン、Webディレクターなど数多くのフリーランスの皆さんと共にする業務が多い業態では、そのメリットは非常に大きい。利用する以前はサービス自体のコスパが想像できず、また「本当に大丈夫なのかな?」という不安も拭いきなかったがゆえに、「知ってはいるが決心しきれず」という期間が長かった。今ではその決断が遅かった事が悔やまれるくらいだ。また自治体や行政府との受発注や、金融機関などとの契約は、ご多聞にもれず未だにハンコが必須。今も自宅に持ち帰ったハンコで、何通かの書類に押印する日々が続いている。

今回のコロナショックをきっかけに堰を切った「電子契約」の普及は、日常的な契約については、これでもう後戻りすることは無いだろう。
しかし、実はこれにはもう一段階根深い問題がある。

「印鑑証明書」という”ラスボス”の存在


コロナショックで、緊急融資を仰ぐ企業が巷にあふれている。政府や関連機関もその手続を加速しようと躍起だが、実はそこに大きく立ちはだかるのが「印鑑証明書」という”ラスボス(最大の敵)”だ。
融資手続きには当然「実印」が必要だが、その実印自体が本物かどうかを証明する「印鑑証明書」も必須だ。個人の印鑑証明書の取得は、今やコンビニでも可能なくらい便利になっているが、法人の場合はそうは行かない。原則、最寄りの法務局に足を運ばなければ入手できないのだ。とはいえ実は、手続き的にはオンラインも可能ではある。しかしそのためには事前に法務局に足を運んで、「電子証明書」という暗号鍵ファイルを入手しなくてはならない。しかもその電子証明書は有効期限が限られていて、期限の長さによって2,500円〜最大16,900円の費用がかかる。またその手続は「専用ソフトをダウンロードして、あれをして、これをして・・・」という調子の、これでもかというくらいの複雑怪奇さ。更には「WindowsPCのみ対応でMacは対象外」というオチまでついている。(※詳細の手続きはこちら)。つまり、利用できる人はほぼ皆無に近いし、今回のコロナショックでは、実質的に機能しない。
もちろん今の制度上では、印鑑証明書が偽造されたり、不正入手されるようなことは絶対にあってはならないことなので、こうしたオンライン手続きになったのも、ある意味「苦肉の策」で作られたがゆえだろう。その仕組み自体を今さら責めるつもりは毛頭ない。しかし「印鑑主義」という制度が、ここまで事業者の手かせ足かせになっていることは、経験しないとなかなか実感しづらいのも事実だ。
こうした背景から、今回の融資を申し込む経営者はほぼ全員、緊急事態宣言の中”リスクを犯して”法務局に足を運ぶしか無い。当然、「必要至急」なので許されるのだが、その数や現場の混雑具合、また当事者が比較的年齢が高いことなどを想像すると、世間ではあまり語られてはいないが、かなり大きな問題ではないだろうか。
(※補足:印鑑証明の入手手続きは郵送も可能で、法務局のHPでもそれを推奨している。しかし、必要書類に加えて大切な「印鑑カード」も郵送する必要があり、書留郵便がオススメとなっている。書留郵便を送るためにわざわざ郵便局で並ぶくらいなら、最初から法務局で並ぼうと思う人がでてくるのは避けられないだろう。[手続き全般が整理された参考サイトはこちら])

DX(デジタルトランスフォーメーション)の観点から見た「ハンコ問題」


以上の議論は、世の中の仕組みをアナログからデジタルへ移行し、その利便性が高めるという「デジタル化」の範疇の話しだ。
一方で、この「ハンコ問題」は、その問題の根深さ故に、解決できれば多くの人にイノベーションをもたらす「DX(デジタルトランスフォーメーション)」となるだろう。

補足;「デジタル化」と「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の違いについては、こちらの「ケイタブログ:「デジタル化とデジタルトランスフォーメーションの違いについて」が非常に分かりやすく、オススメしたい。

印鑑証明書がもたらす課題の解決は、前述のすでに普及しつつある(日常的な契約で利用する)「電子契約サービス」では難しそうだ。それこそ”国家レベル”で、おそらくブロックチェーンなどの改ざんが不可能な技術を利用したプラットフォームが必要になる。自分はこのあたりの海外の事情に詳しくないのだが、諸外国はどうしているのだろうか? 仮にすべて自著のサインで済むよな「習慣による違い」がベースになっているようであれば、外国がそうしているから」といって日本もそうしろとは行かないだろう。

DX的な観点でこのハンコ問題を考えるときに、実はもう一つ指摘したいポイントがある。
それは、実は図らずも、「ハンコ」の肩を持つ議論になってしまう。

経営者であれば誰もがその会社の規模に関わらず、融資・出資・業務提携などなど様々な重要局面で、想像以上の頻度で「実印を押印」する経験をする。個人の立場でも、例えば住宅ローンで何千万円の契約をするときに、緊張しながら実印を押す経験をした人も少なくはないだろう。
このときの何とも言えない重く緊張感のある体験は、心理的に深く刻まれる性質のものだ。これは今のデジタル技術ではなかなか再現できない。

そもそも、そんなもの不要だという意見も多いだろう。しかし、本当にそういい切れるだろうか?

私個人としても、様々な局面で、ある時は意気揚々と、ある時は胸がぐっと苦しくなるような気分で押したあの「押印体験」自体が、いい意味で自らの糧になっている気がしてならないのだ。この体験が全く無く、全ての手続が「ワンクリック」で済んだとしたら…。正直、意志の強さにそれほど自信のない自分としては、逆に何とも言えない不安感がこみ上げてくる。

願わくば次世代の電子契約システムが、こうした「押印の体感」もコミで実現したら、これこそ正に「デジタルトランスフォーメーション」と言えるのではないだろうか。
また、アフターコロナの世界がこのレベルの変革が次々に起こるようなものだとしたら、まだ長く続きそうなこの混乱期も、なんとか耐え忍ぶ価値があるかもしれない。

文:ネイティブ倉重

【著者】ネイティブ株式会社 代表取締役 倉重 宜弘(くらしげ よしひろ)
愛知県出身。早稲田大学 第一文学部 社会学専修 卒業。金融系シンクタンクを経て、2000年よりデジタルマーケティング専門ベンチャーに創業期から参画。大手企業のデジタルマーケティングや、ブランディング戦略、サイトやコンテンツの企画・プロデュースに数多く携わる。関連会社役員・事業部長を歴任し、2012年より地域の観光振興やブランディングを目的としたメディア開発などを多数経験。2016年3月にネイティブ株式会社を起業して独立。2018年7月創設の一般社団法人 全国道の駅支援機構の理事長を兼務。