日本に生まれながらも、3歳から6歳の幼少期をアメリカで過ごし、高校時代をカナダで、大学時代をイギリスで過ごした渡邊さん。彼女はいつも刺激を求めて外に出ていた。そんな彼女が八女で行っているのは「地域のフィールドスタディ」。大学で社会人類学を学んだ彼女は、社会の構造や文化ごとの個性に興味を持つ。特殊ポンプを扱う会社に勤務後、転職した株式会社うなぎの寝床で「通訳」として、地域の魅力を掘り起こし、因数分解して、八女とは文化の違う「別の世界」に住む人たちへ発信していく。そんな彼女を形成してきたものとは。今考えることとは。
記事のポイント
- 架け橋としての「通訳」とは。
- フィールドワークとしての地域の捉え方。
- 場所にこだわらない地域活性。
株式会社うなぎの寝床
九州の筑後地方に拠点をおき、その地域の魅力的な「ものづくり」をアンテナショップや通販を通して発信する異色のベンチャー。立ち上げ期にプロデュースした現代風久留米絣もんぺは大きなヒットとなり、東京や大阪など全国で販売される。外部から資金調達をせず、売上高は年1.3~1.5倍のペースで安定成長を継続する。
コーポレートサイト
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地域の特性を理解してつなげる
現在、うなぎの寝床で働く渡邊さんの肩書きは「通訳」。「通訳」と言っても、単に言語を変換して伝えるだけの仕事ではない。
「通訳の仕事って、日本語と外国語の翻訳だけではないと思っています。例えばより多くの人材を連れてくるとか。情報を持ってくるとか。海外だけではなく、都会と地域をつなぐとか。違う世界どうしの架け橋的な存在に成るというのが役割のような気がしています。」
具体的に彼女が担う仕事は、大きく分けて3つだという。
一つ目の「情報等の交流を可視化する仕事」とは、うなぎの寝床が持つコネクションをオープンにして交流を作り、その交流のでき方を可視化していくこと。具体的には、トークイベント等を企画・運営している。
渡邊さんがこの仕事を通して目指すのは、八女という地域を、ここでしか学べないことを吸収できる場所にすることだと言う。
「八女に長く滞在すると、例えばいろいろなものづくりの作り手さんに出会えます。地域全体でひとつの学校のような、伝える場所、網羅している場所になれると思うんです。海外にそういう場所としてアピールできている所って、日本にはまだまだないと思うので、将来的には八女をそういうところにしたい。観光目当てではないかたがたに来ていただけるように、物販を通してできたつながりを情報や体験というかたちにし、より幅広い人たちに知ってもらうために、この仕事があります。」
二つ目の仕事は現在、渡邊さんが、一番時間をかけているというクライアント業務。うなぎの寝床が培ってきたノウハウを駆使して、クライアント企業のためにリサーチ事業や、ブランディング、制作サポート、取材などをマルチに取り組む。
物販だけやっていても、出会う人は限られる。物販以外の外部の仕事を請け負うことによってネットワークを広げているのだ。
「業務を委託していただくことで、他の産地の方や呉服産業の方などにお会いすることができて、そこから得られるものがたくさんあります。弊社としては、情報投資のような位置付けです。」
三つ目は海外の人と地域をつなげる仕事。これはもともと渡邊さんが、うなぎの寝床に入社する際にやりたいと思っていたことだと言う。
例として、渡辺さんがお話ししてくださったのは、
フィンランド独立100周年のイベント出展(SECRETS FROM FOREST森のヒミツ COMPANY展)
表参道SPIRALのCallで昨年10月に行われた展示会。九州の作り手とオランダ・フィンランドのデザイナーがコラボした。企画・制作協力というかたちで入っているという。
「大都市でミートアップすることもあれば、Local to Localで海外のある地域から直接、八女に来ていただくこともあります。八女の職人さんたちには海外のものづくりの考え方を吸収していただけますし、海外での八女の価値を上げる意味でも、海外とのプロジェクトを増やしていきたいです。」