記事のポイント
- できることとしたいこと、得意なことを区別して自己認識
- 仲間と同じビジョンを見て仕事をすることの幸福
- 誰をどう喜ばせてどれだけお金をもらうのかという、ポジショニングとマッチングの必要性
FFGベンチャービジネスバートナーズは、福岡銀行を中核とするふくおかフィナンシャルグループに属するベンチャーキャピタル(以下、VC)だ。
佐々木彩さんは、女性の就業率がわずか6%というVC業界に活躍の場を見出した数少ない女性のひとり。医療系システムエンジニアから医療系ベンチャーを経てVCを選んだ佐々木さんは、何を思ってFFGベンチャービジネスパートナーズで働くこと、ベンチャーキャピタリストとして生きることを選んだのか。
福岡の起業文化を支えるキーパーソンに、これまでのキャリアと、経験から学び取った「しごと観」を聞いた。
佐々木彩さん
山口県下関市出身。福岡大学人文学部を卒業後、医療機器メーカーのシステム開発部門でシステムエンジニア・プロジェクトマネージャーとして病院向け業務支援システムの開発・導入業務に従事。その後、九州大学大学院経済学府産業マネジメント専攻でMBAを取得しながら、医療系ベンチャーにて資金調達、IPO準備業務に携わる。現在は、株式会社FFGベンチャービジネスパートナーズでマネージャーとしてベンチャー投資・育成を推進。
やったことが目に見える仕事。だからSEを選んだ。
──佐々木さんは就職活動時、どんなことを考えて応募する会社を選んでいましたか?
私は、勉強を強いられることもなく、とてものびのびと育ててもらいました。ふわふわとしている自分を自覚していたので、「やったことがしっかり目に見える職業に就きたい」と思いました。そこで思い至ったのがシステムエンジニア(以下SE)。
佐々木彩さん
──なぜ、SEだったんでしょう?
理由は「やったことがしっかり目に見える職業」という以外にもう1つあって、コミュニケーションが得意なことを、生かせると思ったから。SEは、お客様から業務内容やシステムの運用方法、現状の課題を聞き出して、どう解決できるか提案し、設計してプログラマーの方に伝えます。それなら得意だな、と思ったんです。
そんな思いで就職活動をしていたのですが、そろそろ各社で最終試験に臨むというタイミングで事故で怪我をしてしまって。入院のため採用試験に行けずに困っていたら、医療系の会社だけが「元気になったらまた来てください」と温かく対応してくれました。そんなこともあり、医療の世界は社会貢献の価値観がベースにあるので、とてもやりがいを感じるだろうなと思い、入社しました。
──入社してからプログラミングを学ばれたのですね?
本当にプログラミングなんて何にも知らなくて、パソコンの電源入れるところから会社に教えてもらいました。ゼロから仕事を教わりながらも、私はまず口が立つものですから、1年目からプロジェクトマネージャー補佐として、お客様とのコミュニケーションの現場に置いてもらえました。病院には女性しか入れないエリアもあったので、1人で現場に立つことも多かったです。プログラミングが得意だったらそういうキャリアにはならなかったんでしょうけど、苦手だったので。
女性が多い病院と男性が多いSE界隈のいい媒介になれたかなと思います。休日出勤とか、深夜のトラブルで病院まで走っていくとか、大変なこともありましたけど、みんなが人の命に向かって全力投球している働き方を若いうちに目の当たりにできたのはとても良かったと思います。
──その後、ビジネススクールに通われています。
ITバブルも弾けて、医療費抑制のしわ寄せもシステム業者に降りかかり、受注金額がどんどん下がっていく時代でした。このままでは事業の存続すら危ぶまれるという危機感から、新規事業や新規領域開拓をしなければいけないと思って、九州大学のビジネススクール(以下、QBS)でMBAを取ることにしたんです。修士論文が会社への新規事業か新規領域開拓の提案書になると思って、すごくワクワクしていましたし、当時の上司も協力的でした。ただ、入学した年に新たに示された経営戦略は、成長戦略ではなく現状維持というモード。しかも私の配属も、ものづくりからセールス部門へと変わりました。QBSに入学して視座が上がったこともあいまって、このまま縮小していく市場・事業に留まっていられず、後ろ髪をひかれながらも退職。福岡にある医療系ベンチャーに転職しました。