副業人材が地方企業の救世主になるーー。「働き方改革」を背景に副業を解禁する企業が増える中、地方の中小企業の副業を紹介し、都市部の有能な人材をマッチングする地域貢献副業求人サイト「Skill Shift(スキル シフト)」(運営会社=グルーヴス)が注目されている。このサイトを利用して、東京のITベンチャー企業に勤める人材を採用した宿泊施設「いこいの村岩手」(岩手県八幡平市)では、社員のモチベーションや施設の集客に変化が生まれている。受け入れる地方企業と、新たな舞台で活躍する副業人材。双方にどんなメリットがあるのか。現場を訪ねた。

記事のポイント

  • 東京勤務のサラリーマンが地方企業で月2回通いの副業スタート。課題解決に挑む
  • 人と人の信頼関係構築と企業の受け入れ体制整備が事業成功への道
  • 改善の兆しが見えてきた企業と転職の道が開けた副業社員

地方企業が人員補充にとどまらない改革を実現

JR盛岡駅(岩手県)からバスで北西へ走ること約1時間。スキー場が多くリゾート地として知られる八幡平市は、辺り一面が真っ白な雪で覆われていた。訪ねた2018年12月は、観光・宿泊客が押し寄せる繁忙期でもある。周囲の山々を一望できる小高い山の上に差し掛かると、巨大な建物が目に飛び込んできた。今回の目的地、「いこいの村岩手」だ。

いこいの村岩手を経営する髙橋義利社長

「どこまでやってくれるか未知数だったが、予想をはるかに越えるいい人に巡り会えました。」笑顔で出迎えてくれた髙橋義利社長は、副業人材の活躍ぶりに手応えを見せる。

「いこいの村岩手」が活用しているのが、2017年12月に開設された副業求人サイト「スキル シフト」だ。人材不足にあえぐ地方の中小企業と、新たな活躍の場を求める都市部の人材をつなぐマッチングサイト。地方企業にとっては高度なノウハウを持つ人材を受け入れることで経営課題の解決につなげられる一方、副業する人は経験やスキルを活かして地域に貢献したり、異なる環境に身を置くことで成長機会を得られるメリットがある。

「いこいの村岩手」のある八幡平市は、「スキル シフト」を運営するグルーヴスと提携し、同サイトを活用した「副業受け入れプロジェクト」を全国に先駆けて開始。2018年3月から、「いこいの村岩手」のほかに牧場や福祉施設など市内事業者の副業求人情報をサイトに掲載している。

髙橋社長が「スキル シフト」の利用を思いついたのは、“新たな変化”を必要としたからだ。「いこいの村岩手」は企業研修などの団体客がメインで、個人客の集客に頭を悩ませていた。社長主導で打開策を探っても、スタッフがなかなかついてこない。そんな課題を抱えていたという。

「これまでは私自身や今いるスタッフの力でなんとかしてきたが、それだけでは対策のスピードが上がりません。社員みんなのモチベーションを引き出すためにも、能力のある新しい人を迎え入れることで、刺激を与える必要があったんです。」

髙橋社長が用意した副業のポストは、「ビジョン実現推進室長」。営業強化や組織改革、集客戦略の策定、料理や宿泊サービスの改善など、あらゆる分野で総合的な改革を期待してのことだった。

そして、このポストに採用されたのが、東京のクラウド会計システム会社に勤めていた水野剛さんだ。水野さんは、地元・盛岡市出身の35歳。関東の大学院を卒業後、大手硝子メーカーで開発・マーケティング、衣料品チェーンで店長とマーケティングを経験した。今回応募したのは、地元貢献と将来の事業承継を見据えてのことだった。

水野剛さん

「まず、地元の岩手に貢献したい思いが強くありました。それと、将来的には父が創業した会社の事業承継を考えています。そのため、地元の経営者たちと今からパイプをつくっておくと将来役立つでしょうし、何より経営について勉強させてもらえると思いました。」

東京の会社は副業が許されていたため、大きなハードルはなかった。2018年3月から働き始め、東京から八幡平へ月2回、出勤する日々を送っている。

そんな水野さんが加わってから約10カ月。「いこいの村岩手」には、具体的にどんな変化が生まれているのだろうか。

社員に刺激、集客・売上も上向きに

「一番大きいのは、社員の気持ちに前向きな変化が生まれていることです」。髙橋社長は、そう力を込める。

「近年は、新しい取り組みを始めても継続するのが難しく、結局やめてしまう自然消滅の繰り返しでした。ただ、水野さんは『なぜできないのか』を徹底的に分析し、自然消滅を簡単には許しません。『勝負をかける』という気迫が違います。そんな水野さんの姿に、社員も刺激を受けています。」

集客や売上にも、明るい兆しが見え始めている。いこいの村岩手の売上アップのために水野さんが取り入れた対策の1つに、「Net Promoter Score(ネット・プロモーター・スコア)」がある。これは、企業やブランドに対する愛着や信頼の度合いを数値化するアンケート手法だ。これまでも宿泊客に対するアンケート調査は行っていたが、その内容を定量化することで正確な分析と改善策を打つことが可能になったという。

7月に導入して以降、改善を重ねることで早くも9月には効果が見え始めた。宿泊業界における主要なKPI指標であるADR(平均客単価)が前年同月比100%超えを続けている。着実に事業改善の手応えが現れ始めたのだ。

このように、水野さんが加わってから様々な変化が生まれているわけだが、髙橋社長は「単に副業人材を受け入れたらうまくいくわけではない」とも指摘する。何が必要なのか。

「受け入れる環境がある程度整っていないと、難しいでしょうね。そうでないと、むしろ社内の状況が悪くなる可能性があります。新しい人や取り組みに、しっかりと聞く耳をもつ人がどれくらいいるか。経営者はそこを考え、刺激を与えるとグッと事態が上向くような環境を事前に整えておく必要があります。」

加えて、採用段階でも募集するポジションに必要な能力を、慎重に見極めることも重要だという。実は、今回の募集には水野さんを含め計17人の応募があり、面接などを経て水野さんを採用した経緯がある。

「総合的な能力を大事にしました。今回募集したボジションは、スタッフとコミュニケーションをとりながら、組織全体を動かしていくことが求められます。単に特定の分野やスキルに長けているだけでは務まりません。『私が全部仕切る』『私についてこい』だけでは、スタッフの気持ちは離れてしまいます。多少の意見の違いはありながらも、うまく調整して大きな方向性へもっていける。水野さんに会って、直感的にそういう能力があると感じました。」

髙橋社長の直感は見事的中し、「人柄が素晴らしい。いい人に巡り会えました」と水野さんに絶大な信頼を寄せている。

ぶち当たった「よそ者」への壁。乗り越えたのは…

一方、水野さんはどんなことを感じているのだろうか。順調に成果を上げているように見えるが、実は最初から社員と良好な関係を築けたわけではないという。

「正直、最初はうまくいかず大変でした。東京からいきなり、見ず知らずの若者がやってくるわけです。はじめから全員が大歓迎というのは難しいですよね」

転機となったのは約3カ月後。自身の役割や、新しいアイデアを導入する際の視点を変えたことで、社員の気持ちや行動に変化が見え始めたという。水野さんは「集客や営業のアドバイザーとして来たわけですが、まずは社員の働き方を改善しないと、お客様にも満足していただけないことに気がついたんです」と話す。

社員の意見をヒアリングする水野さん

水野さんは採用後、数々の新しいアイデアを社員に投げかけた。ただ、なかなかその通りに現場は動いてくれない。なぜなのか。社員と会話を重ねるうち、どの社員も日々の業務で忙しく、肉体的にも精神的にも新しいことに取り組む余裕がない。そんな状況が浮かび上がってきたという。

「例えば、新しいイベントを開催して一時的にお客様が増えたとしましょう。でもその分、少ない人数で現場を回しているスタッフにとっては、仕事が増えて大変になるわけですね。瞬間的に売上が伸びても、従業員が笑顔になれない。それでは、結果的にお客様にも満足していただけません。そこで、まずは社員の負担を減らす活動にフォーカスにしたんです。」

その1つに、売店の品揃えの強化がある。当時、利用者から品揃えの不足を指摘する声があり、その対策が求められていた。ただ、単に品数を増やすだけでは社員の負担が増すだけだ。そう考えた水野さんは、売店にあったレジをなくし、空いたスペースに商品を陳列することにした。

そのレジは、売店近くにあるフロントが混雑した際の予備のレジとして置いていた。それ以外の時間は稼働していないわけだが、1回でも利用があればその都度、小まめに売上金額をチェックする必要がある。そこで、その作業負担をなくすことを第一の目的とし、同時に空いたスペースを利用して品揃えを強化することにしたのだ。

「社員の業務改善をメインに、品揃えの強化はサブに掲げる。そういうことを繰り返すうちに、徐々に話に耳を傾けてくれるようになったんです。」

取材したこの日も、水野さんは新たな仕掛けを繰り出すための準備を進めていた。水野さん自身が「味に感動した」という八幡平マッシュルームを生産する市内の農家を訪ね、仕入れの交渉を行うというのだ。この日の商談は成功。このマッシュルームを使って、新たな料理メニューを開発する計画だ。

馬糞と地熱。地場の資源を使って栽培されている八幡平マッシュルームを買い付けた

うまくいかなかった時期があるからこそ、今がより充実しているのだろう。悩んだ時期を乗り越えられた原動力は何だったのか。そう問いかけると、「結局、社員の人たちに支えられたからですね。月2回の出勤ですが、ここに来る度に『おかえり』と声をかけてくれます。それが、とても嬉しいんです。」

都市のビジネスマンが副業で学んだこと

東京で最先端の仕事に携わるビジネスマンが、地方の中小企業で副業する。一見するとスキルアップに直結しないように見えるが、実態はそうではない。水野さんは、副業で自身が成長した点についてこう話す。

「中小企業の経営の現場に立ち、人の心を動かしながら、行動に移してもらう。その一連のプロセスを肌で学ぶことができているのは、大きな糧になってますね。つらいことやうまくいかないことがあっても、周囲の人に支えてもらったり、より思考を深めることで乗り越えられる。そんな強さももらいました。この経験は将来、父の会社を継いだ後にも活かせます。」

副業を始めてから半年後の2018年9月、水野さんは遂に、父が経営する株式会社イーアールアイ(盛岡市)のIoTデバイス事業に携わるようになった。自身が考えていたよりも早いタイミングだったが、入社を誘われ決断したという。現在は東京事務所で営業やマーケティングを担当している。思い描く将来へ、新たなステップを刻んだのだ。

とはいえ、「いこいの村岩手」に寄せる熱い思いは変わらない。「副業という形態ですが、仕事に対する責任感や思いは本業と全く同じです。『いこいの村岩手』のスタッフと同じ立場で、心の底からここをよくしたいと思っています。近年は客数がじわじわと減る傾向にありましたが、なんとかお客様を増やし、経営が上向くように、全力でサポートしたいですね。」

一方、髙橋社長も副業人材の活用で新たな一手を講じていた。施設のPR・情報発信を強化しようと、新たにSNSの発信に詳しい人材と契約を結んだという。そのうえで、都市部の人材を副業で受け入れることについて「地方の中小企業が生き残るための有効な手立ての1つになる」と、自社での今後の活用や全国各地での広がりに大きな期待を膨らませた。

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  • Skill Shift 運営会社:株式会社grooves(グルーヴス) コーポレートサイト
  • 取材・文:近藤快