【特集の主旨】
緊急事態宣言延長の中、徐々にではあるが地域別に出口の模索が続いている。まだ全面復旧からは程遠いものの、アフターコロナ時代の地方自治体や地域事業者がどう動くべきか、考え始めている人も少なくない。その一助になればと思い、様々に語られ始めている情報をできる限り重ね、僭越ながら私達の経験値や考え方も折込みながら、自治体や地域の事業者が考えるべき課題や取るべき戦略を、できる限り考察してみた。
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コロナショックで最も大きな影響を受けている領域の「観光産業」。その中でも特に深刻なのが、このインバウンド観光だろう。日本の成長する観光産業の中心的な役割を担い、オリンピック・パラリンピックを目前に控えて更なる飛躍が目前だっただけに、そのショックは計り知れない。しかし中長期的な視野にたてば、やはりその重要度は変わりないことも確かだ。厳しい状況ではあるが、ここでくじけるわけにはいかない。末席ながらその一端に関わってきた者として、期待と希望も込めながら、アフターコロナのインバウンド観光ついて考えてみたい。
(※前の記事「アフターコロナの地域戦略〜(2)国内観光はどう変わるのか?〜」はこちら。)
この記事の目次
インバウンド観光市場のダメージの深さ
辛いのは山々だが、まずはそのインパクトを冷静に見てみたい。
周知の通り、ここ数年、国を上げた観光立国政策の成果もあり、インバウンド観光客数は増加の一途をたどっていた。2019年は年間3,188万人と過去最高を記録し、消費総額も年間約4.8兆円に至ったと言われている。
しかし一方でその伸び率はやや頭打ち感もあり、前年比の伸び率は2.2%にとどまっていた。2020年の消費総額は8兆円という目標だったのだが、オリ・パラによる飛躍が期待されていたと同時に、現実的にはそこまでに至るかどうかは不透明だった。逆に京都などの観光客が集中する地域は「オーバーツーリズム」が叫ばれ、2020年の状況によっては、その戦略見直しの必要性も語られ始めていた。その矢先のコロナショックは想像だにしない状況を生み出し、速報ベースで3月の訪日外国人観光客数は前年同月比の93%減(※出典:JNTO 2020/4/15報道発表)にまで落ちこんでしまった。今後を含めまだ正確な統計は出ておらず、このインパクトの大きさは未だその全貌を把握できていない。
インバウンド市場の質的変化を引き起こす最大要因は…
こうした中、実はもう一つ注目すべき状況がある。
それは、航空会社の経営危機だ。全世界の人の移動が極端に落ち込んだ影響を最も強烈にうけたのが航空会社だ。国内でもJAL、ANA共に殆どの路線を運休/減便させ、また数多くの従業員を一時帰休させるなど、まさに未曾有の状況に陥っている。
この状況をあえて少し俯瞰的に見ると、もう一つ見えてくるものがある。それは、これまでインバウンド観光市場の原動力となってきた、LCCなどの航空運賃の低価格化競争が、このコロナショックで大きく変化するかもしれないということだ。
航空運賃が手軽になり来訪の敷居が大きく下がったことが、日本のインバウンド観光市場の基盤となってきた。もしこの経営危機をきっかけに内外問わず航空会社の危機や淘汰が進むとしたら、航空運賃は今より高くなるはずだ。つまりかつてそうだったように、海外旅行が「高嶺の花」になりかねないのだ。
もしそうなったら、来訪の大部分が空からの日本は特に、「インバウンド観光戦略」を大幅に見直さざるを得ない。今この状況から考えると、そうなる可能性は決して低くはないだろう。
インバウンド戦略再構築の方向性
考えれば考えるほど呆然とするような状況ではあるが、それでも何か少しでも手がかりは掴みたい。日本はインバウンド戦略をどういった方向で再構築すべきか。それを考える起点は、実はコロナ直前の状況にあるかもしれない。
前述の通り、日本のインバウンド観光客のキャパシティは各地で限界に近づいていた実感があった。もちろん地域によって偏りが激しいのが課題で、それをどう解消すべきかの議論も始まっていた。しかし、東京・京都・大阪など人気観光地の過剰な混雑を回避して他の地域に回遊させるのは、考えれば考えるほど難しい話だ。仮に地方への関心が高まり、より広いエリアに来訪するようになったとしても、おそらく同時に人気観光地の混雑もよりひどくなるだろう。今となったら贅沢な悩みだったとも思えてしまうが、言及すべき点はそこではない。改めて着目すべきは、3,200万人の集客で4.8兆円をもたらす集客戦略は、目標とは大きくかけ離れたものだったし、決してサステイナブルでは無いという点なのだ。
コロナ前の状況を思い起こすと、そうは言ってもオリ・パラを直前に控え、2019年よりは人数も消費額も増えるのは確実。その状況を踏まえて、後に改めて戦略の修正を図っていけばいいだろう…というのが、おそらく観光関係者の一般的な感覚だったと思う。コロナショックは、ここでもやはり事態を強制的にタイムスリップさせてしまった。「後で考えよう」が許されない状況になったのだ。それが「甘かったのだ」というつもりは毛頭ない。一方で実は、再構築すべき方向性自体は、日本の観光関係者が頭に描いていた「修正軌道」であり、将来的な方向性に合致するはずだ。つまり、受け入れキャパシティの面からも、日本人本来の”おもてなし”の気持ちからも、より付加価値の高いものを明確なターゲット顧客に提供する観光のあり方を突き詰める必要があるということなのだ。前述の航空会社の状況から予想される市場の変化で、そうせざるを得ないのだと認識するべきだろう。
そのためには、やや「人数」や「金額」に偏りがちだった目標も見直す必要があるかもしれない。実は私自身は、必ずしもこうした数字を目標に掲げるべきではないとまでは思っていない。分かりやすい目安を掲げたほうが目指しやすいからだ。
ただ「目標」は、ともすると「目的」にすり替わってしまう。ここはやはり要注意だ。
観光産業は今後の日本の産業の柱として非常に重要だ。ただだからといって、人数と金額だけを「目的」にする産業がサステイナブルになるとは到底思えない。ここ数年がむしゃらに頑張ってきた日本の観光に携わる人たちは、実はこの部分に少なからずモヤモヤした気持ちを抱いていたのではないだろうか。今の状況が厳しすぎるので安易に言うのははばかられるが、この状況が「日本の観光業が本来目指す価値」そのものを見直す機会になることは間違いない。ここから這い上がる日本の観光産業にとって、この視点は非常に重要ではないだろうか。–
復活の起点は、やはりオリパラに
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文:ネイティブ倉重
【著者】ネイティブ株式会社 代表取締役 倉重 宜弘(くらしげ よしひろ)
愛知県出身。早稲田大学 第一文学部 社会学専修 卒業。金融系シンクタンクを経て、2000年よりデジタルマーケティング専門ベンチャーに創業期から参画。大手企業のデジタルマーケティングや、ブランディング戦略、サイトやコンテンツの企画・プロデュースに数多く携わる。関連会社役員・事業部長を歴任し、2012年より地域の観光振興やブランディングを目的としたメディア開発などを多数経験。2016年3月にネイティブ株式会社を起業して独立。2018年7月創設の一般社団法人 全国道の駅支援機構の理事長を兼務。
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