【特集の主旨】
緊急事態宣言が解除され、徐々にではあるが日常が戻りつつある。”新しい生活様式”という言葉は飛び交う一方で、その実態をつかめているひとは多くはないだろう。そんな中でも、アフターコロナ時代の地方自治体や地域事業者がどう動くべきか、考え始めている人も増えつつある。
様々に語られ始めている情報を重ね合わせ、私達の経験値や考え方も折込みながら、自治体や地域の事業者が考えるべき課題や取るべき戦略を考察してみた。


今回のコロナショックで、経済的にもっとも大きな影響を受けたのが、飲食店や観光などのいわゆる「リアル」ビジネスだ。これほどの物理的な移動や接触が制限される事態が現実になるとは、誰もが想像だにできなかっただろう。

同時に物理的な移動が制限されることで、様々なことが急速にオンラインに移り変わった。テレワークや、Web会議などがその最たる例だ。そうせざるを得ない状況の中、実はそうできる十分な環境が整っていたのが、タイミングとしてはある意味助かった部分もある。

アフターコロナ時代は、明らかに「リアル」だけに依存するのは困難になるだろう。第二波、第三波という短期的な懸念ももちろんだが、この機にオンライン化を一気に加速し、競争力を高める同業他社が増えるのは目に見えているからだ。民間事業者はもちろん、地域や自治体にとっても同じことが言える。ビジネスや事業という観点で今回の事態がもたらした最大の変化がこの点だととらえ、少し深堀りして考えてみたい。

 (※前の記事「アフターコロナの地域戦略〜(4)青森県むつ市はなぜテレワークで出勤者7割削減を実現できたのか?〜」はこちら。)

リアルとオンラインの両立の3つのポイント

あえて結論からいうと、これはもう周知なのだが、「リアル」と「オンライン」を両方取り込んで事業を展開することが必須になる。

ただ一方で、考えてみればこの手の話はもう20年も前から繰り返し言われている。古くは「ブリック・アンド・クリック」や「クリック・アンド・モルタル」、数年前には「O2O( Online to Offline )」というワードも広く使われた。少し意味は広いが「オムニチャネル」という言葉も、概念として共通部分があるだろう。どれも「リアル(オフライン)」と「オンライン」を両方活用すべきだという考えに基づいている。

しかし今回のこの事態を少し慎重に見ていくと、こうした平時の中で未来志向の中で考えられ広がってきた概念とは少し異なるポイントが見えてくる。それは端的に言えば「攻め」だけでなく「守り」の側面、すなわちこれが「生き残りの条件」にもなりうるからだ。

この点から考えると、単純に「リアルとオンラインを両方やる」というだけだと十分ではない。必要なのは、「両方やる」のと同時に、それぞれが(万一の場合に備えて)独自に回る仕組みにしておくこと。また平時はそれぞれが補完しあってシナジー効果を発揮し、事業全体がより活性化されること。更に両方やるのが負担ではなく、業務レベルで連携することでより生産性を高める方向で効果を発揮しているのが理想となる。

この「独自性」「補完性」「連携性」の3つを実現しながら「リアルとオンライン」を戦略的に併存させる事業展開を、「両立」という言葉だけでは表現しにくい。そこで仮に「デュアルという言葉で説明してみたい。また横文字かと思われるかもしれないが、想起したのが最近のパソコンだ。相変わらず進化が進むPCやタブレットなどの中枢部(CPU)が、デュアル・コア(※注)と呼ばれる2つの処理系統を複数同時に走らせて能力を大幅に向上させている。この仕組みを彷彿とさせると思ったからだ。すなわち、これからの事業はリアルとオンラインの2つの事業系統を戦略的に両立させる「デュアル・コア」で事業展開していく必要がある。

(※注:最近は、4つのCPUが同時並行して処理をすすめるクワッド・コアや、6コア、8コアのCPUも一般的な商品として出てきている)

表現はともかく、この3つのポイントを抑えることは、非常に重要だと考えている。単に「オンライン化」や「デジタル化」をすればいいというのとは違い、それぞれの事業やビジネスにおいて、この変化したマーケットの中でどのような効果を狙って行うのかを十分検討する必要がある。

業種に関わらず「デュアル化」は必須

例えば飲食店でも、今回のコロナ禍中に通販事業や宅配に急いで対応した事例は非常に多い。今回はやむなく始めたのだが、今後は常時こうした対応を並行して行う必要がある。その際にもやはり考えておくべきなのが、「独立性」「補完性」「連携性」の3つは重要なポイントになる。

それを以下の図にまとめてみた。

大前提として、2つの事業が万一の場合単独でも継続できることは必須だ。また同時に、2つやるからにはより大きなマーケットを狙えるなどのプラスの側面が必要だ。さらに2つの事業を並行にすすめることで、プロセスを共通化したり、相乗効果を発揮する連携を図る必要がある。

飲食店などは、既にこういう対応を進めているところも珍しくない。ただ今回のコロナ禍の中では、今までは無理だと思われていた事業分野すら、こうした「デュアル化」を志向する事業も出始めている。

例えば「演劇」。今回大きな被害を受けた産業の一つだ。その中で、演劇プロデューサーの松田誠さんは、5月にクラウドファンディングを立ち上げ「シアターコンプレックス」というバーチャルの舞台専門プラットフォームを構築する挑戦を始めた。既に多くのメディアで報じられているのでご存知の方も多いかもしれない。その反響は非常に大きな波になっており、集まった支援はなんと1ヶ月で1億1千万円を超えている。ポイントなのは、「リアルの劇場がだめだからバーチャルに逃げよう」という考えではないことだ。先日その松田さんがインタビューに答えてこのような趣旨のことを話されていた。

「リアルの劇場の魅力はかけがえがない。ただオンラインでも、空間は共有できないが時間は共有できる。オンラインでも「生」にはこだわっていきたい。例えば、オンラインでは、観客の反応によって芝居の内容がどんどん変わっていくようなこともできる。これはオンラインでしかできない魅力になる可能性がある。これが実現できれば、演劇は次世代の文化として飛躍的に発展する可能性がある。」

こうしたアイデアが実現すれば、まさに「演劇産業」が近い将来「デュアル化」を成し遂げ、松田さんがおっしゃるとおり大きな飛躍をとげるだろ。本当にワクワクするし、ピンチをチャンスに変えるという意味でも非常に勇気の湧く事例だ。今回の大きな変化の中で、こうした革新的な事業者が様々な事業分野で生まれてきているのだ。

中小事業者の「デュアル経営」を支援するプラットフォームも続々と

しかしながら、こうした変化を中小零細事業者が単独で行うのは、やはり簡単ではない。

ところがこうしたニーズに応えるサービスを展開するビジネスも、やはり次々と出てきている。

例えば、本メディアでも既に紹介した「Taste Local」というお取り寄せグルメサイト。こちらは高級旅館やホテルの料理を自宅で食べられるECサイトとして急速に人気を博している。創業者の篠塚さんによると、このモデルはコロナ禍でそうした宿泊事業者を支援するだけでなく、通常時でも稼働率が低い平日の料理人の稼働率を高め、生産性をアップするのに貢献できるはずだとのこと。そうなれば、正にデュアル経営のお手本となる事業展開が可能となる。

また、農家や漁師などの一次生産者から直接野菜や魚などを購入できる「ポケットマルシェ」や、「食べチョク」などの一次産品のオンライン・マーケットプレイスは、販売額がコロナ以前の1.5倍以上伸びている事例もあるとのことだ。しかも今までなかなかアプローチできなかった層を顧客にすることで、農家や漁師にとって恒常的なビジネスモデルの変化をもたらす可能性がある。生産者や中小事業者の「デュアル化」は、業種や規模を問わず加速していくはずだ。

自治体の最も重要な役割は「人材確保」としての関係人口創出

そ-
こうした変化をいかにに進めるかが、まさに地域存続の必須条件となってくる。そのために自治体が行うべきことは、一体なんだろうか。
それは、今まさに各地で進めている「関係人口創出」ではないだろうか。
というのも、本特集の最初の記事「(1)大きく変わる関係人口創出のシナリオ〜」にも書かせていただいたとおり、テレワークの急速な普及により、オンライン業務に対応可能な人材が地方への興味を高め、まさに関係人口潜在層化している中で、そうした人材をどれだけ自らの地域に取り込めるかが、まさに自治体の非常に重要な役割になってくるはずだ。
一つ前の記事(4)青森県むつ市はなぜテレワークで出勤者7割削減を実現できたのか?)で紹介した青森県むつ市は、テレワークを推進し、市役所の出勤を70%以上削減することに成功した。これは同時に、むつ市は全国どこに住んでいる人でも人材として迎える準備ができているという捉え方もできる。つまり、テレワーク体制の推進は、単なるリスク回避や業務の効率化にとどまらず、地域の人材戦略に直結する可能性を秘めているということだ。
こうした側面から見ていくと、もしかしたらコロナショックは、ある意味出口の見えなかった地方創生そのものに、一筋の光明を注ぐものとも言える。地域にとってもやはり「ピンチはチャンス」なのだ。あとはそれをいかに地域全体の戦略として捉え、一体となって実行できるかにかかっているのではないだろうか。

文:ネイティブ倉重

【著者】ネイティブ株式会社 代表取締役 倉重 宜弘(くらしげ よしひろ)
愛知県出身。早稲田大学 第一文学部 社会学専修 卒業。金融系シンクタンクを経て、2000年よりデジタルマーケティング専門ベンチャーに創業期から参画。大手企業のデジタルマーケティングや、ブランディング戦略、サイトやコンテンツの企画・プロデュースに数多く携わる。関連会社役員・事業部長を歴任し、2012年より地域の観光振興やブランディングを目的としたメディア開発などを多数経験。2016年3月にネイティブ株式会社を起業して独立。2018年7月創設の一般社団法人 全国道の駅支援機構の理事長を兼務。

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久しぶりに宿を予約しようと思ったときに、ふと感じた事がある。それは、「このホテルのWiFiは、Web会議に耐えられる速度の回線だろうか?」ということだ。このニーズは、おそらく自分だけでなく、今後多くの出張ビジネスマンが感じることだろう。そしてこのポイントを更に深堀りしていくと、宿泊事業者や他の観光事業者が注力すべき一つの手がかりも見えてくる。