岩手県➧田村市都路町

アーボリスト

久保 優司さん


 

「自分はアーボリストです」そう話すのは、2013年に岩手県から福島県田村市に移住してきた久保優司さん。アーボリストとは、空師(そらし/非常に高い木に登り、伐採作業をする職業)と樹木医(じゅもくい/木のお医者さん)を合わせたような、言わば樹木に携わるスペシャリストのこと。

移住する前は、国家公務員として、岩手県の盛岡地方検察庁に24年間奉職した。若い頃から正義感が強く、リクルート事件(1988年に発覚した汚職事件)などの不正や汚職を見聞きするたび「悪はやっつけなきゃいけない」そう感じていた。

そんな久保さんの生活は、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故がきっかけで大きく変わることに。国家公務員として世の正義のために働いていた久保さんが、今度は全く未知の世界であった「林業」の世界へと足を踏み入れることになったのだ。

除染ボランティアで見た現実。森を何とかしなければ、人々の安心した生活は得られない

久保さんの出身は岩手県北西部にある八幡平(はちまんたい)市。標高2,040mの岩手山の麓で生まれ育った。

東日本大震災が起こった時は、久保さん自身は被災を免れたものの、周りの惨状に「自分も何かしなければ」という想いにかられた。土日を中心に岩手県での災害ボランティアに参加するようになり、そこで岩手のためにと集まった全国各地からのボランティアに感銘を受けた。「もらってばかりではダメだ」と、通っていたボランティア先の活動終了に合わせ、今度は福島県での除染ボランティアに参加した。

除染作業は初めてだったが、基本は放射線量を計り、値が高い所の土を取るという作業で難しくはなかった。しかし、1年半程活動を続ける中で、ある時1つの疑問が湧いた。

「家の周りを除染すると、土中の放射線量は確かに下がるんですよね。ただ、空間線量(空気中の放射線量)が下がらないんです。なぜだろうと思っていたら、実はその放射線は周囲の林から飛んできていたんです」

当時、除染は人が住む町中を中心に行われていた。ただ、森や林を除染しなければ、人々の安全、安心な暮らしは戻らない。誰もやらないのであれば、自分がやろう。そう思い、国家公務員を辞め林業の道に進むことを決めた。

100年後の未来を守るために、選んだ「独立」への道

家を田村市の都路町に構え、お隣川内村の林業会社や、田村市の森林組合で林業の知識や技術を磨いた。林業は木を伐るだけが仕事ではない。木の苗を植え、苗の周りの草を刈り、間伐し、何十年もかけてようやく伐って出荷できるまでになる。

 

「自分たちが今伐っている木は、おじいちゃんや、曽おじいちゃんの世代が植えた木なんですよね。そして自分たちが今植えている木は、孫やひ孫世代が伐って使うもの。それが、原発事故によって森に人が入れなくなってしまった。山や森は放置され、荒れ放題。これでは何十年か後、放射線量が下がり再度木を出荷できるようになったとしても、売り物にはなりません」

 

そんな山の状況を目の当たりにし「これは何とかしないといけない」と思った久保さん。重機が入れなかったり、伐り倒すスペースがなかったりと、特殊な技術がなければ整備できない山や木も多いなか、考えたのが「独立」という方法だった。週に3日働き、2日はボランティアで地域の山を整備する、そんな理想を掲げた。

「稼げる林業」「100%安全な林業」を目指し、国際資格を取得

理想を現実にするために必要なのは「稼げる林業」。機械が入れないような場所での伐採作業や高い場所のせん定など、危険が伴い特別な技術が必要な作業は通常の伐採より単価が高い。そうした作業を「100%安全に」行う。それが久保さんが目指した独立の形だった。

「たまに99.99%安全ですという話を聞きますが、この世界ではありえない数字です。だって、1万回登ったらそのうちの1回は危険ということですよね。この世界では危険=死亡です。だから、アーボリストにとって、そこは常に100%でなくてはいけません。この考え方を、全産業の中で未だに死傷率が一番高い通常の林業にも応用したいと思っています」

幸い当時働いていた森林組合は休暇に対して寛容だったため、休みを利用し久保さんは独立に必要な技術や資格を獲得していった。その1つがアーボリストとしての知識や技術の習得を証明する国際資格ツリーワーカー/クライマースペシャリスト。東北で持っているのは久保さんだけ、全国でも80数名しか所持していないそうだ。

現場での経験に加え、必要な技術、資格・知識を獲得。信頼できる仲間とともに、満を持して久保さんは独立。2022年に「合同会社森の人」を立ち上げた。

「世界レベルの安全性」で実現した年齢、性別問わず活躍できる仕事

社員は20代~70代までの4人、さらに現在2人をトライアル雇用している(2023年5月現在)。現場を見せてもらってまず目に入ったのは、小柄な女性とその女性が倒そうとしている大木。林業の世界は男性が多いイメージだが、久保さんの会社では女性も活躍している。

「アーボリストという職業は女性にも向いていると思います。というのも、安全を担保しているとは言え、作業には常に危険がついて回ります。力の強い(ことを求められる機会が多い)男性は『これくらい大丈夫、できる!』と思ってしまいがちですが、それは危険に繋がります。この世界では『怖い』『大丈夫かな』『聞いてみよう』そういった慎重な姿勢がとても大切なんです」

2019年に行われたアーボリストの技術を競う全国大会で優勝した女性は、2022年の大会に自分の子どもを連れてやってきた。彼女は今でも現役のアーボリストで、現場に子どもを連れていき仕事をしている。結婚や出産で環境が変わっても、技術さえあればどこに行っても、いつでも仕事ができる。そういう意味でも女性におすすめしたい職業だと久保さんは話す。

林業において最も大切なことは、「死なないこと」「家や周囲の建物を壊さないこと」、そして「木、森を護ること」。久保さんが所属するアーボリスト団体を通し、合同会社森の人は常に世界の事故事例を確認し、世界最先端の安全な技術を取り入れている。「世界レベルの安全性」これこそが合同会社森の人の特徴だ。

そんな仕事の姿勢は口コミで広がり、また、これまで企業や組合が立ち入れなかった場所の伐採、せん定のニーズと相まって、今では県内の各地から声がかかる。

自然に親しみ、大切さを伝えるために始めた自然体験アクティビティ「ツリークライミング」

仕事でいつも木を相手にする久保さんが休日に取り組むのは「ツリークライミング」。ツリークライミングとは、ロープを使って自分の力だけで木に登るアクティビティだ。林業の勉強をしている時にその存在を初めて知った。

「林業に携わるうちに、自然を守る必要性を強く感じるようになりました。生態系からもわかるように、すべての生命は他の生命を支えています。この世界に不要な命はひとつもありません。それを多くの人に伝えるために、自然と触れ合うツリークライミングはいいなと思ったんです」

2017年、有志を募り「ツリークライミングⓇクラブどんぐりの芽」を立ち上げた。会員は11歳~71歳までの28人(2023年5月現在)。週末を中心に、昨年は年間で25回のイベントを開催した。参加者は小学生から85歳までと幅広いのが特徴だ。事前の準備を十分整えた上で、車いすの方にも木に登ってもらっている。「ツリークライミングは、誰もが参加できるアクティビティなんです」そう久保さんは語る。

どんぐりがコナラの木になるように、人を成長させてくれるアクティビティ

木に登る前には、全員でもくもく体操という木の気持ちになる体操を行っている。雨を喜び、暑さに疲れ、豊かな実りの季節を越えると、今度はやってくる冬に備える。そして危険が迫ったり、助けが必要だったりする際には木同士で情報を伝達し、助け合う。

「震災以降人が森に入ることが規制され、木に触れることが極端に減りました。でも人が木や森から学ぶことはたくさんあります。地面に落ちている小さなどんぐりが、いずれ大きなコナラの木になるというように、森には生命の神秘があふれています」

ツリークライミングを経験した参加者には、目に見えて変化があるという。全然話さなかった中学生が、木の上ではスタッフに向かって色んな話をしてくれる、ケンカしながら登っていた親子が、木から下りた後には笑いあいじゃれ合っている、怖くて途中までしか登れなかった子どもが「次はもっと高い所まで登る!」と意気込みを聞かせてくれるなど、ツリークライミングは短時間で子どもも大人も成長できるアクティビティだ。

「目に見える変化を目撃できるというのも楽しいですし、さらに参加者がツリークライミングをきっかけに、自然の大切さ、命の大切さに関心を示してくれるととてもうれしいですね」

自然の性質を知れば、危険なスズメバチとも共生できると話す久保さん

満足度100%!山の暮らしの魅力

「初めて田村市が位置するこのあぶくま高原に来たとき『なんで山に人が住んでいるんだ?』と思ったのを覚えています。自分が以前住んでいた岩手の山々は高く険しいこともあり、山と人里は分離していました。それが、ここに来たらみんな山の中で生活している。原木栽培や炭焼きが以前は田村市(主に都路町)の主な産業であったことからもわかるように、ここ田村市では山と人の生活は密接な関係にあるんです」

樹木を守り、山を守ることは、ひいては人の生活を守ること。久保さんが目指しているのは「自然や人間、全ての生命が大切にされる社会」田村市で暮らし、アーボリストになって気づいたことであり、久保さんの人生テーマだ。

久保さんに聞いてみた。「仕事も休みの日も木を相手にする暮らしですが、今の生活の満足度はどのくらいですか?」

「100%だね。やりたいことをやっていて、さらにそれを一緒にやってくれる仲間がいる。これ以上はないよね」

即答だった。

 

合同会社 森の人

電話:090-2843-7965
HP:https://morinohito-llc.com/

 

ツリークライミングジャパン どんぐりの芽

活動場所:田村市を中心とした福島県各地
活動日:土日祝を中心とした不定期開催
電話:090-2843-7965
Facebook: ツリークライミングクラブ どんぐりの芽(リンク:https://www.facebook.com/profile.php?id=100067080214360 )

 

この記事を読んで田村市での生活に興味を持った方、移住を検討している方は、お気軽にたむら移住相談室へご相談ください。

たむら移住相談室

Web:https://tamura-ijyu.jp/
電話:050-5526-4583
メール:contact@tamura-ijyu.jp
※たむら移住相談室は株式会社ジェイアール東日本企画と(一社)Switchが共同で運営しております。