いま日本中で、インバウンド観光客の増加や、地方創生による地域観光を背景に、従来の宿泊では得られなかったような体験価値を提供する宿泊施設が増えています。ホテルや旅館をはじめ、民泊と呼ばれる領域も、法改正が後押しとなり、注目されるようになりました。

今回の連載では4回にわたって、広く宿泊施設の運営を通じて、生き方を変えた人たちに注目し、ライフスタイルに迫ります。

高千穂にできた、ふだんの暮らしを感じられる場所。「たかちほ 旅人とまちの宿 さんかく」

宮崎県高千穂町といえば、「神話のまち」として全国に知られており、海外からの観光客も多く訪れる宮崎県屈指の観光地です。神社や夜神楽などを通じ伝統を今に伝え、パワースポットをめぐる旅人も多く訪れます。その数は年間におよそ125万人。そんな高千穂の中心街の一角に、小さな宿泊施設があります。

「たかちほ 旅人とまちの宿 さんかく」と名付けられた場所を切り盛りするのは、後藤あすかさん。高千穂町出身で、県外で看護師生活を経て地元にUターン。2019年8月に「さんかく」をオープンしました。どのような思いがあるのかを聞きました。

高千穂の好きな景色を届ける

— 「たかちほ 旅人とまちの宿 さんかく」はどのようなゲストハウスなのですか。

後藤:「たかちほ 旅人とまちの宿 さんかく」は、高千穂の町の中心街にあり、建物はもともとは小さな医院でした。25年くらい前に閉院し、病院を営んでいらっしゃった方の奥さんがお一人で住まわれていた時代を経て、空き家になったものです。ここがオープンしたのは2019年の8月なのですが、実は6年くらい前から宿泊施設ができる物件を探していたんです。

そんな中、縁あって巡り会えたのがこの素敵な建物でした。

— レトロ感の中にも暖かな暮らしが感じられる場所ですね。こだわりなどはあるのですか。

後藤:この建物は築70年弱とのことで、けっこう古いのですが、丁寧につかわれてきたのだろうと思う部分も多く、そのままで良いところを引き立たせるようにしています。無機質なものより、有機的なものを活用したりとかですね。

自然なものを中心に置くようにして工夫しています。古いものとケンカするものはいれないようにしています。

— イメージしていた宿泊施設ができたという感じでしょうか。

後藤:実は街中でやるとは思ってなかったんです。私自身が好きな高千穂の原風景は、農業が作る景色なんです。国内外の観光客もたくさん訪れる観光地だけれど、ここで暮らしの部分を感じてほしいと思っていますね。

名勝の観光を目的にされている方でも、農の価値を感じる人や、農業いいなと思っている人が多いので、そういう方に文化や風景を共有していければと考えています。

地元に帰るために、自分の居場所をつくる

— 宿泊施設を始めようと思ったきっかけは何ですか。

後藤:高校から地元を離れて看護学校に通い、兵庫県の病院などに勤務していました。休みのときに旅にでるようになったのがきっかけで、ゲストハウスという存在を知りました。

泊まった先で、出会ったばかりの方とたこ焼きパーティーしたり、〝新たな出会い〟を楽しめるゲストハウスにハマったんです。

20代後半になった際に、実家に帰りたいなと思うようになりました。仕事や生活の面で、帰るなら今だなというタイミングだったのですが、高千穂に帰ることに不安がありました。高校から出ているので知り合いも多くはないですし、変わった部分もあるだろうなと想像していました。

一言で言えば、楽しく過ごせるか不安だったんです。だったら、面白い人が集まる中心に自分がいれば良いんじゃないか。面白い人があつまる場所を作ったらハッピーになると思い、飲食店やカフェなどいろいろ考えていたのですが、行き着いたのが、「ゲストを迎え入れて、私自身が幸せで楽しい毎日を送ろう」と思い、今の形態を選択しました。

高千穂をプレゼンテーションすることがやりがい

リビングではイベントが開かれることもある

— 実際にはじめてみて、どんなやりがいがありますか。

後藤:ここに来た結果、思いがけない旅行プランになるといいなと思っているんです。やってきてくれた人を見て瞬時に、この人はこんな人なんじゃないかな、こんなことを求めているんじゃないかなと想像して、高千穂のプレゼンをするんです(笑)。

その人への響き方を見ながら、もともとその人が持っていたプランに、何が加わればいいかを見極めます。話した結果、もともとの目的地ではないところに行きましたって言われるとニヤニヤしちゃいます。そしてまた来ますと笑顔で帰ってくれるのがうれしいですね。偶発的に高千穂の何かに繋がってくれるとワクワクするんです。新しい出会いを与えられたなという手応えですね。点をばらまく種まきをしていると思っています。

— お客さんからの反応はどんなものがありますか。

後藤:お客さんがニコニコしてくれている風景を見れてうれしいですね。夢が実現できたなぁと思っています。何より自分がちゃんと楽しいです。

リアクションが想像以上にもらえるのでうれしいですね。

宿の色を出しながら、楽しいを提案していくのが、出会いのある宿

広々としたレトロな空間が広がる

— 「さんかく」をはじめて暮らしや考え方の変化はありますか。

後藤:旅で人と出会うことが大事だという感覚が、色濃くなっています。いろいろな国があって、いろいろな人がいる。現実がそれぞれにある。旅人が住んでいる国の話をしてくれたり。ニュースのように、誰かが代弁してる言葉ではなくて、直接体感している人からその国のことを聴けるんです。

文化はそれぞれあるし、お互いにクエスチョンもあるかもしれないけれど、いまこの空間を一緒に楽しめているという感覚は何事にも代えがたいです。

出会って知ることは、ニュースで見るよりも手触りをもって知れると思いますね。

— 宿泊施設の経営というのはどのような方に向いていると思いますか。

後藤:探究心と、ワクワクしたい人に向いていると思います。そして人を楽しませたいという気持ちは必須かな。ただ、自分にとっての楽しいと、お客さんにとっての楽しいとは違うという前提がありつつ、宿の色を出して提案していくのが良いと思います。

— いま盛り上がりをみせる宿業界ですが、今後どのようになっていくと思いますか。

後藤:都会といなかでは別の路線を辿っていくように思います。その地域の飾らない暮らしを体感できるなどなどが求められると思います。

個人的には、人と対面して、コミュニケーションができるような場所と、カギだけのやりとりのような場所は区別されていくのかなと思っています。今後もいろいろな場所が生まれてくるはずです。