年間およそ125万人が訪れる観光客が訪れる日本屈指のパワースポット宮崎県高千穂町。実は高千穂町を含む、宮崎県の高千穂郷・椎葉山地域は、農業や林業を中心とした暮らしと、それを支える仕組み、そして文化が組み合わさり、世界農業遺産に認定されています。

「ここで生きてゆく。」世界農業遺産・高千穂町ドキュメンタリームービー

高千穂町の暮らしを映した映画のような一作があります。それが2020年2月に公開された「ここで生きてゆく。」というタイトルのドキュメンタリームービーです。

地域に関わる人、地域に興味がある人、すべてに一度は見てほしい映像です。

この映像は、いわゆる「地域プロモーション動画」とは一線を画す、強い想いをもって作られたことが伝わってくる映像ではないでしょうか。

もしかすると、高千穂町をまったく知らない人は、すんなりと理解できないかもしれません。なぜなら、これは何何ですよという説明がないからです。わかりやすく、単純で、人を惹き付けるものが良いとされる時代に、時間をかけ、表情と仕草と言葉で伝えられる内容は、暮らしの奥にある文化や、日々の営みが前景に出ているようです。

この映像は、世界農業遺産に認定された高千穂町の「価値」と高千穂町が直面する「課題」を映像を通して映し出す。そして、「変えてはいけないもの」と「変えなければならないもの」を考えるきっかけにするという想いで作られたのだといいます。

この映像から、私たちは何を学びとれるのか。高千穂町役場の田崎友教(たさきとものり)さんにおうかがいしました。

高千穂町の「人」にフォーカスを当て、きっかけをつくるために。

撮影の様子。「人」に迫る

— この映像の制作背景を教えてください。

田崎さん(以下、田崎):きれいなところだけを映すような動画にはしたくないという話をしている中で、きれいな景色の裏側のストーリーやリアルな課題も映し出すことは必須だと考えていました。

会社などの組織と同じように、地域も「人」が一番大事という思いから、高千穂町の「人」にフォーカスを当てました。「人」がいるからこその高千穂町だと思っています。

— 高千穂町を知っている人の方が、よりこの映像のメッセージが伝わるのではないかと思いました。

田崎:この映像は、高千穂町に住んでいる人や高千穂町に何らかの関わりがある人向けに制作しているんです。対外的なPRではないという観点から説明は極力省いているんです。

「変えてはいけないもの(価値)」と「変えなければならないもの(課題)」を考えるきっかけにしたいと想いで制作しているので、それらが凝縮した35分になっています。

どっぷり地域に浸かるからこそ、撮れるもの

映像は高千穂の春夏秋冬を切り取るものになった

— 映像を見ていると、まちの人々がごく自然に振る舞っていて、まるでカメラのことを気にしていないようにも感じました。

田崎:この映像において、コメントを引き出したり、日常をそのまま映すために、出演者と撮影スタッフとの信頼関係を築くことが必須だったと思います。

撮影スタッフの方には、出演者の家に何度もお邪魔したり、一緒にご飯食べたり、泊まりに行ったり、高千穂町にどっぷり浸かっていただきました。その結果、撮影期間も、内容も濃いものになりまたね。

— どれくらいの期間と頻度で撮影されたのですか。

田崎:撮影は2017年5月から2018年7月にわたり、合計12回行いました。雲海撮るために朝3時に起きたり、夜神楽撮影するのに丸2日寝なかったり、撮影素材が多すぎて、まとめるのに苦悩したりと、大変なことが多かったですね。

この地域が持続可能になるためにできることは?

インタビューに答えていただいた田崎さん

— 世界農業遺産のPRという観点で言えば、どのようなことをされていますか。

田崎:地域の中に向けては、このまちが世界農業遺産になるほど価値のある地域だということを伝えたいと考えています。男女問わず、小さい子供から大人、お年寄りまで伝えていきたいですね。

しかし良いところだけを伝えるのは不十分で、「課題=変えなければいけないこと」も一緒に伝える必要があると思っています。

地域内の学校で授業をする際にも、価値や課題をセットで地域のありのままを伝えるようにしています。

— 海外でのPRも多いと思いますが、どのような思いで臨まれていますか。

田崎:個人的なミッションとして、グローバルな場所で得た経験や知識や人脈などを、いかにローカルに落とし込めるかが大事だと考えています。

国内外のいろいろな場所を訪れていますが、常に起点は自分の地元(=ローカル)に置いていて、海外に行く際には、グローバルにPRするというよりも、ローカルのために使えるヒントを探しにいっているというイメージですね。

— 手応えはどのようなものがありますか。

田崎:世界農業遺産の話をしたり、この地域の写真を見せたりすると、みなさんまず驚かれますね。古いものでは江戸時代からある山腹用水路が500kmあったり、夜通し舞う夜神楽だったり、美しい棚田の景色だったりというのは、この地域にある当たり前なのですが、それらは世界に通じるものだと確信していますね。

今後の目標は、この地域が持続可能であるために、この地域にある資源を組み立てていくことです。特に、この地域の資源を活かしてお金を稼ぎ、経済の循環を作っていくことは必須ですが、この地域に足りていない部分だと考えています。

自分たちの資源を活かし、考えながら、本当の意味での持続可能な地域を作っていきたいと考えています。

当たり前の景色を再認識する、そして考えるために

数年前に地域のプロモーション動画が流行したことを覚えている方も多いかもしれません。対外向けに、地域の良いところを思い切り発信する内容が多かったように思います。

そんな中、今回取り上げた高千穂町の映像は、日々の当たり前の景色を当たり前に感じている人に向けて、その見方をもう一度立ち止まって点検を促すようなものでした。

地方創生という言葉は、地域を誰かが何とかしてくれるかのような意味になるときもあり、実際地域の外からやってきてまちづくりを行う事例も数多くあります。

しかし田崎さんの言葉からも感じられるように、その地域の、そのまちの担い手はそこに暮らす一人ひとりで、地域を次世代につなぐ主役も、その一人ひとりであるということを再認識させられます。

持続可能な地域をどう作っていくのか。その視点を、この映像から受け取ってみてください。

世界農業遺産とは?

世界農業遺産((Globally Important Agricultural Heritage Systems(GIAHS):ジアス))は、国際連合の進める取り組みで、遺跡や歴史的建造物、自然など「不動産」を登録し保護することを目的とした【世界遺産】に対して、地域のシステム=その土地の環境を生かした伝統的な農業・農法、生物多様性が守られた土地利用、農村文化・農村景観などを認定し、保全していくものを目指すものです。

なぜ、高千穂郷・椎葉山地域が認定されたのかは、こちらの1分間の映像がわかりやすく教えてくれます。