2.教育を変える〜地域における大学のミッションとAPUの取り組み〜

還暦でライフネット生命を創業し、2018年1月より立命館アジア太平洋大学(APU)の学長を務めている出口治明さん。新著『還暦からの底力〜歴史・人・旅に学ぶ生き方』は、自身初の人生指南の著書として、年齢にとらわれず考えるべき前向きでアグレッシブな内容が評判を呼んでいます。

人生100年時代、そしてコロナの時代に、私たちはどのような考え方で進めばいいか。「アフターコロナの時代に変わるべき考え方」をテーマに、大学と、そして地方のあるべき方向性について行われた、ネイティブ株式会社代表・倉重との対談、第二回は、大学の地域に果たす役割についてです。

第一回はこちら
アフターコロナの日本の“出口”戦略 〜立命館アジア太平洋大学 学長 出口治明さん(1)【地域のキーマンに聞く「新しいニッポン」への道筋】

APU、そして「起業部」の設立と現在の取り組み

倉重:いろんな講演や、先日のNHKの番組でも、出口さんがライフネット生命のトップから大学の学長になられたきっかけについて、偶然のようなものだったとおっしゃっているんですが、それは本当にそういう経緯だったんですか?

出口:そのとおりです。僕は今別府に住んでいますが、ここは僕が住んだ5番目の街ですね。

倉重:そうなんですね。

出口:三重県に生まれて、18歳で京都に行って10年くらい住んで、それから東京、ロンドン、また東京に戻ってから、別府に来ました。三重、京都、東京、ロンドン、別府ですね。これは想像もしなかったことです。

倉重:そういうご経験のなかで、別府の暮らし心地、住み心地ってどうですか。

出口:めちゃいいですね!

倉重:そうですか、やっぱり!(笑)

出口:別府は、幕領だったんですよね。幕府の直轄地でした。

倉重:なるほどなるほど、もともと豊かで歴史もある町なんですね。

出口:それに、温泉町ですから、瀬戸内海の海運を通じて京阪神に直結していて、温泉に来る人々を受け入れてきた町なので、排他的なところがまるで無い。

倉重:なるほど。まさにAPUがあるべき場所なんですね。

出口:こんないいところ、無いですね。

倉重:それとこの著書で知ったのですが、APUで「起業部」を立ち上げられて、学生さんの起業を支援するという教育をしていらっしゃるそうですね。この目的とか狙いってなんなのでしょうか。

出口:これは、とても簡単です。需給のミスマッチを直しただけです。

倉重:ミスマッチ?

出口:僕は大学については素人なので、大学を運営するためには、大学のステークホルダーである学生の意見をまず聞くべきだと考えていて、学長室のドアは開けておくから、いつでも遊びにおいでと言い続けていたら、だいたい年間400人前後の学生が遊びに来るようになったんです。

倉重:へぇぇ!毎日2〜3人くらいのペースですね。

出口:はい。話を聞いてみると、もちろん就活相談から進学相談、恋愛相談まであるんですけど。

倉重:恋愛相談も(笑)

出口:意外に、起業したいとかNPOを立ち上げたいという相談が多かったんです。

倉重:あーなるほど。そうでしょうね。

出口:大学のキャリアオフィスがこれまで何をやってきたかといえば、就活指導を中心に学生指導をしてきていた。

倉重:確かに。普通はそうですよね。

出口:学生のニーズは就活だけではなかったのです。起業とかNPOをやりたいという学生がたくさんいた。明らかに需給のミスマッチが生じていたんです。

倉重:なるほど!

出口:大学組織を年度途中から急に変えることはできませんから、そこを補うかたちで、学長直轄プロジェクトとして起業部を作りました。需給のミスマッチを小さくしようとしただけです。

倉重:納得です。一方で、僭越ながら私も起業した立場で言わせていただくと、やっぱり起業って、学生にとってはもちろん夢も描けるんですけども、実際には、全てがうまくいくわけじゃない。実際に成功する例は少ないと思うんですけれども。

出口:はい。

倉重:出口さんが起業部で考えていらっしゃるのは、本当に起業して成功する人材を育てることなんでしょうか?

出口:そんな、大それた考えはゼロです。

倉重:ゼロなんですね。

出口:実は起業部自体は、APUが最初ではありません。九州大学にも起業部があり、APU企業部の先輩です。

倉重:はい、はい。

出口:そちらには、熊野先生というめちゃすごい先生がいて、起業に興味がある学生を集めて、虎の穴式に鍛えるんです。これは、本格的な起業家を育てる発想だと思います。

倉重:なるほど。

出口:APUの起業部は少し違う考え方です。やりたいことがある学生、こんなことをやりたいけど助けて欲しいという学生を集めて、僕と7人の教職員(第3期からは4名)、メンターが手分けして、彼らの夢を助けるんです。我々が鍛えるんじゃない、彼らがやりたいことを見つける機会をつくって後押しする。

倉重:そういう考えなんですね。

出口:僕は、大学は勉強だけを教えるところではないと考えてるんです。学生が4年間に、やりたいことや自分の興味のあることを見つける場所が、大学であると考えています。

倉重:なるほど〜。

出口:それは、勉強であれ起業であれ、あくまで学生の主体性が中心であって、我々はその背中を押す、あるいは彼らのわからないことを手助けする。だから、同じ起業部でも、APUと九州大学では理念が違うんですね。

倉重:起業自体が目的ではないんですね。

出口:もちろん、どちらがいいとか悪いとかいうものではなく、いろんな考え方があっていいと思います。APUは、在学中に、自分の興味があること、夢中になれることをみつけてほしいという教育を行っています。

倉重:なるほど。教えるんじゃなくて、見つける場なんですね。大学は。

出口:というかそれしかできないんです。科学的な見地からも証明されていますが、人間は、自分の興味があることや、好きなことしか本気でやらないんです。

倉重:たしかに。本当にそうですね。そう思います(笑)

出口:だから、サイエンスをベースにした大学経営というのは、そうあるべきなんじゃないかと思うんです。

倉重:確かにそうなりますね。

出口:そのスタンスで、起業部のメンターは、それぞれやりたいことが違う学生に対して、アドバイスをしたり、あるいは企業とつないだりします。

倉重:はい、はい。

出口:その他には、税制などの行政の制度やスタートアップを支援してくれる大分県や別府市の制度を紹介したりしています。

倉重:なるほど。

出口:それと、一番いいのは、ロールモデルです。

倉重:ロールモデルですか?

出口:学生に「ジョブズはすごいぜ」とか言っても、すごすぎて自分ごとにならない。

倉重:確かに。すごすぎちゃいますよね。(笑)

出口:彼らに一番いいロールモデルは、やっぱり、APUの卒業生で2−3歳上の、先輩たちです。

倉重:うん。うん。それは絶対そうですね。

出口:だから、全国、全世界で起業している先輩を呼んで、学生と一緒に議論してもらう。

倉重:なるほど。それはいいですね!

出口:そしたら「この先輩がやってるんだったら、自分でも頑張れるかもしれない」と思う。それが、起業部がやっていることです。

倉重:素晴らしいですね。

出口:教えるという気持ちはもともと無いんです。彼らがやりたいことをみんなが応援する、助ける。それがAPUの起業部の理念なんです。

倉重:それは、すごく共感します。逆にメンターの人たちにとってもそれってすごくいい機会になるんじゃないでしょうか。初心を思い返すっていうこともあるだろうし、純粋に考える学生さんたちと向き合うと、やっぱり自分が忘れていり曇っていたことを、改めて思い知らされて気づきがあるとか、そういうこともありそうですね。

出口:はい、だから、教えるということは教えられることと同義であって。大人は一般には経験があるんですよ。でも経験がある人が豊かな発想や瑞々しい感性があるわけではないと思っています。教職員と学生がふれあうことで、ケミストリーが生まれて、お互いが学んでいく、お互いが成長していく、それが大学の本義なんです。大学は「場所」のビジネスだと僕は思ってます。

倉重:なるほど、なんかこう、大きなコミュニティというか社会というか、プラットフォームというか、そういうイメージですね。

出口:はい。しかもAPUは、およそ90の国や地域から若者が集まっているので、ケミストリーが生まれやすい。もともと、いい環境にあるわけです。

倉重:もう、国連みたいなものですもんね。

出口:そうです、ほぼ国連です。

倉重:すごいですね、本当に。

出口:だから、APUの起業部は、そういう面ではかなりユニークなんです。起業家を育てるというのは、結果であって、学生のやりたいことや夢を応援するのがAPUの企業部です。

倉重:うん、うん、うん。そうですね。

開学20周年の目玉、新学部に寄せる期待

倉重:著書にもありましたが、2020年はAPUの開学20周年ということで、その事業の目玉として、地域開発や観光をテーマにした新しい学部を検討されているとのことですが。

出口:はい。2023年に開設することを立命館学園として決定して、準備を進めています。

倉重:地域に関わる者として非常に興味があるのですが、具体的にどういう学部を考えていらっしゃるんですか?

出口:例えば、僕は旅が大好きなんですが、それに加えて、僕は絵画も大好きです。ですから、ヨーロッパに行けば必ず、まっ先に美術館に行きます。

倉重:へぇ、そうなんですね。

出口:他のほとんどの時間はどこに行っているかというと、マーケットで、おいしそうな果物や野菜をかじってみたりとか、地元の人が行っている、流行っているレストランに行って、みんなが食べているものを食べたりします。それがやっぱり、いちばん楽しいですよね。

倉重:そうですね。

出口:観光というのは、お寺などの観光スポットを回るだけではないと思っていて、その地域や、地域の人々と触れ合うなかで、そこの伝統や食べ物や習慣を学び、気づきを得ることが観光だと考えています。

倉重:たしかに。本当にそう思います。

出口:こうした考えから、「持続可能な開発と観光をテーマにした学部を作る」ということが、決定しています。地域にいろんな人が来て、地元の人と触れ合うこと、俗に言う関係人口ですね。地元の人に出会えること、これが一番の観光であり、そういう観光こそが地域開発なんです。

倉重:うん、うん。

出口:持続可能な地域開発は、持続可能な観光であり、インバウンドの受け入れ促進にもつながるものです。逆を言えば持続可能な観光やインバウンドは、持続可能な地域開発なんです。こういう理念のもとに新しい学部の設計をすすめています。

倉重:なるほど。

出口:観光系の学部は卒業後は旅行会社へ就職するというように思うかもしれませんが、そうではない。
地域をよくしたり、地域を開発するためには、たとえば市役所に勤めてもいいし、NPOに勤めてもいい。いろんな立場で地域を総合的に見る。持続可能な形をさぐる。そういった視野で観光を考えることができる場を作りたいと思っています。これは日本だけでなく世界共通の課題です。

倉重:うん、うん。それはそう思います。

出口:人であったり、食であったり。そういう地域の特性を、世界の皆さんに知ってもらうことが大切です。

倉重:今のお言葉のなかで、「人に会ってもらうのが観光」と断言されてましたけど、私も本当にそこは共感します。世界的にもそういった考え方が広まっていますね。関係人口的なアプローチをすることで、何度も来てくれる人を増やしたい。そのためには人と出会って、話して仲良くなってまた会いたくなる、そういうアプローチがこれからの観光の本流になってきているきがします。

出口:そうですね。それがSDGsの目標そのものだと思います。

倉重:もうひとつ、出口さんが著書のなかでおっしゃっている、グローバルという観点についてもお聞きしたいんですけれども。

出口:先日、九州大学と協定を結びました。これは九州からもっと世界に飛び出していく、国連とかユネスコなど国際機関で活躍する人材を育てようということで、九大とAPUが一緒にやっていくことになりました。地域の国立大学と私立大学がひとつの目的で連携協定を結ぶのは、あまり多くはないかもしれません。

倉重:そうですね。

出口:我々は、地域が元気でなかったら大学に人は集まらないと考えています。別府や大分や九州が元気にならなかったら、APUの未来もないんです。

倉重:そうですね。

出口:だから、APUが民官学のハブとなって地域を元気にしていくことが、大学の役目だと考えています。
他にも、我々は、去年は九州経済連合会とも連携協定を結びました。九州の企業と我々の学生をマッチングさせようと取り組みをすすめています。

倉重:そうですか…。

出口:あるいは地域で言えば、大分県のすべての市町村とも連携協定を結んでいます。
去年は佐賀県の有田町(注:日本の伝統工芸品の1つ、有田焼の産地として知られる町)と新しく協定を結びました。
有田町は、人間国宝が2人もいる伝統の町なんです。でも、売上が激減してます。
盃や徳利が人気だった有田焼にとって、やはり日本酒の晩酌という習慣が少なくなった影響もあるかもしれません。

倉重:そうでしょうね。

出口:人口が減少している日本で、これはがんばったら元には戻るか、といえば、そうはならない。だから、世界に行くしかない。

倉重:なるほど。そうですね!

出口:でも、例えば有田の人々は、マレーシアの人びとがどんな人で、どんなご飯を食べているか、知らないわけです。だから我々の学生が、日本の有田焼という素晴らしい伝統を、学ぶ機会を得る、学習させてもらう、その代わりに、それぞれの国で好まれる食器や陶器や色を教える、こういった相互に学び合う機会を大学が積極的につくっていくことで地域を元気にする役割を果たして行きたいと思っています。

倉重:それが本当に実現できたら、地域が世界と直結して経済圏を作れるということになりますよね。

出口:そうです。東京を経由しないで、九州がアジアのゲートウェイとなって世界に出ていく、そういうお手伝いを、我々はできるんです。

倉重:今のお話ですと、まさにAPU自体が、大分だけじゃなく九州の原動力になりますね。

出口:その原動力の「一部」は担えるかもしれません。小さい大学ですから、そんな大それたことはできませんが、我々のできることは、極力やっていきたいと思っています。それがまた学生の学びにもつながっていきます。学生が学ぶというのは、大学の教室で授業をを受けるだけではなくて、地域からも学ぶべきなんです。

倉重:APUは先行されていると思うんですが、最近全国のあちこちで、大学の専門的な学部で、地域との関係性を作りながら盛り上げていこうという動きが、けっこう活発ですよね。

出口:世界的に見てもそうです。ボストン郊外にあるボストン大学やハーバード大学や、それからケンブリッジにあるMIT(マサチューセッツ工科大学)なども、大学が街をひっぱっているんです。

倉重:もともと大学の役割自体がそうだということなんですね。

出口:そうです。大学は昔から官民学の連携のハブになってきました。

倉重:確かに。

出口:ただ、地域おこしの話については、大学を起点にした官民学の連携だけで考えてはいけないんです。その他にもいろんな創意工夫の余地が山ほどあるんです。

倉重:その点について、もう少し詳しく教えて下さい。

→次回は、「地域を変える〜人口増から目を背けない地方創生を〜」です。
第三回はこちら
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立命館アジア太平洋大学 学長 出口治明(でぐちはるあき)
京都大学法学部を卒業後、日本生命保険相互会社を経て2006年にネットライフ企画株式会社(現ライフネット生命保険株式会社)を設立。2017年会長職を退任。2018年より立命館アジア太平洋大学 学長を務める。
近著に、「還暦からの底力〜歴史・人・旅に学ぶ生き方」など多数。
twitter:@p_hal

【インタビュアー】ネイティブ株式会社 代表取締役 倉重 宜弘(くらしげ よしひろ)
金融系シンクタンクを経て、2000年よりデジタルマーケティング専門のベンチャーに創業期から参画。大手企業のネット戦略、Webプロデュースなどに数多く携わる。2012年に北海道の地域観光メディアを立ち上げたのをきっかけに、2013年「沖縄CLIP」、2014年「瀬戸内Finder」を手がける。2016年3月、地域マーケティング専門企業「ネイティブ株式会社」を起業し独立。