3)地域を変える〜人口増から目を背けない地方創生を〜

還暦でライフネット生命を創業し、2018年1月より立命館アジア太平洋大学(APU)の学長を務めている出口治明さん。新著『還暦からの底力〜歴史・人・旅に学ぶ生き方』は、自身初の人生指南の著書として、年齢にとらわれず考えるべき前向きでアグレッシブな内容で評判を呼んでいます。
人生100年時代、そしてコロナの時代に、私たちはどのような考え方で進めばいいか。「アフターコロナの時代に変わるべき考え方」をテーマに、大学と、そして地方のあるべき方向性について行われた、ネイティブ株式会社代表・倉重との対談、最終回は、これからの地方創生のあり方についてです。

第一回はこちら
アフターコロナの日本の“出口”戦略 〜立命館アジア太平洋大学 学長 出口治明さん(1)【地域のキーマンに聞く「新しいニッポン」への道筋】

第二回はこちら
アフターコロナの日本の“出口”戦略 〜立命館アジア太平洋大学 学長 出口治明さん(2)【地域のキーマンに聞く「新しいニッポン」への道筋】

これからの地方創生に不可欠な2つのポイント

倉重:「地域おこしには創意工夫の余地が山ほどある」とおっしゃいましたが、ぜひ、その点を詳しく教えて下さい。

出口:地方創生の根本的な課題は、人口の減少です。

倉重:はい。そうですね。

出口:日本では、これはもう仕方がないことだと諦める人が多いんですけど、ここに根底的な間違いがあります。フランスは同じように一度は少子化に陥ったものの、現在の出生率は2.0を超えています。だから少子化というのはやはり政策の問題なんですね。

倉重:はい。

出口:東京一極集中は、日本の人口が減ることでコンパクトシティ化現象が起こっているということの現れだと考えなければ、その本質を理解できません。だから日本の課題は、1に少子化、2に少子化、3に少子化だと考えています。

倉重:うん、うん、うん。

出口:日本の衰退の問題の根源は、人口の減少にあります。ここにメスを入れない地域おこしや、地方創生の提言は、ほとんど意味がないと思いますね。

倉重:なるほど。

出口:それからもうひとつ。地方銀行や地方大学が苦しくなっているのは、何を意味していると思われますか?

倉重:うーん、何を意味しているか…。一言では難しいですね…。

出口:簡単にいえば、この国土を47の地域に分けるという構造自体が悲鳴を上げているのです。地銀とか地方大学は、”炭鉱のカナリア”なんです。だから、我々が考えなきゃいけないのは、「道州制」(注:現行の都道府県よりも広域な行政区分として道と州を新たに設ける構想)です。

倉重:なるほど。

出口:つまり、地方の仕組みをもっと大ぐくりすることを考えていかなければいけません。
「人口の減少」と「地方の枠組み」を考えない、この2つを前提にしない地域おこしは、極論すれば、全部ニセモノです。ちまちまと表面的な問題を論じていても、根源的な解決にはいたらない。この2つをしっかりと中心に据えて議論をしていかないと、地方の疲弊は止まらないと思います。

倉重:出口さんは、ライフネット生命のときから、若い人たちを助けるために保険料を安くというミッションを語られていらっしゃいましたね。

出口:はい、そうです。次の世代を育てることは、すべての基本です。もっと端的にいえば赤ちゃんが生まれなくなって栄えた国や地域は、歴史上ひとつもないんです。この当たり前のファクトを、我々はもっと考えなければいけない。

倉重:うん、うん。

出口:僕は、政府の「まち・ひと・しごと創生会議」でも、「少子化」の議論と「地方の分県化」「道州制」の議論を避けて通ることはできないといつも言っています。

倉重:ははは(笑)

出口:民間のメディアの皆さんも、ぜひ少子化の問題と分県化の問題を積極的に議論してほしい。これを議論しない地域おこしは、極端に言えば、畳の上の水練、机上の空論だと思います。

倉重:なるほど。肝に命じます。

出口:はい。

倉重:以前、出口さんに「地方創生」をテーマに講演をしていただいたことがあるのですが、その際に非常に印象に残ったのが「通販も観光の入り口、移住も帰らない観光と考えたらいいんじゃないか」という言葉でした。実はそれを私達の会社の考え方のべースに使わせてさせていただいています。

出口:そうですか。

倉重:本当に歴史が追いついてきたというか、社会がそういう状況になって、痛感しているんですね。人がどんどん増えて、地域に寄ってくるこのプロセスを、縦割りじゃなくて横につなげて考えるという発想をそこでいただいて。

出口:まぁ。平たく言えば、広い意味での関係人口論ですから。

倉重:そうですね。

出口:この考え方は今は一世を風靡していますけれど、これだけに頼るのは致命的です。もちろん何回も何回もリピートを繰り返せばふくれあがってきますけど、限界はあるわけですから。だからやはり、人口を増やすということはいかに大事かと。その根源を忘れた議論はありえないです。

倉重:なるほど。そのとおりですね。

出口:それから、地域のもう一つの鍵は人材です。

倉重:はい。それは同感です。

出口:「まち・ひと・しごと創生会議」で、ある県知事がこう発言しました。たとえば日本政策投資銀行の支店長がすごくよくできる人で、「来てすぐ地域の構造的な問題について気づき、指摘をした。いい人が来てくれたから、県の参与になってもらってアドバイスをしてもらおうとお願いに行こうと思ったときに転勤になってしまった」と。

倉重:うーん。よく聞く話ですね。

出口:これでは、地域を継続的にフォローできる人材が育たない。だからせめて5年くらいはいてほしいと。
けれども、今の人の流れでは、5年くらいいてほしいと頼むことは、その人の出世の道をつぶすことになる。

倉重:はい。

出口:だから諸悪の根源は、世界のどこにもない「自由に転勤させることができる総合職」が最上位であるという考えです。これが一番迷惑なんです。この歪んだ考えをなくさない限りは、地域に根ざした人材は育たないんです。

倉重:そうですね。

出口:この、転勤自由な総合職がいちばん上だという歪んだ考えのもとは、「家は寝るだけ」と思いこんでいることにあります。その人が、地域のサッカーチームで子どもたちをおしえている信頼された名コーチであるかもしれないという可能性を考えていない。

倉重:うん、うん、うん。

出口:社員と地域の結びつきを一切考えない、傲慢な考えですよね。

倉重:なるほど。

出口:さらに、パートナーについては、どうせ専業主婦だからついていくだろうと、勝手に想定していて、ついていかないのであれば単身赴任すればいいと思っている。こんな歪んだ考えはないですよ。

倉重:まったくですね。

出口:この話をある大企業の幹部に言ったら、「ちょっと待ってください」と。「札幌とか福岡は、転勤希望者は山ほどいるが、過疎地にはいない。だから、転勤可能な総合職という制度は必要ですよ」というのです。

倉重:なるほど。

出口:希望者がいないのなら、地域で採用したらいい。地域の人はめちゃ喜ぶし、会社の評判も上がりますよね。しかも地域の人は地縁人縁があるので、東京から来てすぐの人よりも、はるかに仕事がはかどる。

倉重:そうですね。

出口:だから、今回のテレワークは、この転勤という歪んだ制度を廃止する絶好のチャンスなんだと思っています。

倉重:そうですね。全く同感です。

出口:こうすることで、地域を担う人材が育つんです。

倉重:そう思います。我々も地域の人と一緒にやるのが基本です。

出口:それでも、考えが浅い人は、遠くにいたら評価ができないじゃないか、という。愚の骨頂です。

倉重:そうですね。(笑)

出口:九州にいても北海道にいても、業績上げたら評価すればいいだけのことです。自分の近くにいて、ゴマすり具合を見ていないと評価できないのか、という話ですね。

倉重:うん、うん。

出口:業績で評価させば、優れたリーダーかどうかもわかる。働き方の改革を行うのに今回のコロナは絶好のチャンスです。転勤という歪んだ制度を今こそなくせば、地域を10年20年と責任を持って活性化できる人材が育つと思います。

倉重:ほかに、テレワークの推進で、東京の仕事を地域にもっていくという、流れもあると思います。そうすると、いままで高度経済成長時代から人材が東京に吸い上げられていたのが、もしかしたら還流できるチャンスになるんじゃないかなと思うのですが…。

出口:いやぁ、その発想はやめたいですね。

倉重:ほお。そうでしょうか?

出口:日本が鎖国の時代なら、それでもいいです。東京のものを地方に持っていったらいいでしょう。でも東京は「一極集中」しているにもかかわらず、香港やシンガポールに大きく遅れをとっています。東京の一極集中をやめるとか、東京から何かを持ってくるという発想は、日本全体の競争力を下げてしまいます。

倉重:なるほど。グローバルの視点が足りないわけですね。

出口:そのとおりです。東京は東京でもっと強化して、香港シンガポールや北京をぶっちぎる大きなハブにしていかないと、日本の未来はないですよ。

倉重:確かにそうかもしれません。

出口:地方は地方で、東京から仕事をもらってくるとか、そんな小さい発想をしていたら、永遠に地方の未来はないですよ。地方は東京ばかりを見ずに、自分たちは何ができるか、自分たちの未来はどこにあるのか、考えていくべきです。
日本の地域おこしがいままでうまくいかなかったのは、鎖国的に考えていたからではないでしょうか。これは、地方交付税等で首長が東京に行って”おこぼれちょうだい”をしていた時代の発想と何も変わらない。

倉重:なるほど。地方は地方でちゃんと人材を育てていく必要があるということですね。

出口:そうです。それには、転勤という歪んだ制度をなくすのが第一ですね。

これからの時代を生きるメッセージ

倉重:いや本当に、学びの多い贅沢な時間でした。ありがとうございます。
最後に、今コロナで気持ちが沈んでいる多くの人への、出口さんからのメッセージをお願いできますでしょうか。

出口:「気持ちが沈んで、ろくなことはないですよ」と言いたいですね。(笑)

倉重:ははは(笑)

出口:記録が残っているパンデミックは、ローマ帝国の時代からあるんですけど、たくさん記録が残っているのは、やっぱり14世紀のペストです。

倉重:はい。そうですよね。

出口:この時も人々は、やっぱりステイホームをしたんです。そしてその時に書かれたのが、ジョヴァンニ・ボッカッチョの『デカメロン』です。彼はフィレンツェの街を歩いて、ステイホームでとじこもっている人々の話を物語にしています。めちゃくちゃおもしろい本で、是非読んでほしいです。下ネタ満載の元気の出る面白い話ばかりですよ(笑)。

倉重:そうなんですね!(笑)

出口:ステイホームで意気消沈していても、あえて彼らはおもしろおかしい話をして、人生って楽しいじゃないかと、憂さ晴らしをしていたんです。
だからみなさんも、気分が消沈しているんだったら、『デカメロン』を読んでたくさん笑って、元気になってほしいです。

倉重:出口さんのメッセージは、常に前向きで明るいですもんね。ほんとに。

出口:いえ僕が、と言う前に、人間はいつもそうやって生きてきたんだと思います。だから『デカメロン』を読めば、それがわかりますよ。読むだけで元気になる。

倉重:たしか、ニュートンの「万有引力の法則」も、ステイホームがきっかけで生まれたんですよね。

出口:おっしゃるとおりです。大学が封鎖されて故郷に帰って深く考えている中で、彼の3大発明はぜんぶ生まれた。そんなもんですよ。

倉重:ということは、今まさに新しい何かが生まれつつあるということですよね。

出口:生まれつつあります。でもそれを活かすも殺すも皆さん次第です。生まれたものを活かすか殺すか、それは我々次第だということを認識すべきだと思います。

倉重:胸にズシンとくるメッセージです。本日は本当にありがとうございました。コロナが落ち着いた頃に、またお目にかかりたいと思います。

出口:はい、是非大分に遊びに来てください。

<第一回>

<第二回>

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立命館アジア太平洋大学 学長 出口治明(でぐちはるあき)
京都大学法学部を卒業後、日本生命保険相互会社を経て2006年にネットライフ企画株式会社(現ライフネット生命保険株式会社)を設立。2017年会長職を退任。2018年より立命館アジア太平洋大学 学長を務める。
近著に、「還暦からの底力〜歴史・人・旅に学ぶ生き方」など多数。
twitter:@p_hal

【インタビュアー】ネイティブ株式会社 代表取締役 倉重 宜弘(くらしげ よしひろ)
金融系シンクタンクを経て、2000年よりデジタルマーケティング専門のベンチャーに創業期から参画。大手企業のネット戦略、Webプロデュースなどに数多く携わる。2012年に北海道の地域観光メディアを立ち上げたのをきっかけに、2013年「沖縄CLIP」、2014年「瀬戸内Finder」を手がける。2016年3月、地域マーケティング専門企業「ネイティブ株式会社」を起業し独立。