佐藤武司(MIWA Holdings 株式会社 代表取締役 /
株式会社 more trees design 取締役)
ビクターエンタテイメント独立後、広告制作会社株式会社ライトニングを設立。
坂本龍一の呼びかけで始まった森林保護団体「more trees」との協働や、文化庁メディア芸術祭の
アドバイザーなどを歴任し、2012年にパリ・サンジェルマンデプレに伝統的な包み方「折形」を
茶会のように儀式として行う会員制のサロン「Pavilion MIWA」をオープン。
日本の文化の根源は自然に対するセンシビリティにあると感じ、京都北山の奥深くに
長期滞在型の施設「The lodge MIWA」を2018年にオープン。
フランスと日本を往復する日々を送っている。

 

梅川壱ノ介(舞踊家)
舞踊家。日田市生まれ。東京バレエ団でバレエダンサーとしてキャリアをスタート。
2007年に国立劇場養成課の歌舞伎俳優の研修生に。人間国宝・坂東玉三郎氏との
出会いに大きな影響を受け、2010年に中村獅童一門に入り、中村獅二郎の名で初舞台を経験する。
2016年に舞踊家へと転身、「梅川壱ノ介」へ改名。古典と現代アートの融合作品を手掛ける他、
司会やモデルを務めるなど国内外を問わず活躍中。新進気鋭の存在として注目を集めている。
水郷ひた観光親善大使。

 

「僕の中の光は三隈川の日田」
セーヌ川のパリみたいにライブ配信でこのように述べたシネマテークリベルテの原さんが印象深かったです。
もちろん、パリなんて引き合いに出さなくても、日田の歴史、文化、人情、はそれ自体で忘れられない印象を残します。

今回のミーティングツアーはバレエ、歌舞伎から日本舞踊へと転身した日田出身の舞踊家、梅川壱ノ介さん。もうひとりはフランスで「折形」セレモニーを主催、京都の山奥でゲストハウス経営などをしているMIWA Holdings 株式会社 佐藤武司さん。
まずは大原神社そばにある大はら茶屋で有名な山菜料理「花てぼ弁当」をいただきながら顔合わせ。本編映像を見ていただけるとわかりますが、おひとりは和服、もうおひとりはすらっとした洋服。梅川さん、さすが日本舞踊家のお召し物、と思いたいところでしたが、なんと和服の方が佐藤さん。これには梅川さんも驚いて笑っていました。
もちろん和服は梅川さんもお手の物。おふたりはすぐに仲良くなって和服話に花が咲いておりました。

さて、日田というのは僕が住んでいる大分市から最も遠い市町村のひとつです。以前JRで行ったことがあるけどたっぷり2時間はかかります。車だと高速に乗って1時間ぐらい。全く知らない土地というわけではないのだけど、心理的にも物理的にも近いとは言い難い。
どちらかというと福岡文化圏なのかな? と思えるほど高速バスターミナルは福岡のほうにその顔を向けているし、実際今回のツアーで出会った人たちに訊いてみても、大分市より福岡市に出ることが多いようでした。

 

よく言われるのは大分はもともと小藩分立といって、当時の自治体単位で考えるとそれぞれ全く別のところなのだ、という話。まあ昔の区分なんて今はあんまり関係ないのでは?とも思えるのだけど、歴史というのは常にいろんなところにいろんな形で残り香があるものです。

 

そもそも土地の風習や言葉というものは山や谷を境に変わりやすいと何かで読んだことがあります。バイクに乗る人はわかると思うけど、山や谷を越えると空気の温度や匂い、湿度がすっと変わることがあります。風が違ってくるような感覚。「風習」というぐらいだから風が変わると人も土も習わしも変わってくるのはむしろ自然なことなのかもしれない。

 

由布院の由布岳みたいに愛されている日田のソウルランドスケープは前述した三隈川。本編映像中でも「すてーき茶寮 和くら」の古田嘉寿美さんに案内されながらゲストのおふたりが三隈川沿いを歩くシーンをご覧いただけます。これはミーティングツアー第4回のゲスト、ソトコトの指出さんが教えてくださったことですが、水路で考えると今とは違った文化がその土地に見えてくるそうです。なるほど、ここでは風ではなく、川だ。
確かに、水運時代に大量の日田杉を運搬していた三隈川とその周辺を見渡すと、川沿いにある大きな蔵、大きな塀には川辺に直接出るための通路の跡、など見えなかった地層が壮大に立ち現れてくるのです。

 

「林業」というのは20世紀中ごろまでは相当に大きな産業であったようで、日田の繁栄は今の豆田町にも窺い見ることができます(言わずと知れた廣瀬淡窓の咸宜園もあります)。

国内の「林業」が形を変え、巨大な産業とは言えなくなってからの日田という町全体のハード面にはたしかに「宴のあと」のような雰囲気もあるかもしれません。でも、そのようなハードをうまく活用し、そこで暮らす日田の人やそこで生まれる新しい仕事、伝統工芸の若き継承者は、これからの可能性と挑戦にその目を輝かせていました。

日田の魅力はまさにこの「日田人の挑戦の輝き」。なので今回はたくさんの人に会いました。18歳まで日田で育ったという舞踊家の梅川さん。彼のような多彩な才能は日田だからこそ生まれたのだと納得させられる日田の熱量。パリを行ったり来たりの佐藤さんも、過去に実はNTTドコモの木製スマホ「TOUCH WOOD」の開発に関わっていたとのこと。「林業」のこれまでとこれからを町ごと体現する日田で出会う人たちのお話に随分熱心に耳を傾けていました。
MAPと一緒にご紹介していこうと思います。

 

 

大はら茶屋

由布院の亀の井別荘で腕を振るっていた香川さんの作る「花てぼ弁当」は必ず食べてみてほしいです。場所はなんと神社の奥の竹林の中。梅川さんと佐藤さんは食後、お参りに行っておりました。

大分県日田市田島2-656-6
HP:http://www.o-haracyaya.jp/

本野はきもの工業

「下駄王子」との呼び声が高い本野雅幸さんの工房。工房の建物自体が離れて見ると下駄に見えるという徹底ぶり。創業70年、本野さんは3代目だそう。70年の間に移り変わった日本人の下駄との関係にうまく橋渡しをする現代下駄を製作されています。本野さん、「王子」の称号とは少しイメージの違う、とっても話しやすい気さくな方です。ビームス、スノーピーク、などとのコラボ下駄を手掛けながら、伝統とは何か? これからの下駄の在り方とは? その答えは下駄を作ることで聞かせてくれます。僕も一足購入いたしました。

大分県日田市三芳小渕町1080-3
HP:http://motono-hakimono.com/

㈳NINAU

日田出身の元TVレポーター、岡野涼子さんが代表を務める高校生や大学生などの若者と日田の仕事や文化を繋ぐところ。僕も大分でこういうことができたらいいなと思うぐらい日田にとってとてつもなく重要な場所だと思いました。だって若者が平気で離れていって顧みる機会のない地方都市は加速度的に衰亡していくに決まっている。自治体がなくなる、と言ってもあまりピンと来ないかもしれないけど、美しい風景とそこで醸成された文化や人の繋がりが消えていくのは、何かとても重要なことに失敗したような気がして仕方がない。それはイデオロギーが多様性を失うときの恐ろしさと同じだと思います。
自分がそうだったように、若者は「憧れ」が原動力で強くなります。今の日田のかっこよさは充分あります。岡野さんの存在を通してたくさんの新しい「憧れ」が生まれていっています。

大分県日田市元町15-1
HP:http://www.ninau.or.jp/

日田シネマテークリベルテ

日田唯一の映画館、というだけでは半分も語ったことにならないのがリベルテのすごいところ。何と言っても支配人の原茂樹さんは論客です。それもうんと地元の日田を愛し、これからの日田を作っていこうという意思に漲った志士のような。
原さんは気持ちのいい芯の通った人で、リベルテを通して日田の「今」を最も県外に洗練された形で発信している人ではないでしょうか。坦々として、わかりやすさに逃げこまず、賑やかさでごまかさない。そんな風に実直さと美意識の間でバランスをとるのは至難の業です。僕は大好きになりました。
地方都市の映画館の在り方、というよりも、映画館だろうが何だろうが自分の仕事を作り、自分の住んでいるところでいかに楽しく生きるのか、という根源的な創造性を体感することが出来ます。今後も目が離せないリベルテです。

大分県日田市三本松2丁目6-25 日田アストロボール2F
HP:http://liberte.main.jp/

小鹿田焼 坂本窯

大分の誇る工芸、小鹿田焼の新星、坂本創さんの工房を訪ねました。柳宗悦の民藝運動で見出され、英国陶芸家バーナード・リーチが滞在し、という話はことあるごとに語られている小鹿田焼ですが、ずっと変わらないことに価値を置くことは簡単なことではないでしょう。
坂本創さんはまだ20代。骨太さと洗練さを併せ持つ色気のある好青年で、飲みに行くとポケットから出てくるクロムハーツのライターがよく似合う。子どものころから土に触れ、これからの小鹿田焼の若き担い手としての彼を見ていると、変わらないために変わり続けなければならない、ということの大切さを改めて感じました。

大分県日田市鶴河内174

すてーき茶寮 和くら

和くらさんでお昼を頂きました。ここは日田の地層を一つの建物に現わしたような驚愕すべきところです。望月通陽、サイ・トゥオンブリの平面作品や、東西のアンティークが壁にかかり、床にはハンス・ウェグナー、フィン・ユールの名作チェアーが並び、三隈川をながめながら絶品ステーキを食べられます。建物自体は材木商時代に建てられた相当に立派な蔵で、代々一家によって所有されているため、時代がシームレスに繋ぎ合わされているのです。
後藤家の娘さんである古田嘉寿美さんに三隈川を案内されると目の前の景色が段々と時代を遡ります。
代々引き継いできたものと、新しく身に付けた美意識が、こんなにも調和する場所は滅多にないのではないでしょうか。日田を知るためには絶対に行かなくてはならないところです。

大分県日田市隈2丁目4-13
HP:http://www.wakura.com/

NPO法人 離島経済新聞社日田オフィス

「リトケイ」の鯨本あつこさん、多和田真也さんを訪ねました。鯨本さんは日田出身、多和田さんは沖縄出身です。離島の情報を発信するかなり珍しい新聞を作っていて、教育、文化、医療、食、などその視点は切実で多岐にわたっています。地元で子育てをしながら、全国に視野を持ち、全国の顧客に向かってものを作る。極めて現代的な働き方、暮らし方をさらりとこなしているこのご夫婦がいることが、日田の懐の深さを実によく現わしているように思います。
「リトケイ」誌では毎号離島の本を紹介しているのですがこれが本当に面白い。離島の本と言っても旅情報だけではなく、離島を舞台にした小説も数多く紹介され、書店員として「こんなカテゴライズが可能なのか」と目から鱗でした。
僕のカモシカ書店でも早速「リトケイ」誌を置かせていただくことになりました。

大分県日田市田島付近(見学不可)
HP:http://ritokei.com/

九州木材市場にてヤブクグリのみなさま

旅の最後は日田杉の供給の始原、木材市場を見学。「ヤブクグリ」のメンバーに林業のことを伺いました。沿革をぜひご一読願いたいが、すごく簡単に言うと日田の内外から森を憂う有志が集まり力を合わせて発足し、実際に林業を営む方々とがっしり結びつき、きちんとプロダクトにしてビジネスに落とし込んでいる、頼もしいチームです。市場を営む田中省吾さん、製材を担う佐藤栄輔さん、森を作る緒方万貴さん、日田市観光協会の黒木陽介さん。構成員はみなバラバラの会社、組織だけど、森と林業への思いはひとつでした。

 

岩尾晋作
(カモシカ書店店主、「大分で会いましょう。」コーディネーター)