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コロナ渦が運んだ「働き方」への大変化
2020年3月頃から日本国内で本格的に大きな災禍となった新型コロナウイルス感染拡大。この約半年の間に様々なことが起こり、それ以前には誰もが想像し得なかった大きな変化がもたらされた。
今この時点で、その全貌を整理し、対策を考え、将来に備えていると言い切れる人や企業は、ほとんど無いと言えるだろう。しかしどんな出来事にも光と影や功罪という2つの面があるものだ。
それが実際にどのような影響をもたらすかを実感するのには時間がかかるが、ひとつひとつの事象を丁寧に紐解いていけば、もしかしたらその本質を見出すいとぐちは見つかるかもしれない。
このコロナ渦がもたらした身近な変化の筆頭に上げられるのが、やはり「働き方」だ。
地方と大都市の人口格差を生み出したのは、なんと言っても仕事がその根本的な原因だからこそ、「働き方改革」と「地方創生」は、まさに切っても切れない関係にある。
それは2020年4月7日の緊急事態宣言から始まった。
あまりにも当たり前だった「外出」という日常行動が制限され、それでも働かないわけにはいかないという特殊な状況がうみだされて、テレワークが急速に広まった。
実は弊社は小規模ながら、東京・広島・沖縄にそれぞれ現地でチームをつくり、連携して動くという特殊な体制で事業を展開している。テレワーカーも多く関わっていたので、以前から社内のミーティングは8割以上オンライン会議だった。
ただ、やはりクライアント企業や自治体との打ち合わせは、当然のごとく「リアル」。その事自体に大きな疑問も持たなかったし、これが全てオンラインで行われる未来が来ることを夢見てはいたものの、10年後か、15年後か、5Gの普及でもう少し早くなったらいいなと思っていたくらいだった。
それがこの半年、いや数ヶ月で、まさにその10年後にタイムスリップしてしまったのだ。
“突然”巻き起こった、ワーケーション旋風
こうしたテレワークの急速な普及と同時に引き起こされた「働くこと」への価値観の変化の波のなかで特に注目を浴びているのが、この特集のキーワードである「ワーケーション」だ。
実は数年前から広まりつつあったこの概念は、「ワーク(仕事)」と「バケーション(休暇)」を同時に境目なく成立させようという考え方だ。
しかし正直に言うと、コロナ前はこの概念が一般的に広まるかと言われたら、個人的にはかなり懐疑的だった。
とはいえ地方を飛び回ることの多い私にとっては、何度となく出張と休暇をつなげ、出張先の地方の観光地に家族を呼び寄せるなどして、仕事と休暇を連動させることは何度も経験している。
ただこうしたシチュエーションは、かなり特殊なことだとも自覚していたので、尚更こうした働き方が一般化するとは思えなかった。ましてや欧米の長期休暇と絡めた本格的なワーケーションは、それ以上に日本人の今の休暇のとり方や働き方との乖離は大きい。それ故にワーケーションが日本で広まるとしても、相当先の話だと思っていた。
しかし、コロナ渦はそんなギャップもあっという間に埋める程の衝撃だった。
観光客がなかなか戻らない地方の観光地にとっては、ワーケーションはある意味“数少ない希望”のひとつでもある。未だに「ただ遊びに行かせる」ことだけで観光振興をして感染拡大リスクを負うべきなのかという雰囲気も残る中、自治体や観光庁がオフィシャルに進めやすい文脈の観光振興策でもあるからだ。
その一方で受け止める個人や企業側は、必ずしも歓迎していないないのも事実だろう。
ネット上での反応の中には、「休み中にパソコンを開くなんてまっぴらだ」とか「バカンス中に上司の顔をZoomで見たら、気分が台無し」というような否定的な意見も少なくない。同様に企業側も、「温泉入った後に効率的に仕事ができるわけがない」とか、「テレワークだけでも大変なのに、どうやって管理するんだ」などなど、この新しい概念を簡単には咀嚼できない様子が散見される。
多くの企業に本音を探る調査ができたとしたら、もしかしたらそうした意見の方が多数派かもしれない。今は状況が状況だけに、声を大にして「ワーケーションなんて」と反論しづらいが、その実は「眉をしかめる」人が多いのだ。そんな、いかにも日本的な空気が、“ワーケーション”というキーワードの周辺には漂っている。
そもそもワーケーションは“効果的”なのか?
そんな中でつい先日、実に興味深い調査レポートが発表された。
詳細はこちらの記事を読んでいただきたい。
あまりにも完璧な結果なので、にわかには信じがたいという思う方もいるかもしれないが、実際にかなり考え込まれた科学的な手法での調査と分析であることは間違いない。それにこの結果は、先に述べたとおりワーケーションのメリットを「こっそり」体感してきた私自身にとってみると、全く違和感のない「当然の結果」と言ってもいい。
それでも「受け入れ難い」のはなぜか?
こうした科学的根拠をある程度示されたとしても、やはりワーケーションという働き方自体をにわかに受け入れがたい人や企業も多いだろう。それは何処に原因があるのだろうか?
単純に「価値観の違い」だけで済ませてしまっては、大きな変化の本質を掴み損ねてしまいかねない。新しいものへの反応に「正否」や「優劣」は無い。むしろその「違い」に目を向けて丁寧に紐解くと、社会全体を俯瞰した変化の流れが見えてくる。そうしたスタンスで、拒否感を抱く側の反応を今一度みてみよう。
先にも述べたこれらの反応を整理すると、主に以下の2点の不安感に整理される。
1.仕事が管理できるかという不安
2.仕事の生産性や効率が上がるのかという不安
こうした不安を感じる根本的な理由はどこにあるのか?
そこにはやはり、昭和の高度経済成長のころから現在に至るまで長く培われてきた、日本人ならではの「労働観」が非常に強く影響しているのではないだろうか。
端的に言えば、日本人にとって「労働」は基本的には「辛いことを(みんなで)乗り越えて成し遂げる」ことなのだ。
ある意味それは「苦役」に近い。辛いことを乗り越えて達成することが「働く喜び」であるべきなのだ。
しかも、それは一般的には、週5日40時間以上の時間をかけて実行するという時間的なフォーマットまで刷り込まれてきた。さらにそれには「オフィスで」という物理的な条件も当たり前のようについてきた。
それらのフォーマットに則って実行した「苦役」の代償が「給与」であり「ボーナス」なのだ。
大げさに言っているようではあるが、違和感なく「そりゃそうだろう」と思える人が世代を問わず多いのではないか。だとしたらワーケーションという概念が受け入れがたいのも当たり前だ。辛いことへの我慢の上になりたっている「仕事」と、その真逆の「バケーション」は、絶対に同時に成り立ち得ないからだ。
その感覚よりも前述の2つの不安を表現したほうが、説得力は出しやすい。だから敢えて「管理しにくい」「効率が上がらない」と言っているのではないだろうか。
私達日本人にとって、仕事は「辛くなければならない」のだ。
この価値観から脱却しなければ、ワーケーションなど受け入れられるはずもない。
ここがまさに「眉をしかめる」根本的な要因なのだ。
ステイホームで気づいた「仕事=苦役」の矛盾
このことは数年前から叫ばれている「働き方改革」や、その核でもある「ワークライフ・バランス」という考え方の基盤にもなっている。
すなわち「仕事=苦役」だからこそ、それに縛られる時間を減らすべきだし、自分らしさのための「ライフ」と、その対局にある辛い「ワーク」とはうまくバランスをとらないといけないというのが基本となっているのだ。
それでも「そんな事が実現できるのは、ほんの一部の人だけ」というのも事実かもしれない。
しかし同時に、人生の大部分の時間を費やす「仕事」が「苦役」でありつづけていたら、「果たして自分は本当に幸せになれるのだろうか?」という疑問が、ステイホーム中の多くの人の頭に浮かんだのもまた事実だろう。
その一例として、満員電車に揺られる毎日の通勤が無くなるだけで、今までの仕事が思った以上に「楽」になった。今までの「苦労」は一体何だったのかという感覚を、かなりの人が味わったはずだ。
私自身もこれほど長期に渡って平日を含めて家族と夕食を共にしたのは、正直生まれて初めてだった。そしてそれは思った以上に「幸福」を感じる経験だった。
それ以前はなぜそうしていなかったのか? 今となってはそれに対する明確な理屈を並べられる自信もない。
もちろんテレワークがメリットだけではないのも十分わかっている。しかし仕事を効率的に進めるという側面だけ考えても、オフィスに長時間縛りつけるスタイルだけに戻す必然性は見当たらない。
ウェブ会議は、ある意味自分の仕事場や人間関係を、パソコンの小さな画面にシンプルに並べて客観的に見せてくれた。その中に映る自分を俯瞰してみる経験は、会社と自分、仕事と人生を改めて考える機会になった。そして多くの人が、「仕事=苦役」ではない人生に思いを馳せたのだ。
「ワーク」が辛く、そこから逃げるのが「ライフ」だとしたら、本当に幸せを感じる余地は果たしてあるのだろうか。やはり「ワーク」と「ライフ」を対局に置くのではなく、融合するような方法を模索すべきでは無いか。
ここに気づいた人から順に、会社からの指示ではなく、自らの主体性から始まる真の「働き方改革」の入り口に立てるのではないだろうか。
逆から見た「ワーケーション」の見え方
これに気づいた側からみると、「ワーケーション」の見え方が全く違ってくるから不思議だ。
「ライフ」の喜びをより感じやすい場所で「ワーク」をするのは、むしろ自然のようにも思えてくる。
そもそも人間が本当に集中できる時間は、せいぜい2〜3時間だという。だとしたらその時間を一日の中でいかに数多く出現させるかが、仕事の効率を上げる最大のコツだ。
そのためには、緊張と緩和、集中とリラックスを、いかに頻度をあげて「回転」させるかが重要。そのための環境が、いつも同じオフィスであることが果たしてベストなのか。むしろ最大限リラックスできるような環境のほうが、それに向いているのではないか。
先に紹介した、ワーケーションの効果検証実験の結果は、まさにそのことを科学的に示しているのだ。
そう考えると、野球やサッカーなどのプロ選手が、シーズン前の自主トレやキャンプなどを行うのが「リゾート地」なのも、もしかしたら同じ理由なのかもしれない。
もちろんまだ気温が低い時期に暖かい場所で体を動きやすくするというのが一番の理由だろう。しかしそれだけではなく、集中と緩和を瞬時に切り替えることで最大限の力を発揮するプロスポーツ選手にとって、あの環境は、あるいみ「緊張」のベースとなる「リラックス」を生み出しやすいのかもしれない。
もしそうだとしたら、ここぞという時に必要な集中力や、今までにないアイデアで深い思索をするべき時にこそ、あえてリゾート地を選ぶという選択は、むしろ必然とも言える。
いつでもどこでもテレワークができる環境になりつつある現代、ワーケーションという働き方は、むしろ仕事のパフォーマンスを最大限に引き出す最適な選択肢だといったら、言い過ぎだろうか。
とある有名な日本を代表するIT企業では、全社原則テレワークを決めてからは、役員や幹部社員は、すでに東京を離れて各々が好きな環境に囲まれた場所で仕事を始めていると聞いたことがある。
ここからは想像…というかかなりジェラシーも含まれるのだが(笑)、超富裕層でもある彼らはおそらく、誰もが羨むような絶景を望む超快適な空間に身を委ねながら、その優秀な頭脳の能力を最大限に高めて世界戦略を練り続けているに違いない。
そういう幹部が率いる企業と、毎日都会の同じ箱に閉じこもっているリーダーが率いる企業との格差が広がっていかないわけがない。
人生100年時代に選ばれる企業とは
少し話が極端に振れすぎたかもしれないので、私達のような一般的なレベルの話に戻そう。
前述の「真の働き方改革の入り口に立った」人たちが、仕事を進める能力そのものも優れているということに気づいている企業は、実は少なくない。人生100年時代と言われ、60〜65歳で定年となるこれまでの仕組みでは、どんな優良な企業も「終着駅」では無くなった。つまり全ての企業は「キャリアの通過点」なのだ。
この時代に働く側にとって「良い企業」の条件とは何なのか。
当然これまでのように、年功序列で最後までいい思いができるという条件はすでに幻想だ。むしろ逆に働くと次へのステップが描きやすくなることこそが「良い企業」の条件だと言えるだろう。だとすれば当然そこでの働き方は柔軟であるべきだ。理由もなく場所や時間に縛られた働き方を強いる企業は真っ先に敬遠され、優秀な人材を集めることが難しくなるだろう。
もしかしたらテレワークや、ワーケーションは勿論、副業などのワードも、近い将来“死語”になるかもしれない。
こういう話をすると、「それって大企業が体のいいリストラをかっこつけてやろうとしているだけじゃないか?」と揶揄する人もでてくるだろう。
それも「全く違う」といい切れないケースもある。しかし私自身の経験から言えば、やはり本当に先を見据えた経営者が率いる先進的な企業は、もう既にそういうレベルでは企業自体が成り立たないことは十分理解している。
その上で、かつてないレベルで本気で企業を変えようとしているのだ。
ワーケーションという概念自体は、働き方の一つの選択肢にしかすぎない。
しかしそれを巡る動きや取り巻く環境の変化は、大きな社会課題に結びついている。私自身もこうした視座を保ちつつ、それを共有できる地域や企業と一緒に、地域での事業を開発していきたい。そしてその事がほんの少しでもこの社会の持続可能性を高めることにつながったら、私自身の「ワーク」と「ライフ」が、まさに「ライフワーク」として融合するはず。
そう思いながら、日々の模索を続けている。
※本記事は、一般社団法人日本経営協会の機関誌「オムニ・マネジメント(2020年10月号)」に寄稿されたものを再編集し掲載したものです。
【著者】ネイティブ株式会社 代表取締役 倉重 宜弘(くらしげ よしひろ)
愛知県出身。早稲田大学 第一文学部 社会学専修 卒業。金融系シンクタンクを経て、2000年よりデジタルマーケティング専門ベンチャーに創業期から参画。大手企業のデジタルマーケティングや、ブランディング戦略、サイトやコンテンツの企画・プロデュースに数多く携わる。関連会社役員・事業部長を歴任し、2012年より地域の観光振興やブランディングを目的としたメディア開発などを多数経験。2016年3月にネイティブ株式会社を起業して独立。2018年7月創設の一般社団法人 全国道の駅支援機構の理事長を兼務。
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