つくば市は官民の大学・研究機関が集積する、日本で最も知的水準の高い地域の1つです。また、2011年東日本大震災、2012年竜巻被害、2015年鬼怒川大水害と3度の自然災害に向き合った地域でもあります。こうしたソフト的な共有知を地域資源と位置づけ、生きる力を身につける教育改革やスタートアップを誘発するエコシステムづくり、レジリエンスの高い地域社会を志向するのは、40歳の新市長五十嵐立青さんです。市民参加型のまちづくりを推し進める市長の視点から、つくば市の今を概観します。

茨城県つくば市 五十嵐立青 市長

  • 統率(リーダーシップ)87
    就任1期の2年目であり、開発の是非を巡って住民投票が行われ反対多数で否決された総合運動公園の問題も未だに解決できていないため、内政面を強化する方針で動いている。副市長に26歳元財務官僚の毛塚幹人氏を登用するなど、独自性も発揮しているが、まずは広く市民や行政職員と対話して任せられるところは任せ、バランス感覚を発揮しながら地域や組織を固めていっている。

  • 武勇(行動突破力)84
    地域でのワークショップや説明会に足繁く顔を出し、行政施策を自ら説明することを好む。自分自身を広告塔としてスタートアップ推進や様々な取組みを紹介している。一方で行政組織内では若手職員や民間人材を登用して責任のあるポジションを任せ、次世代リーダーを育成するといった形でトップダウンにならない配慮をしている。

  • 知略(ビジョン)94

    つくば市の地域資源を研究都市における教育と定め、次世代への投資を惜しまない考えで様々な政策を展開している。イエナプランのような教育メソッドを公教育にも導入することで、従来の学校教育に満足できない起業家層を誘致することを思い描いており、長い目で見た幸福な地域づくりを志向している。

  • 政治(内政外交)76

    これまでの市政を踏襲する部分と新しいコンセプトを打ち出す部分を現在は整理する段階であり、具体的な成果が生み出されているわけではない。中長期において結果が分かる施策が大半であるため、短期的な評価に一喜一憂しないための支持基盤固めと住民理解を進める内政に注力している。

記事のポイント

  • 職員の意見を求め続け、当事者意識を持った前のめりな姿勢へと変化・成長を起こした
  • 市民理解の前に共感がまず大事。プレゼンボードを持ち歩き伝える
  • 今最も力を入れているのは「教育」。さまざまなプロが暮らすつくば市から日本公教育のスタンダードを変えたい

4年間の浪人生活を経て得たもの

ー市長選に立候補される前に、1度落選を経験されています。

学びが多かった経験でした。自分はこんなに傲慢だったんだとか、視野が狭くなっていたんだと気づけました。選挙に負けたにもかかわらず応援してくださるみなさんの存在はありがたかったですし、負けた経験によって目が覚めた部分が多分にあります。もしあの時当選していたら傲慢な態度のまま市政運営を行い大変なことになっただろうと思いますし、市議会議員時代には行政職員にも相当な迷惑をかけていたことに気づくこともできました。

そういう経験があったからこそ、少し視野を広げたアプローチができていると思います。議員時代に障がい者支援のNPOを立ち上げましたが、落選で議員の肩書が取れることで市役所の仕事を外の立場から見ることもできました。市の職員が監査に来たりするわけですけど、公権力っていうのは嫌なものだなと(笑)。一切悪いことしてなくても許認可を含めた権限があるから対応には気を遣うし、官というものは純粋に市民の目から見るとこういう存在なのかということを肌で感じることができました。

茨城県つくば市 五十嵐立青(たつお)市長

ハコモノ行政・総合運動公園の建設中止問題

ーハコモノ行政の象徴といえるような総合運動公園の建設の是非を巡った住民投票がありました。

一つのハコモノ精神の典型であり、20世紀型精神の象徴でした。駅から遠く離れた場所に300億円以上の税金を投入して総合運動公園を作れば「地域が活性化する」という計画で、住民投票の結果8割以上の市民の反対によって白紙撤回されました。

ー運動公園の問題を受けて市政をどのように改革していこうと考えてますか

運動公園については私の公約通り、第三者委員会によってプロセスの検証を進めました。民意が把握できず乖離した点や、議会との不適切な情報共有など、非常に重要な指摘が多数ありましたので、それを踏まえてルールを作りました。時の為政者の思いつきに行政が振り回されるのではなく、制度として担保していこうとしています。具体的には、10億円以上の施設整備事業についてはその事業の必要性や妥当性を第三者委員会を作って検証していきます。

市民のニーズを把握できず、民意から乖離した一部幹部による意思決定に左右されてしまう市であってはいけません。たとえ誰が市長になろうとも、チェックする仕組みがあれば一つのハードルになると思っています。

主体性を育むコミュニケーション改革

ー行政改革を進める上では、職員の意識改革も必要なのでは

「公務員」という職種に対してのイメージは様々かと思いますが、つくば市役所の職員は本当に真面目で優秀なんです。一生懸命職務をこなそうとしてくれます。ただ、真面目がゆえにトップの方向性が間違っていても、間違った方向で頑張っちゃうこともあったわけです。だから、その方向性だけは市長である私が示さなくてはいけないと思ってます。

ヴィジョンを示す以外のことについては丁寧にやっています。強引に何かを変えても反発を生むだけですぐ元に戻ってしまいますから、敢えて極端なことはしていません。若手を登用はしていますが、職員の中で極端に若い人を飛び級させたりはしていません。現在、最年少課長は47歳で、今までより5歳くらい若くなりました。ただ、いきなり25歳を部長に昇進させたりはしません。幹部の部長たちも良い仕事してくれてますし、それぞれが仕事をしやすい枠組みさえつくれば市役所という組織は十分に機能します。

とはいっても、今は以前よりも仕事をたくさんしてもらってますから、やはり「人が足りない」とか、「この人事はちょっと」とか、直訴を受けます。実際につくば市役所は、事務に当たる職員数は人口あたりで言えば多くはありません。「ごめんなさい、採用は計画的に増やしていくのでちょっと待ってください」と言いながら進めています(笑)

ー行政組織として、職員の政策提案や他部署への異動希望といった個人個人の想いをどのように反映させているのか

政策提案制度の枠組みで出してもらったことについては、言いっ放しにならないように「いつまでに何をやりましょう」と期限を設けています。それは当然として、日常業務の中で日々提案が上がってくることが大切だと思っています。最初は職員は市長室に呼ばれると震えながらやってくる感じでした。職員からの話も、「これはいかがすればよろしいでしょうか?」というお伺いを立てる話が多かったです。

そんな中で職員に「あなたはどうしたいですか?」と聞いてもなかなか答えは出てこなかった。でも、聞き続けていると「どっちがいいですか?」という質問に対しては「こっちがいいと思います」と言ってくれるようになりました。この間はある課との打合せ中に職員から、「AとBとCの選択肢があります。それぞれメリット・デメリットはこれこれです。」と説明した上で、「つきましてはBで行きたいと思いますがいいでしょうか?」と提案されました。これはもう「どうぞ」と言うだけでしたね(笑)

こちら側のアプローチを変えたことで職員も徐々に変わってきている感じはあります。「こんな提案をしたらここを突っ込まれるんだな」と予測できるようになってきている。あとは、市長レクなどの際に準備に無駄に時間を使わないようにとは言っているのでそこも変化はしていると思います。

時間への意識はかなり変わってきたと思います。例えば、私の就任前は答弁関係で数日スケジュールを取っていて、就任時「なんでこんなに長いの??」と衝撃を受けました。答弁の「方針」を決めるために10時〜17時、それを踏まえて答弁の文言を「調整」するために10時〜17時、さらにその後の確認や議案の答弁とかも入れると3.5日くらい丸々使ってたようです。

そして、この会議に当初は答弁に関係ない部も含めて全部長以下幹部職員が出席、答弁の文言を一字一句読み上げて、それについてあーだこーだとやってたと。10時〜17時の会議とかあり得ないし、どんだけコストかけてるんだということで就任してすぐに方針会議は廃止、答弁調整会議も私と副市長が事前に添削した上で開催することにしました。今は1時間ちょっとで終わっちゃいます。それでも議員さんからは「答弁がすごく丁寧になった」とご評価いただいてます。

そもそも、担当課はそれぞれ想いも専門性も持っています。その想いがブレていなければ、判断を間違えることは基本的にはないですから。先日も福祉関係の話でトラブルがあった際、法律的には難しい判断でしたが、職員は「我々としてはこの市民を守るためにこうしたいです」と、提案してくれました。そういうのは嬉しいですよね。当事者意識を持って市民の側に立ち、「法令面で難しいところはこっちでなんとか乗り越えます」という意思を示してくれたのは画期的だったように思います。