【特集の主旨】
7月の下旬にさしかかり、再度感染者数が増えてて「第2波」かとの報道も頻繁に目にするようになった。改めてコロナ禍の出口が近くないことを思い知らされ、政府のGOTOトラベルキャンペーンの混乱も重なって、暗澹たる気分が社会を覆っている。多くの人がまだしばらく続きそうなコロナとの戦いと、”新しい生活様式”のあり方を模索している中、様々な情報を重ね合わせ私達の経験値や考え方も折込みながら、自治体や地域の事業者が考えるべき課題や取るべき戦略を考察してみた。


この特集で議論を重ねてきたように、今回のコロナ禍は、「地域に関わりたい」「地方移住も考えてみたい」という人を急激に増加させるという影響を及ぼしたのは間違いない。仮にこのマーケットをひとくくりに「関係人口マーケット」と呼ぶとすると、このマーケット全体は、単にパイが広がった、数が増えたという捉え方でいいかというと、必ずしもそうではない。一般的に、新しいマーケットはそのステージの変化によって、参入する”顧客”の質も大きく変化することが知られている。そこで、それを説明する最もわかりやすい「イノベーター理論」と、それを補完する「キャズム理論」をベースに、改めてこのマーケットの質的変化にも目を向けてみよう。この2つの理論は主に最新テクノロジー製品/サービスの顧客の広がりを説明するものとして一般化してきたので、”地方に関わる”という”サービス特性”に完全にマッチしているとはいいづらいが、市場の推移を整理する方法としては十分機能するだろうという前提で話を進めてみたい。(これらの理論の詳細については、既に数多くの著書やネット記事が存在するので、そちらを参考にしてほしい。※参考記事例;BOXIL「キャズム理論とは | イノベーター理論とキャズムを超える戦略を解説」

 (※前の記事 [【特集】アフターコロナの地域戦略〜(7)デジタル人材採用のチャンスを地方はどう掴むべきか〜] はこちら。)

コロナ前の関係人口マーケット

まずは、前述の2つの理論にそって「関係人口マーケット」を図式化してみた。

コロナ前の「関係人口マーケット」の顧客群は、あきらかに「イノベーター」と「アーリーアダプター」層だったと考えられる。2014年に日本政府が「地方創生」という言葉を掲げて本格的に都市部と地方の人口の偏りを是正し、人口減少を少しでも軽減する政策に注力を始めた前後、いやそれよりも前から「地域活性化」に関心を寄せ、実際に地方に足を運んでいた人たちがそれに当たる。2009年に「地域おこし協力隊」の制度は始まり、早くから参画した人たちなどは、まさに「イノベーター」だったと言っていいだろう。この層の特徴は、ある意味「マニア性」が高いということにつきる。つまり「地方活性」「町おこし」と聞いた瞬間に「面白そう!」「やってみたい!」と反射的に強く感じた層が、行動を起こしたことで生まれたマーケットだ。時代背景的に、経済的な成長が停滞し、金銭や所有に変調した価値観が大きく揺らいだ時代に、その影響を大きく受けた若い世代が参入者の多くを占めた。

私自身、2012年ころから地域マーケティングに関わりだして各地で活躍するそうした人たちと多く出会ってきた。もちろんきっかけや考え方はそれぞれだが、当初は特に、想像以上に個々の考え方や価値観をもって実際に地方に入り込んでいる人が多いのが印象的だった。現在は「地方創生」という言葉も広く浸透し、ある意味仕事や人生のテーマの一つのジャンルとしての認知も広がってきたので、それなりの数の人々がこのマーケットに入っているといえる。ただ、これは完全に私見で感覚的なものだが、実際にアクションを起こしているという範囲で考えると、実数としてはおそらく何百万人というレベルには至らないのではないかと思う。どの程度が該当するかという”境目”が非常に難しいが、おそらく数十万、厳しく見れば数万というレベルにとどまる規模感ではないかと考えている。
もちろん「ふるさと納税が関係人口の入り口」という総務省のニュアンスをそのまま取り込めば、もっと大きな規模ともとれる。一方で昨今「地域おこし協力隊」の募集が非常に困難を極めているという話を各地で聞くにつけ、このマーケットの「濃い」層は、そろそろ出尽くしている感もある。イノベーター層は”実際に動いている”という意味では数万人レベル、アーリーアダプター層含めても、10万人はいないのではないかというのは、筆者の感覚だ。これを正確な統計で論じることは困難だが、機会があると同じような感覚をもっている人とそういう話で盛り上がる。だいたい同じような規模感を描いている人が多いようで、このマーケット感覚はそんなに大きく間違ってはいない気がしている。

コロナがキャズムを超えさせた後の世界


そうしたマーケットの中で起こったこの「コロナ禍」は、まさに今までなかなか超えられなかった「キャズム」を、思いもしない大きなインパクトで超えさせることになった。昨今の様々なアンケートや統計調査にもそれが現れている。また当メディアもそうだが、移住や関係人口関連のサービスへのアクセス数や顧客数の増加があちこちで顕著に見られ、一気に地方への関心が高まっているのは事実だ。テレワークの急激な普及から「都会ありきの生活」を見直す機運が高まったり、「密を避ける生活」への希求などが主な要因だろう。また今後はさらに景気低迷が本格化する中で、様々な要因で「都会にいられない」という層も増えてくるだろう。これらはまさに「関係人口マーケット」における「アーリーマジョリティ」になる可能性がある。今までになく大きな「パイ」が広がりつつあると言っていいだろう。

注意すべきは、こうした新たな層が、必ずしも「地方創生を手掛けたい」というモチベーションが「主」ではないということだ。それは以前のイノベーターやアーリーマジョリティが参入するきっかけとは全く違うことからも明らかだ。とはいえ、もちろん「地方創生」の課題については、度合いはそれぞれではあるものの「認識」はあるだろうし、地域に関わりだしてから、もしくは移住した後にそうした活動に関わるという人も少なくないはずだ。

しかしやはり、その最初のモチベーションは、「地方を良くしたい」「自分も貢献したい」という「地域の課題」がきっかけではない。むしろ「こういう世の中になって、自分の人生をどうしたら少しでもよくできるか?」という「自らの課題」向き合い始めた人が、地方にも目を向け始めているのだ。

ある意味で、マーケットは「地方創生」から「自分創生」に大きく変化しているといえるのだ。

このポイントは、特に地方自治体で関係人口創出に関わる方々にとって、非常に重要な見地になるはずだ。

これからの関係人口創出事業の3つのポイント

ではこうしたマーケットの根本的な変化に対して、地方自治体や今後の関係人口創出をどのような考え方ですすめるべきだろうか。それには以下の3つのポイントがあると考えられる。

①関わる”きっかけ”の見直し

これまでの関係人口創出事業の多くは、いわゆる前述の「イノベーター」「アーリーアダプター」向けのものだった。つまり「うちの地域にはこういう課題がある。これを一緒に解決してみませんか?」という投げかけをきっかけにするものが多かったのだ。。この事自体はもちろん一定の意味合いがあっただろう。上手く進めていた地域では、得難い人材との繋がりを獲得したところも少なくないし、そういう活動は「今後は全く不要」ということもない。ただ市場が「アーリーマジョリティ」に移行する段階を迎えるにあたっては、当然その投げかけ方は変えるべきだし、より大きなパイを狙う施策を並行して着手すべきだろう。むしろ後者の方をより注力し急ぐべきだとも言える。そのスタンスは当然「地域課題の解決」より、ターゲットの人生の「自分課題」の解決を掲げるべきだ。すなわち、どんな人生を送りたいか、どんな価値観を重視する人たちにとって住みよい地域なのかを、その土地々々の特徴を上手く絡ませて、地域のメリットを訴求する必要がある。

②ターゲット顧客をより明確にする

アーリーマジョリティの市場は、今までの数倍、場合によっては数十倍に膨らむパイとなる。となると当然、漠然としたマーケティングは砂に水をまく結果になる可能性が強くなる。「うちの地域は自然に溢れていて、ゆったりとした人生が送れます」だけでは、全く刺さらないのは火を見るより明らかだ。実際にどんな価値観を持ち、どんな生活を望み、具体的にどんな家族構成で、場合によってはどんな職種なのか…そのくらいまでターゲット顧客を明確にし、その層に刺さる施策を、地域の特性や政策と絡めて訴求しなければならない。例えば首都圏の千葉・埼玉・神奈川の中の”東京から離れた地域”や、茨城・栃木・群馬などの2~3時間以内で都心にいける地域などでは、既にテレワークや2拠点居住者に絞った対策が、各地で発信され始めている。中にはIT系企業に的を絞ったものや、アウトドアなどの趣味との関連を明確にしているものもある。こうしたターゲット絞り込み施策は今後益々増えてくるだろう。そうすると更にそのメリットの明確さや、訴求方法のオリジナリティの比較という競争になってくるだろう。今まで以上に「明確なターゲット」を持った戦略的な施策が、各地域で広がってくる可能性は非常に高いといえる。

③フローからストックへの発想の転換

これはコロナ以前から同じだが、移住にしても関係人口化にしても、非常に「足の長い」施策であることは変わらない。このコロナ禍でそれらを想起する顧客は急増したが、実際に動き始めるのはまだまだこれからだ。特定の地域との関係を徐々に強め、さらには移住したり拠点の一つとするまでには、少なくとも2~3年、人によってはもっと長くかかる事もあるだろう。こうした長いスパンの顧客の態度変容を把握し、その変化に沿った対応をする施策を、民間ビジネスの世界では「CRM」(Customer Relationsip Management)といって、国内ではここ15~20年くらい発展させてきた。こういう話をすると、すぐさまITの〇〇システムを導入すべきという方法論へのすり替えが起こりがちだが、ここでいいたいのは決してそういうことではない。むしろ、自治体がその構造上あまり得意ではない中長期の施策や、リスク面から避けがちな顧客情報の取得や管理など、いわば短期思考の「フロー」から、繋がりを蓄積する「ストック」への発想の転換が必須だということだ。関係人口文脈の施策を行うにしても、単純に「宣伝広告・プロモーション」をして注目を惹きつけるだけでなく、反応してくれた顧客との関係性を如何に継続できるかの「仕掛け」は、同時並行で考えていくべきだ。自分たちの地域を好きになってくれる人たちとの継続的な接点を作り、時間をかけて少しづつ「近づいて」もらう戦略を描く必要性が、今まで以上に高まっている。

「自分創生」に寄り添う地域の始まり


気づいている方も多いかもしれないが、実はこれらの3つのポイントは、これまでに大きな成果をあげ「地方創生」の成功事例として挙げられてきた地域の施策に既に色濃く見られている。例えばあの「海士町」では「漁師になりたい」人に町で給料を出しながら養成するという思い切った施策がその核の一つとなっていた。同じく島根県の邑南町でも、シェフとして独立志向のある若者を集め地域おこし協力隊制度を上手く活用して、リスクなく起業できる仕組みを作り上げた。(参考:【特集】地域のA級グルメで実現する「ゼロ円起業」の町)こうした事例は、結果として「地域に人が増え、産業が活性化する」という「地域側の成果」として説明されるのが常であるため、つい最初からそれが目的としてターゲットに訴求されていると思われがちだ。もちろんそれもなくはないが、実際に当事者達にとってみれば「ここなら自分がより良い人生を描けるはずだ」と思えたからこそ、その地域にコミットしたはずだ。また地域側もその明確なニーズに非常に上手く対応しているからこそ、成果を享受しているのだ。

もちろん「自分のことだけを考える人」を集めたい地域はないだろう。しかし同時に、「自分のことだけを考えていては”いい人生”を送れない」と気づいている人は多い。自分のやりたいことと、地域のメリットが重なる人生をどう描くか。特に地方に目を向ける人は、そう考える傾向が強いとも言えるのではないだろうか。そうした潜在ニーズを持った人たちが、いよいよ住む場所や関わる地域も含めた、「人生の再考」を始めている。こうした状況に際して、改めて各地域は、迎える人が「どんな生活を送り、どんな人生を歩んでほしいのか」を深く考え、あらゆる施策の「核」としていく必要がある。

文:ネイティブ倉重

【著者】ネイティブ株式会社 代表取締役 倉重 宜弘(くらしげ よしひろ)
愛知県出身。早稲田大学 第一文学部 社会学専修 卒業。金融系シンクタンクを経て、2000年よりデジタルマーケティング専門ベンチャーに創業期から参画。大手企業のデジタルマーケティングや、ブランディング戦略、サイトやコンテンツの企画・プロデュースに数多く携わる。関連会社役員・事業部長を歴任し、2012年より地域の観光振興やブランディングを目的としたメディア開発などを多数経験。2016年3月にネイティブ株式会社を起業して独立。2018年7月創設の一般社団法人 全国道の駅支援機構の理事長を兼務。

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